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あなたは料理に何を込めますか?⑤

「ハンスさんとスードル君は今王都にいるんだ」


 数日後、代表に商会してもらった宿を引き払うと、私はようやくジルさんの店、もとい家に住み始めた。

 この店はほったらかしで埃だらけだったけど、やっぱりきれいなあの時の店が懐かしくて一生懸命掃除をした。一人でだけど。

 だって、ジルさんとソフィアさんは迷い人の宿り木の仕事が休めないんだもの。

 そしてようやくきれいになったカウンターで、私はお茶を飲みながらジルさんと話をしていた。今日は遅番だから、出勤は遅いんだって。


「ああ。ハンスは実はあれでも貴族の出だからな。実家に帰りたくないからって必死で出世して、今は王都警備隊の副隊長だ。スードルはそれについていってる」

「すごい! あ、でも王都にいたらあんまり会えないよね。寂しいな」

「長期休みがあるとこっちに帰ってくるし、イーヴァルには仕事で来ることも多いがな。その時はうちの店に来てくれる」

「あーあ、久しぶりに会いたいな。手紙でも書いてみようかな」

「そうするといい。二入もマユのことは気にしていた」


 そんな他愛のない話をしているだけで、私は幸せだった。

 夢にまでみたジルさんと、またこうして共同生活をしている。っていうか、店はもうないのに一緒に住んでるってそれって結構やばくない!? 

 ちょっと、いきなりドキドキしてきちゃったけど、ジルさんは当然のように受け入れてくれたのだ。肩透かしのような、うれしいような、複雑な気分である。


「マユは、今日どう過ごすんだ? 掃除も終わったし、今は仕事もないんだろ?」

「そうだね……でも、私もやっぱり料理をしたいからどうしようかな……。ジルさんのお店で働かせてもらおうって思ってたけど、今、私が行くとせっかくの雰囲気を壊しそうで複雑」

「そうか?」

「私も自覚があるわけじゃないんだけど、やっぱり六層まで魔力を込められる存在って特別みたいで。師匠からは、そのあたりを考慮してお店をやりなさいって言われてるんだ。師匠のお店は、一見さんお断りの超高級志向のお店だから、トラブルも少ないみたいだけど」


 そう。

 こんな私でも、世界で二人しかいない六層に魔力を込められる人間だ。

 その力を簡単に使うこともはばかられるほど、強い力を持っている。なにせ、おいしい以外に付加価値をつけることができるのだ。あまり気軽に使っていいものじゃない。


「ソフィアも俺も、当然うちの店に来てくれるものだと思っていたんだが……」

「私も、そうしたいんだけど……」


 そこばかりは、いろいろと考慮しなければならない。

 今、ジルさんのお店の料理長はもちろんジルさんで、副料理長がソフィアさんみたい。私は気にしないけど、世間からしたら師匠の弟子が平の料理人っていうことに文句をつけてくる人もいるだろう。それこそ、貴族とか貴族とか貴族とか。

 まあ、そのあたりは今後考えていくことにして、今日はどうしようかな。久しぶりに、市場にでも行ってみようかな。


「また、師匠が来た時に相談でもしてみるつもり。今日は市場とかいってぶらぶらしてみる」

「そうか。もし予定がないなら……一つお願いがあるんだが」

「何?」

「今日、俺の店に来てくれないか? 食べてもらいたい料理があるんだ」

「へぇ、新メニュー?」

「うむ……まあ、そんなとこだ」

「わかった。なら日が沈んだころに行くことにする」

「待ってるからな」


 ジルさんはそう言って、仕事へと向かっていった。

 私は、お茶を飲んでいた食器を片づけると、そのまま市場へと足を運んだ。




 市場では、昔馴染みの人がたくさんいた。

 軽口を交わしながら、適当に食材を見繕って一人でランチを作る。

 昔、ジルさんと一緒にお店をやっていた時のメニューであるサンドイッチだ。これも、今では市民権を得て、多くのお店で売られるまでになっている。手軽に作れるお弁当としても人気だ。

 もぐもぐとそれを頬張りながら、これからどうしようかと思案する。


 正直、私がお店をやれば大繁盛間違いなしだ。

 ひいき目なしにみても、私の料理はおいしい。腕が、というよりも六層まで込められる魔力のお陰。スードル君みたいに、体を治す付加価値をつければ一生お金に困りはしない。

 けど、それって楽しいのかな。そんなことを思ってしまう。

 

 師匠のお店は超絶高級主義だ。

 けど、昔からそうだったわけじゃないらしい。ひたすらにおいしい料理を。

 それだけを突き詰めていった結果、結果的にそういったお店になったらしい。

 師匠は言う。


『私の料理を食べた人には、一人残らず幸せになってほしいのよ。じゃなかったら、世界に一人だけの存在として価値がないじゃない? まあ、今じゃもう一人きりってわけじゃないけどね』


 そういって胸をはる師匠はちょっぴり格好良かった。

 普段は怖いだけなのに。


 私も師匠みたいに、そういう信念みたいなものが欲しい。

 それがないと、結局はただのお金儲けでしかない。けど、私はジルさんと一生懸命お店をやっていた時が夢中で楽しかっただけで、崇高な信念など持ち合わせていないのだ。だからこそ、あと一歩を踏み出せないでいる。


「どうして料理をするんだろ……私、ただの就活生だったのにな」


 ぽつりとつぶやいた言葉を、私はサンドイッチから滴るタレとともにおなかへと飲み干した。




 まもなく夜になる。

 私はジルさんのお店に向かうと、店員さんが前に入った個室へと通してくれた。「料理長がお待ちです」と言いながら浮かべた笑顔は、とても爽やかだった。それをみると、ジルさんがお店の人に慕われているというのが伝わりなぜだかうれしくなった。

 

 個室に入ってしばらくすると、まもなくジルさんがやってきた。

 その手には鍋を持っており、ぐつぐつと煮立ったそれを静かにテーブルにおいてくれる。


「今日はありがとうな、来てくれて」

「うん。どうせ暇だしね。それで……これが新作料理? 見た限り、この前のとそう変わりはないみたいだけど」

「そうだな」


 苦笑いしながら頬をかくジルさんは、いつもよりどこかぎこちない。表情も硬くやや目も合わない。

 その様子の違いに私は首をかしげながらも、鍋に手を伸ばした。ジルさんは、そんな私の手を止めて、ゆっくりと取り分けてくれる。


「具材は……この前と同じ野菜と、鶏肉、かな? それに木の実かぁ。美味しそう!」

「最初から最後まで俺一人で作ったんだ。正直、この前より味は劣る。俺は、相変わらず三層までしか魔力を込められないからな」

「食べさせる前に卑下してどうするのよ。それで、もう食べていいかな?」

「ああ、召し上がれ」

「うん、いただきます!」


 受け取った鍋のスープを飲む。

 澄み切った出汁と、ガラのコク、醤油のうまみをが絶妙なバランスで配合されている。とてもおいしいスープ。

 たくさんの具材、おいしいスープ。鍋としてはとてもレベルの高いものだ。けど、何か違う。ちょっぴり特別な気がするのは気のせいかな。


「なぁ、マユ。美味いか?」

「美味しいよ! 私のレシピよりもとっても!」

「それならよかった……これは俺の特別だから」

「特別?」


 私が聞くと、ジルさんはじっと私の目を見つめてくる。

 そのまっすぐなまなざしに、私の胸は早鐘のように打ち始めた。

 

「特別だ。食材を一から選んで、一つ一つ集中して下ごしらえをした。今できるすべてを込めた。魔力も、いつもは他に任せているが自分でやった。最初から最後まで、自分一人で」


 ジルさんの真摯な姿勢。

 それがわかり、そしてそれを今この場で出してくれたことにとてもうれしく思う。


「ようやくわかったんだ。二年前の俺は、店をどうにかすることしか考えてなかった。料理の先にいる人の顔なんて考えてもなかった。けど、マユは違った。料理を食べる誰かのことを考えて料理を作っていたんだ。それが、スードルの腕を治したし、感動も与えたんだ」

「そんなこと……」

「でも、何も考えてなかった俺も、あの時、初めて誰かに食べてもらいたいって思った。マユが去ったあの日。俺は、この鍋料理をいつかマユに食べてもらいたかったんだ。おいしいって言いあって、食べたいって思ったんだ」


 ジルさんの瞳がやけにきらめいて見える。

 その思いが、視線と料理から私の心へと伝わってくる。

 それだけで私は胸がいっぱいになった。待っていてくれたって思うだけで、幸せな気持ち。


「ありがと……とっても美味しい」

「そういってもらえると、俺も頑張ったかいがある」


 ジルさんの満面の笑み。

 ずっと見たかったその顔は、私が好きになったままのジルさんだった。

 あふれ出るその想いが溢れないよう抑えながら、じっとジルさんの言葉を聞く。


「そう思って料理を作ってると、一つ思うことがあったんだ。卓越された調理技術、込められた魔力。それ以外に、料理の美味しさを決める何かがあるんだって。それは目に見えないけど、確かに心につながるんだってことを」


 ジルさんは、一度大きく息を吐いてうつむくと、すぐに顔を上げた。

 改めて目が合うと、もうそのまなざしから目を離せないでいた。

 心臓がうるさい。

 体が熱い。

 期待している自分が恥ずかしいけど、それもしょうがない。

 だって、ジルさんの視線が、ジルさんの握られた手が、ジルさんが作ってくれた料理が、こんなにも語ってくれているんだから。

 だから私も、言葉にしないで必死でジルさんを想った。


「料理には魔力を込める。これはこの世界の常識だ。けど、俺は――」


 ――君が好きだという想いを込めたかった。


 とっさに胸を両手で抑えた。


「好きだ、マユ。ずっと会えずに拗らせたこの思いだが、俺は昔のようにマユと一緒に生きていきたい。技巧もなにもなく、ただ君への想いだけが人生に彩を与えるんだ。特別な調味料もなにもいらない。君の声と、ぬくもりさえあれば俺はきっと生きていける。だから、マユ……」


 おもむろに立ちあがると、ジルさんは私の前まで近づき、そっと手を取ってくれた。


「一緒になろう。俺は、迷い人である君の宿り木でありたい。もう離れることなく、ずっと一緒にいたいんだ」


 手から伝わる。

 想いが伝わる。

 精いっぱいのジルさんの気持ちが、私の心を満たしていった。


「はい……私こそ、よろしくお願いします」


 くしゃくしゃになった私の目元を優しく、ジルさんの指が辿っていく。

 それでも止まることのない涙をごまかすように私はジルさんの胸へと飛び込んだ。


「好きです……ジルさん」

「俺もだ」


 こんなにも幸せな瞬間が訪れるなんて、月並みだけど夢みたいだなって心から思った。


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