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野菜炒めとプロローグ③

申し訳ありません。

どうしても全体のリズムの調整をしたく11/5に全面改稿いたしました。

大まかな流れは変わっていませんが、細かいところでの修正点はあります。

ご不便をおかけして申し訳ありません。

「あの、何かありましたか? もしかして、味、変でした?」


 挙動不審なジルさんを見て、失敗という言葉が頭をよぎった。そう思って、フライパンに残っていたものを食べるが、普通の味。っていうよりも、しっかりと素材の味が染みわたっててむしろ美味しいくらいだ。つい、私は首を傾げてしまう。


「まずくはないと思うんですけど――」

「いや、美味すぎる」

「はい?」

「美味すぎるんだ。込めてもいない料理がこんなに美味いなんて……」


 その言葉に、私はきょとんとしてしまった。

 美味いならいいじゃないか。

 っていうか込める? ってなんだ。えっと、その……愛情でも込めてってこと? 何を言ってるんだ、この大人は。


「込める?」

「込めないで、こんなに美味いわけがない。何をした? 言え」

「いや、普通に作っただけですけど、別に特別なことなんて何もしてないです」

「じゃあなんでっ! ……いや、それよりも、もしこれに魔力を込めたら一体……」


 ぶつぶつとジルさんは呟きながら料理を眺めている。いや、そんな見たって普通の野菜炒めだよ? なにがそんなに珍しいのか。私はわけがわからず疑問符を浮かべることしかできない。

 そんな怪しげなジルさんみていると、おもむろに料理に手をかざし何やら不思議な言葉をつぶやきだした。


「万物より授かりし命の源――それを糧とするための祝福をここに」


 え!? なにそれ! 手が光った!

 そう、光ったのだ。

 なにやらおまじないをしていたジルさんの手元がぼんやりと光、料理に注がれていく。その光はなんとも神秘的であり、思わず視線が奪われた。


 暖かく優しい光。

 その光は、驚きと共に私の脳裏にも深く刻み込まれた。


 ジルさんの手から光が消えると、彼は再び料理に相対する。

 フォークをもって、野菜炒めを再び口の中へと放り込んだ。


「こ、これは――」


 おまじないをした後の野菜炒めを食べたジルさんの様子がおかしい。目を見開いて固まってしまっている。

 明らかに変なジルさんだが、その原因が野菜炒めにあるのは明らかだ。気になった私は、失礼ながらジルさんが食べた野菜炒めを食べてみる。瞬間――舌から脳にかけて、すさまじい衝撃が走った。


「なによこれ!」


 思わず声をあげた私は――もとい私達は皿に盛られている料理を見つめる。そして、ジルさんと目が合ったかと思うと再び料理に飛びついた。そして、一心不乱に料理を口に詰め込んでいく。ジルさんに出したものを食べてるだなんて些細なこと、もう私の頭の中には残っていない。


「どうして!? なんで、油でいためただけのジャガイモがこんなに美味しいの!? まるで長時間煮詰めたような甘味にほくほくした触感っ、鼻に抜ける土の香りが一層味を引き立てている!」

「ちょっとばかし見てくれがいいだけのこれが、どうしてこんなに旨いんだよ! このタマネギ、バカみたいに甘くて滑らかで、噛むのを忘れちまうくらい柔らかい! このタマネギだけ食い続けろって言われても大歓迎だ!」

「それに、このベーコンの香りと旨みはなんなの! こんなに上品な燻製の香りなのに、噛みしめたそばからあふれ出る油が口の中を弄んで――」

「――かと思えばカリっとした歯ごたえが単調なそれに、一つのアクセントを加えてくれる!」


 私がつい興奮して料理にコメントすると、それに呼応したようにジルさんもなにやら叫んでいた。

 あむあむ、と食べ続けていると、あっという間に料理はなくなってしまった。空っぽの皿の上で、フォークがお見合いしてしまったのはご愛敬ということで。


 料理がなくなって、ようやく落ち着いてきた頃、先ほど興奮具合がどうしようもなく恥ずかしくなってきた。

 いや、ジルさんもおかしかったからお相子かな? そう思ってジルさんを見ると、向こうもなにやら気まずげだった。


 そういえば……とジルさんをじっと見る。さっきまで獣に襲われそうになり、なにやら街に連れてこられて料理を作ってと落ち着かなかったから目がいかなかったけど、ジルさんって意外と若いみたいだ。もしかしたら、私と同い年くらい? 少し短めの茶色い髪は、馬で走ってきたからかぼさぼさしてるけど、きりっとした目といい、鼻筋は通っているし、背も高い。正直イケメンである。そんなことを考えて急に緊張してしまったが、なにやらこっちをちらちら見ている挙動不審はジルさんをみていると、すっと肩の力は抜けた。


「わ、悪かったな。飯でも食いながらいろいろ聞こうと思ってたんだが……」

「い、いえ……私もなんか、夢中になっちゃってすみません」


 互いに頭を下げながら、ようやく私もジルさんも落ち着いていく。そういえば、助けてくれたお礼すら言っていない。私は、姿勢を正して頭を下げた。


「そういえば……助けていただいてありがとうございます。あのままじゃ、もしかしたら死んでたかもしれないです」

「たまたま仕入れで通りかかったところだったんだ。運がよかった。それにしても、あんなところで何してたんだ? しかもそんな変な恰好で武器も持たずに」

「それなんですけど、実は……」


 そこで、ようやく私はあの時のあらましを説明した。


 就職活動中に歩いていたら突然どこかに落ちていったこと。

 落ちた先があの草原だったこと。

 気づいたら獣に襲われ、そしてジルさんに助けられたこと。順序立てて説明したつもりだけど、自分で言っていてよくわからない。ジルさんをみると、なにやら考え込んでいた。


「……そういうわけで、ここがどこかとかよくわからなくて。今日は本当に、こうして連れてきていただいてありがとうございます。今更ですけど、私、相良茉由っていいます。よろしくおねがいします」

「サガラ・マユ? もしかして、お前って貴族か?」

「貴族? いえ、そういう大層な身分があるわけじゃないんですけど……なら、マユって呼んでください。えっと、ジルさん、でよろしいですか? さっき、門にいた人にそう呼ばれていましたから」

「ああ。すまんな。俺は、ジルベール。ジルでいい。っていうか、落ちてきたってどういうことだ? どの国の出身なんだ?」

「日本ですけど」

「ニホン? 聞いたことがないな」

「それか、ジャパンなら聞いたことありますか?」


 腕を組みながら首を振るジルさん。その様子を見て、私はようやくこのわけのわからない状況に寒気を覚える。

 

 色々ありすぎたけど、よく考えたらおかしいじゃないか。

 なんで突然草原に? 日本から一瞬で獣が闊歩するような未開の地にどうやったら行けるというのだろう。ジルさんとか門の人もアジア系の顔立ちではなかったし。だけど、なぜだか言葉は通じるっていう……。

 地球上で日本の知名度がどれだけあるかわからないけど、よっぽどじゃなければ聞いたことくらいあるだろう。しかも、日本語が通じる場所で日本を知らない? 私は、その事実に混乱しつつ、何とか言葉を絞り出してジルさんへ問いかける。


「えっと、逆に聞かせていただきたいんですけど、ここってどこなんですか?」

「ここか? ここはイーヴァルの街だ。アルマペトケ国の中では規模は大きいほうなんだが……」


 窺うような目線を向けてきたジルさんに、私は小さく首を振った。


「知りません」

「そうか」


 どういうことだろう。

 少なくとも、地球上にアルマペトケって国はない。ジルさんも嘘を言っている様子はないし。

 えっと、もしかしてあれなのかな? つまり、そういうことなのかな?

 最近、映画とか小説とかでよく聞くあれなのかな? それしか考えられないよね。


 ――異世界。


 そんな、ファンタジーな言葉が脳裏に浮かんだ。

 昔から神隠しとかもあったけど、ここってもしかしたら私がいた地球とは違う世界? でも、今まで見聞きしたことが全部本当だとしら、そうとしか考えられない。いや、きっとそうなんだろう。

 さっき、ジルさんがやってた料理に向けた光。あんなの、地球じゃ考えられない。

 魔法といっても差し支えのないさっきの出来事を頭に浮かべながら、あぁ、自分は異世界に来てしまったんだと自覚する。


 どうすればいいんだろう。

 

 漠然とした不安が、全身を支配した。

 きっと、しばらく無言でじっとしていたんだろう。だんだんと落ち込んでいく気分に埋没していたら、ジルさんがそっと声をかけてくれる。


「……大丈夫か?」


 今日聞いた中で、一番優しいその声色にジルさんの優しさを感じた。

 そして、お腹が満たされ優しさにふれた私は、溢れだしそうになった涙を必死でこらえると、なんとか笑顔を浮かべることができた。


「ちょっと、大丈夫じゃないかもしれませんけど、でも、今日は泊めてくださるってことでありがたいです」

「ああ。うちは、前は宿をやってたからな。二階に空き部屋はたくさんある。ちょっと整えてくるから待ってろ。鍵も締まるからな。安心して寝るといい」

「ありがとうございます」

「明日はハンスのところに行くからな。ゆっくり休め」


 そういってジルさんは二階に上がって部屋の準備を整えてくれた。

 ハンスってさっき門であった人かな?

 そんな疑問を抱きつつ、私は当たりさわりのない返答をしながら部屋に飛び込むと、ベッドに倒れ込んでしまう。

 そして、一人になった瞬間に堰を切ったように涙があふれだした。


 しばらくそのまま声を押し殺して枕を濡らしたけど、疲れもあったのだろう。だんだんと薄れていく意識に、その身を委ねることにした。 

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