あなたは料理に何を込めますか?④
二年前。
マユが俺達のもとを離れたあの時のことを思い出すと今でも胸が締め付けられる。
あの日、店は開けることができず、次の日も休みにした。
料理をするような精神状態じゃなかったからだ。
俺はソフィアと二人で今後について話しあうことにした。マユが俺たちのために去ったのなら、俺達は何をすべきなのかを。
「それで……一晩経って目は覚めたの?」
「ああ、悪かった。だが、しばらくは店を休もうと思う。それを伝えたかった」
「店を休む?」
やや不愉快そうに顔をしかめたソフィアだったが、俺が料理をしているのをみて小さく息を吐いた。
「それで……何を作ってるの? 遅い朝ごはんってわけじゃないわよね」
「もちろんだ。これを見てくれ」
「それは――」
俺がソフィアに渡したのは、昨日見つけたレシピだ。
鍋料理と書かれたそれを、今俺はどうにかこうにかして作っている。
「みんなで食べれたら……か」
「ああ。昨日、マユの荷物を届けようと思ったら、門前払いされてな。片づけていた時に見つけたんだ」
「それでどうしてこの料理を?」
「荷物を置いておいてくれってことは、またここに戻ってくるってことだ。その時に、俺は、その鍋料理を皆で食べたい。マユと、俺と、ソフィアと、あとハンスやスードルも呼べばいい。たくさんの人間で、たくさんの鍋料理を食べる。幸せだと思わないか?」
俺がぎこちない笑みを浮かべてソフィアを見ると、なぜだか目をまんまるくしたソフィアがそこにはいた。
そして、まもなく噴き出すと、声を上げて笑う。
「ふふっ! 何よそれ。昨日までのお兄ちゃんとは大違いじゃない」
「前に進まないとな。いつまでも、マユやソフィアにおんぶに抱っこじゃ、会ったときに笑われてしまうからな」
「そうよね! それでこそお兄ちゃんよね! えっと、その鍋料理だっけ!? 私も手伝う!」
「ああ、頼む」
そうして試行錯誤をして五日間。
俺の店の新メニューとして、鍋料理を出したのだ。
マユのレシピに加え、ソフィアの魔力を込めた鍋料理は大当たりだった。
一人でも、大人数でも楽しめる鍋料理は評判になった。今まで以上のお客さんが訪れたため、人を二人も雇わなければ仕事が終わらないありさまだ。
すぐさま、小さな店ではなく大きな店でやってみたらいいとおじさんに話を持ち掛けられ、前の店とは違い街の中心部に大きな店を借りた。もちろん前の店は今でも俺の家だ。両親の店を捨てる気にはならなかった。
だんだんと俺に店は有名になっていったが、それでもまだ足りなかった。
マユと自信をもって会うには、これくらいじゃ足りない。うわさで聞くマユの話は、とんでもないことのほうが多かったからだ。
「相変わらずすごいな、マユは。革命の異端児って呼ばれてるらしいぞ」
「変な話よね。あのマユさんが、ふふっ。でも負けてられないわ。私だって、もっとうまくなってやるんだから」
「そうだな、俺も、負けてられるか」
俺もソフィアも、今では大きい料理店の料理長と副料理長だ。
その肩書に負けないように、調理技術と魔力を込める技術を日々鍛錬した。マユがいたころと同じように。仕事が終わってから黙々と。
そうこうして一年。
俺の店は、イーヴァルの中でも有数の店になっていた。
おじさん――ソフィアの父親であるクレーズさん――は、ある日俺の店に来るとどこかうれしそうに口を開く。
「ずいぶん立派な店になったな。でかさじゃ、俺に店とそう変わらん」
「ようやくですよ。一応、この街じゃ知られるようになってきたくらいなんで、まだまだ頑張らないと」
「その意気だ。だがな、ジル。いい加減このままじゃまずいぞ。考えてるのか?」
「まずい? えっと、何か問題が?」
「馬鹿。これだけでかくて有名な店に名前がないっていうのはおかしいだろうが! 従業員含めて二十人もいやがるのに名前くらいつけろ!」
「ああ、そうか――」
料理と向き合うことに必死でそんなことすっかり忘れていた。
そういえば、街のお偉いさんからそんな通達が来ていたような……。
「それって早く決めたほうがいいのか?」
「そりゃな。箔がつくし、名前があるってことは信用されているってことにもなる。名前つける許可はとっくに出てるんだ。誰かがお前の鍋料理を食べに行きたくても、あの店、じゃわからんだろう」
「そうだな……じゃあ……」
俺は、そういわれて名前を考えた。
おじさんの店の金の羽衣亭などといったかっこいい名前は似合わない。
だれもがゆったり過ごせて、鍋料理に舌鼓を打つ。そんな店が、そんな暖かい店の名前がいい。
そんなことを思いつつ、俺はおじさんに店の名前を告げた。
「じゃあ、店の名前は――」
後日、ソフィアにそのことを伝えたら、しこたま怒られた。
勝手に決めるなんて何事だと。
だが、その名前は思いのほか気に入ってくれたらしく、俺の店の名は、瞬く間にイーヴァルの街に知れ渡っていったのだ。
◆
「ジルさん、ソフィアさん――」
その後に続く言葉がどうしても出てこない。
たくさん話したかったことがあったのに。たくさん伝えたかったことがあったのに。想いばかりあふれてそれは言葉にはならなかった。
ただ、涙を流すだけの私に二人が近づいてくる
「どうだ? マユとの思い出の料理を俺なりにさらに磨いてみたつもりだ。お口にあったかな?」
低い声と優しいほほ笑みに、懐かしいそのぬくもりと響きに、心は揺さぶられて平静を保てない。
それでも、力強く首を縦に振ることができた。
やっぱりそうだったんだ。
思い出の料理達の変化におどろきつつ、ずっと覚えていてくれたことはとてもうれしかった。
「私が作ったデザートだって負けていないんだから。あの時とは違うわよ? 砂糖だってちゃんと使ったし、果物任せじゃないんだから」
とても完成度の高いフルーツタルト。
それを造形美も併せて作ったあのデザートは師匠の元にいたとしてもそう見たことがなかった。しかも、魔力が五層あたりまで込められるようになっているのは修練のたまものだろう。五層まで行きつく人はそういない。
「うん、うんっ! わかってる! とってもおいしかったよ、二人の料理! とっても、とっても、とっても――」
そこまでくると、もう私の感情はどうしようもなくなってきた。
涙があふれ言葉が出てこない。
それでも表現したい気持ちがあるなら、もう私にできることなんてただ一つだ。
無作法ながらも、私は席を立って二人に駆け寄る。そして、そのまま二人に抱き着いた。
「会いたかったよ、二人とも!」
「ああ、おかえりマユ」
「遅いのよ、まったくもう」
そういってほほ笑んだ二人の顔をみて、私は心からほっとしたのだった。
その後、妙な雰囲気のまま会食は終わり、今私は閉店したジルさんの店に来ていた。
二人は、明日の仕込みや日課にしている料理の練習をやるらしいのだ。
私はそこにお邪魔して、その作業を横目で見ていた。
「でもびっくりしたよ。ジルさん、お店やめちゃったのかと思ったから」
「掃除したいんだがな。毎日忙しくてそんな暇もないんだ」
「でもすごいよ。たった二年でこんな大きいお店をお客さんでいっぱいにしてるんだから」
私は広々とした台所を見渡しながらつぶやいた。
後ろでは、マユさんが細工切りの練習をしている。
「マユさんのレシピのお陰。っていうか、勝手に使っちゃったの……まずかった、よね?」
「いいのよ。別に、秘密にしてたわけじゃないし、ジルさんのお店の新メニューとして考えていただけだから」
「いまじゃ看板メニューだからな。コンソメスープは貴族も食べに来るくらいだ。美味かっただろう?」
「そうね、とっても美味しかった!」
どこか自慢げにふるまうジルさんの様子が面白くてつい笑ってしまった。
「ソフィアさんのデザートも美味しかったなぁ……。あれくらいおいしいデザートは師匠のところでもなかなか食べれないからね。きっと、師匠に食べさせたら気に入るよ。あの人、こういうの好きだから」
「ほんと!? あぁ、もしマダムウエハラに食べてもらえる日が来たらそれこそ夢みたいだけどな」
「多分それ大丈夫だと思う。私がこっちで落ち着いたら一度遊びに来るって言ってたから」
「ふぇ!? 生ける伝説がこのイーヴァルに!?」
目を白黒させているソフィアさんの様子をみると、やっぱり師匠ってすごい人なんだなって思う。
まあ、私もほかの料理人からはこう見られているって思うと、どこかむず痒い気持ちがするけれど。
会話をしながらも、素早く仕込みをしてるジルさんを見て、うまくなったなぁと思った。
食材を目の前にして包丁を振り上げていた人とは思えない。流れるような手際で、鍋料理の仕込みを済ませていく。
「鍋の出汁には何使ってるの?」
「ん? ああ。基本的にはレシピ通りだ。鳥と豚のガラとソフィアが見つけてきたあの木の実の汁だな。骨の配合バランスとか、いれる野菜は二年間で調整していったが」
「そうだよね。ガラスープと醤油で濃厚に仕上げたんだっけ……」
味見をさせてもらうと……うん、やっぱりおいしい!
これだけの完成度にするには、相当時間をかけないとできないはず。看板メニューになるのはわかる気がする。
そうこうしていると、二人の仕事は終わった。
今日泊まるところは今いるお店の近くだけど、明日以降は昔のお店の自分の部屋を使ってもいいらしい。まぁ、ずっと誰も入っていないから明日以降に片づけなきゃならないんだろうけどさ。
「そういえば、マユ」
「何?」
「マユが帰ってきたら言わなきゃならないことがあったんだ」
そういうと、ソフィアさんは何かを思い出したかのような仕草をして、二人でなぜだか店の入り口へと向かっていった。何事かと思ってついていくと、二人はお店の中へ促すようにして片手をあげる。
そして私に告げたのだ。
「ようこそ! 『迷い人の宿り木』へ」
その店の名前を聞いて、やっぱり泣いてしまったのはきっと仕方のないことなんだろう。




