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エピローグ

「あ、お帰りなさい。早かったね。お店はもう終わり?」

「ああ。ただいま。料理の鍛錬はうちでもできるしな。最後の後始末は下の者にやらせてる」

「さすがは料理長。パワハラね」

「ぱ、わはら?」


 仕事を終えて帰ってきたジルさんに、私はそっとお茶を出す。

 住んでいるところは変わっておらず、昔店をやっていたあの場所だ。宿屋部分を改装して今は私たちの新居にしている。

 私達とか……ちょっと恥ずかしいけど。


 今、ジルさんを迎えたのは一階のカウンターだ。

 私は台所に立ってジルさんへご飯を作る。前は賄いを食べて帰ってきたみたいだけど、私と暮らし始めてからはうちで食べてくれるようになったのだ。


「ジル、お邪魔しているよ」


 カウンターの後ろ側。

 そこからジルさんに唐突に声がかかる。当然私は知ってたけど、あえて言わずにそのままにしておいた。


「ん? ハンスか。今日はこっちには来なかったんだな」

「そりゃね。厳つい男がやってる店と、マユがやってる店なら当然こっちにくるでしょ?」

「ハンスさんの言う通りです。俺だって、マユさんがいるほうがいい」

「なんだそれは。まあいい。二人とも、こっちで飲まないか?」

「あ、なら、ジルさんもお酒がいいかな? 今、用意するね」


 もちろん、ハンスさんに合わせてスードル君も来ていた。

 なんでも、今は副隊長であるハンスさんの副隊長付きをしているそうだ。なんだかんだ、腕が治った後努力してたからなぁ。頷ける話だ。

 二人は、ジルさんに呼ばれてカウンターに来る。なんだか、この構図もどこか懐かしい。


 実は、二人以外にも席に座って料理を食べている人がいる。

 その人達は、皆私の知り合いだったり、知り合いの友人だったり。すくなくとも、互いに悪く思っているような存在ではない。


 そう――私はここでお店をやっているのだ。

 私がイーヴァルの街に戻ってきてから一か月後。私はジルさんの店ではなく、自分一人でお店をやることにした。結局、私はたくさんの人達に何かを届けたいわけじゃない。私の大好きな人たちに、大好きって気持ちを届けたいだけなのだ。

 だからこそ、私は自分が持っているこの力――第六層に魔力を込める力――を大好きな人のために使おうと思ったのだ。

 それを師匠に伝えたら「マユらしいのね……」とぎこちなく微笑まれた。


 準備から仕入れまで、全部自分でやってみた。

 もちろん、とっても大変だったけど、ジルさんがアドバイスをくれたりしながらなんとかやっている。もちろん、私がお店をやるっていうことは大々的に宣伝すると大変なことになるから、今は知り合いや、その友人、くらいにお客さんは留めてる。だから、毎日、メニューは私のおすすめだけだし、私の知らない人は食事を出すことはしてない。

 まあ、いつかはその大好きな人がたくさんになればいいなって思ってるけど、細々とやるだけで、今私は満足なのだ。

 そんなこんなでお店を初めて今ではもう半年くらいたったかな。

 一応、黒字だから、まあ順調なんだろう。


「それにしても、ようやくだね。二人の結婚。式はしないのかい?」

「今はそうですね。ジルさんが忙しくてお店休めないみたいだから」

「大丈夫かい? ジル。そんなに甲斐性なしだと、マユに逃げられるよ?」


 ハンスさんがからかうようにジルさんの顔を覗き込むと、ジルさんは困ったように眉を顰める。


「ぐ……俺だって、努力はしてるんだが」

「ははっ! ジルさんのそんなに困った顔、初めて見ましたよ」


 その隣ではスードル君は笑い、私も気まずそうに大きい体を小さくさせるジルさんがおかしくて声を出して笑ってしまった。


 もちろん、迷い人の宿り木の副料理長であるソフィアさんにも私とジルさんの結婚の話はしてある。まあ、一緒になるって言われた後、結婚しようと具体的に言われたのがそこから4か月後だったのだから、つい最近だ。

 いろいろあった仲なのでどうなることかとおもったけど、その反応はあっけらかんとしたものだった。

「ほんとよかったわよ。マユさんがイーヴァルから出てったときはどうなることかと思ったけど……え? 私? そんなの、二人の様子を見てたらいい加減ふっきれるわよ。今、私はちゃんといい感じの人がいるわよ? 何人か」

 そういって笑ったソフィアさんは私よりもずっと大人だった。

 ソフィアさんの言葉をそのまま受け取る私ではないけれど、でもそれを信じてあげるのも友情なのかなって思う。その優しさに甘えつつ、ソフィアさんが困ったときには全身全霊で助けたいなって思うくらいには、彼女のことが大好きだ。

 結婚式のことも、ソフィアさんは自分達の店でやりたいっていってくれるくらいだし、祝福してくれているのが伝わってきた。


 お店をやるときにお世話になった人からもお祝いの言葉をもらったから、いつか、みんなを招待して結婚式……やりたいなぁ。


「でもいいんですよ。やりたい気持ちもあるけど、今は、こうやってジルさんにご飯を食べてもらえれば……はい、どうぞ」

「ん、ああ。いただくよ」


 軽口を交わしながら、私はジルさんへご飯を差し出した。

 お店をやる傍ら、私はジルさんへご飯を作ってあげる。朝と昼間は、ジルさんはお店で食べてしまうから、晩御飯くらいなのだ。私の手料理を食べてもらえる機会は。

 だからこそ、私はここに全力を込める。

 技術も、魔力も、愛情も。

 全部を込めた最高の一品を、毎日ここで披露するのだ。


「うまいな……いつも最高だ。ありがとうな、マユ」

「うん」


 この一言さえあれば、私は頑張れるんだなって思う。

 大好きな人に、私の大好きが伝わったって思えるから。だから、ついつい勢い余って、第六層の魔力を込めて、さらには魔法さえ込めてしまうのだけど。

 いつまでも健康で。

 幸せになってほしい。

 そんな思いを込めた魔法を、ついつい込めてしまうのだ。まあ、今日はちゃんと制御できたと思うけど。


「ねぇ、スードル。一応ここお店だよね? どうしてこんなに二人はピンク色の空気を醸し出すんだろうね」

「仕方ないんじゃないですか? 二人とも、式は挙げてないけど新婚だし。それより、ハンスさんも早く相手見つけてくださいよ。いい加減、ハンスさんの相手の有無とか聞かれるの、俺、嫌なんですけど」

「いいだろ、俺のことは。それより、スードルはどうなのさ」

「俺ですか? 俺もそれなりの仕事してるんで、そりゃいますよ」

「うそぉ!? いるの!?」


 そのあとは、最近の王都の様子だとか、スードル君の恋人の話だとか、ハンスさんの愚痴なんかを聞いてお開きになった。

 基本的に、私の生活リズムでこのお店は動くから、早々に閉める。

 ハンスさんとスードル君は明日仕事が早いからと、そのまま宿に帰っていった。


 誰もいなくなったお店の中、私が後片付けをしているのを、ジルさんも手伝ってくれる。正直、仕事終わりのジルさんを働かせるのは心が痛むけど、自らやってくれるのを断るのも違うなって思って甘えてしまうのだ。

 

「ジルさん、明日もお仕事だけどお酒、大丈夫だった?」

「そんなには飲んでないからな。大丈夫さ」

「心配だから、早く寝てね? 私、後片付けしてるからさ」

「ああ、ありがとう。なら、このテーブルだけ片づけてからな」


 そういいながら、ジルさんはロビーのテーブルをすべて綺麗にしてくれた。あとは台所の中での作業だからそんなには大変じゃない。

 私は、そんなジルさんの後ろ姿を見ながら幸せだなって素直に思った。こんなに幸せでいいのかなとも、思ってしまった。


 私は、かつて日本に住んでいた。

 その私はこのイーヴァルがある世界にやってきて、帰れなくて、ジルさんに助けられた。

 料理を通していろんな人に出会い、自分のやりたいことも実現できた。

 最初こそつらかったけど、今の人生は自分の中で納得できているし、何より大好きな人と一緒にいられることがこの上なく幸せだ。

 何度も言うと陳腐かもしれないけど、幸せ、以外に表現する方法を私は知らない。

 

 大好きな人が、同じように私を大好きでいてくれて。

 大好きだって気持ちを、あたりまえのように受け止めてくれて。

 私が思うように、喜んでほしいって同じように思ってくれて。

 今もこうして、お互いに支えあって生きている。


 この幸せがもっと広がればいいのにって思うのは少し傲慢なのかもしれない。

 私が残してきた家族にも知ってほしいって思うのはわがままなのかもしれない。

 だからこそ、今を大事に、生きていきたいと思う。

 それが、今の私にできるただ一つのことだから。


 ぼんやりとそんなことを思っていると、ジルさんは食器をこっちに持ってきてくれるところだった。

 目が合うと、柔らかく微笑んでくれる。

 その顔を見て、私は、いつか言いたいなって思っていたことを、今日言おうって唐突に決めた。深い理由は特にはない。


「ねぇ、ジルさん。ありがとね」

「ああ、こっからはお言葉に甘えて任せるがな」

「ううん。違うの。そのことじゃなくて……」


 そういうと、ジルさんは少し眉尻を下げて首を傾げた。


「私、こっちの世界にきてジルさんに会えて幸せだよ。だから、そのありがとう、なの」

「ああ……俺も幸せだ。俺が、この世界に迷い込んできたマユに一番に会えた……あのことは人生で一番の幸福だったと思っている。こちらこそ、ありがとう、だな」

「ふふっ」


 返ってくる甘い言葉に、思わず頬が緩んでしまう。

 

「それでね、ありがとうを伝えたついでに、一つだけ、知らせなきゃいけないことがあって」

「ん? 何かあったのか?」

「うん。何かあったっていえばあったのかな? これから起こるともいえるけど」

「なんだそれは。聞くのが怖いが」

「いいから。耳貸して?」


 私は、そっとジルさんに告げた。

 そして、そのことを告げた途端、ジルさんはばっと私から離れ、そして大きく目を見開いた。


「ほ、ほんとか、マユ」

「うん。ちょっと前から分かってたんだけどね。なんだか、今日、伝えたくなったんだ」

「俺が……まさか、ち、父親に」

「うん。だから、これからもよろしくね、お父さん」


 私がそういい終わらないうちに、ジルさんは私を強く強く抱きしめてくれた。

 そして、静かに涙を流し、ありがとう、とささやいてくれる。


 私は、もう後片付けはいっかな、って思って、そのまま二人で寝室へと向かう。その日は、遅くまでおしゃべりをしながら、ずっと手をつないで眠りについた。




 とてもとても幸せな毎日。

 私はきっと、こんな毎日をずっと歩んでいくのだろう。


 その先に何が待っているかはわからない。けれど、一つだけ確かなことは、私がこの世界でこれからも生きて、たくさんの大事な人を作るだろうってこと。

 そして、その大事な人に、私はたくさんの料理をふるまうのだろう。

 もちろん、その料理には魔力を込める。

 けれど、ただおいしいだけじゃない。ただ珍しいだけじゃない。大事なところはずっと見失わずに生きたいものだ。

 

 だからこそ、私は伝えたい。

 なんで料理を作るのか。その想いを伝えるのだ。

 

「この料理に込めたのは魔力です。けど――」


 ――それ以上の愛情もたっぷり込めていますよ、と。


 そんな、気恥ずかしいことを、いつまでもいつまでも、言い続けていたい。

 これから先のことはわからない。

 けれど、ひとまず、私の話はこれでおしまい。


 もしまた会う時があるのなら、その時はぜひうちのお店のカウンターで。


 愛情を込めた料理を、食べてくださいませ。





 おしまい。


短いお話でしたが、最後まで読んでくださった方本当にありがとうございました。

また、途中、何度も中断しましたが、最後まで書きあげられたのは、皆さまの応援のお陰です。本当にありがとうございました。


でも、あと1話だけ。

その後の話を書かせてください。

ではでは。


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