離別と決意の鍋料理④
無理やり連れ去られた私は、今とても豪華な部屋に通されている。
ふかふかの絨毯に、なにやら高そうな机と椅子。それと天蓋付きのベッドまである。
入口をみると、なにやらメイドのような人が立っており、流れるような手際でお茶と焼き菓子を準備してくれた。うん、これ美味しい。この世界のものとは思えないくらいだ。
暖かいお茶を飲み込むとようやく心が落ち着くのが分かった。こうなると、ようやく考えることもできてくる。
連れてくる時はなんだか強引だったけど、私を害するつもりがないのだろうか。
だけど、どうして私を? こんな好待遇で連れ去られるほど私に価値なんてあっただろうか。
とりあえずやることもないので、お茶と焼き菓子に舌鼓を打つ。
うん、んまい。
この世界にきてしっかりと砂糖を使っているお菓子なんて初めてなんじゃないだろうか? どこか懐かしいその味についついほっこりしてしまう。
そして、あっという間に皿の上のお菓子を食べきったところで、この部屋のドアが開いた。
そこから現れたのは、渋めの男性。白髪交じりで上品そうな口ひげを携えている。その男性は私の前で優し気にほほ笑むと、小さく会釈をしてくれた。
「突然お呼びだてして申し訳ない。うちのものが少々手荒だったようでね。怖がらせるつもりはなかったんだ。すまなかった」
私よりも明らかに目上の人が頭を下げる。
その様子をみて、反射的にうろたえて謝ってしまう。現代人の悪い性。
「い、いえ! こちらこそおいしいお茶とお菓子。ありがとうございました」
「おや、気に入っていただけたかな? それならよかった」
そういってほほ笑む男性をみて、私もこわばった顔がほぐれる気がした。互いに見つめあっていると、男性が何かを思い出したかのようにちらりと視線を上にあげ、そして恭しく礼をする。
「そういえば、申し遅れましたが……私はヘルムート・エディンガー。陛下から伯爵の位をいただいているしがない貴族。そちらの名前をうかがっても?」
「はい。私はマユっていいます。よろしくお願いします」
「マユさん。ふむ、では少し緊張もほぐれたところでここに来てもらった理由を説明させてもらってよろしいかな?」
「それは、むしろお願いします。あっ、でも、お店が――」
「お店?」
エディンガー伯爵は方眉を上げると、さっと手をあげる。
すると、先ほど私を連れて行こうとした男が部屋の中に入ってきた。私は思わず体を固くしてしまう。
「ひっ――」
そんな私の様子をみたエディンガー伯爵は小さくため息をつくと、入ってきた男を見つめ自らの両手を組んだ。
「このような少女を怯えさせて何を考えている? 私は言ったはずだ。丁重にお出迎えしろと。怖がらせ無理やり連れてこいなどといった覚えはないのだがな?」
「はっ。わが主から命ぜられたことを守るのは部下として当然のことでございます」
「頭が固いのは相変わらずだな。それが私にとって不利益になるとは思わなかったのか?」
「……申し訳ありません」
男はエディンガー伯爵に頭を下げる。その表情は、何一つ変わらない。
「まあ、よい。して、マユさんが心配しているお店のこととは何のことだ?」
「おそらくは、勤めている店の仕事についてでしょう。あの店にはそのお方以外はいらっしゃらなかったので――」
「馬鹿者! 家人に一言も告げずにつれてくる奴があるか! さっさと説明と謝罪に行ってくるんだ!」
「か、かしこまりました」
突然怒鳴り声をあげたエディンガー伯爵にさすがの男もびっくりしたのか、慌てた様子で部屋を出て行った。
うん。私をあれだけ怖がらせたんだからそれくらいやってもらわないと。
エディンガー伯爵! かっこいいけどちょっと怖い。
私がそんなことを考えていると、エディンガー伯爵は眉尻を下げながらこちらに振り向いた。
「マユさん」
「は、はい!」
「すまなかったね。おそらく店の人も心配しているだろう。すぐに説明に行かせるから安心するといい。それに、もちろん家に帰ることはできる。約束だ」
「あ、そうなんでね」
「もちろん。こっちはマユさんにお願いをする立場だ。嫌がることは極力しないよ」
「えっと、お願い……?」
エディンガー伯爵の言葉に首を傾げつつ、私はちょっとばかり現実逃避気味にメイドさんが再び出してくれたお菓子に手を伸ばした。
その様子をみて、エディンガー伯爵はくすりをほほ笑む。
そのことに少しだけ恥ずかしくなるけど。でも、だって。
こんなにおいしいお菓子、次にいつ食べられるかわからないでしょ?
◆
――そんな感じで、エディンガー伯爵は私にひどいことはしなかったし、そこは安心して大丈夫。ごめんなさい、心配かけて」
私は、連れ去られてから連れてきたかった理由を話してもらうまでの出来事をジルさんに話した。
ジルさんは私の身を案じてくれていたみたいで、何もないとわかるとようやく肩の力を抜いてくれた。いつものジルさんの鋭いけど優しい笑みを見れて、私の胸も熱を取り戻していく。
だけど、それも束の間。
ジルさんは表情を戒めると、私を見つめて口を開いた。
「いや、いいんだ。マユが無事なら――だが、ここにいるっていうのはどういうことだ? 俺の店が嫌になったのか?」
「そんな――! そんなわけない! 私はあの店が好きだし、ジルさんとも――」
「ならなんでだ! 俺は、俺は、君にそばにいてほしい。マユと一緒に、あの店をやれたらって思っている」
さっきも片隅から聞いていたけど、まるで告白のような言葉に胸は早鐘を打ち顔は火照っていく。
私はジルさんの気持ちを聞いて素直にうれしいって思った。
同時に私も分かったのだ。
私はジルさんが好き。だから、ソフィアさんとジルさんが一緒になることを想像して嫌な気持ちになった。
嫉妬。
そんな単純な感情にも気づかないくらい、私は自分の気持ちに無関心だったのだ。
そんな私も、ジルさんのお陰で自分の気持ちを自覚することができた。うん。私、ジルさんと一緒に料理を作ったり笑いあったり。そういう時間がとっても好きだ。前の世界への未練ももちろんあるけれど、こうやって同じ時間を重ねていくことがとてもうれしい。
そして、互いに気持ちが通じ合うってこんなにも幸せで、とても恥ずかしいことなんだって初めて知った。
そばにいたい。
私の心の奥底からそんな想いが膨れ上がっていくけど、けどダメだ。
今の私じゃ、ジルさんの隣にいられない。
その理由を伯爵から聞いた今では、少しでも早くあの店からでなければって思う。
「ねぇ、ジルさん」
だから私は紡ぐ。
少しずつ、心が溢れないように気を付けながら。
私が口を開くと、いつも堂々としていて強いジルさんの肩がびくりと震えた。
「私ね、迷い人だからこの世界のこと何もしらないの。ジルさんに助けてもらって、本当に感謝している」
「マユ……何を」
ジルさんの揺れる瞳に胸が痛んだ。
こんなにも不安気なジルさんを見たのは初めてだ。
「料理に魔力を込められるのは一般的には五層まで。でも、世界に一人だけいるんだよね。六層まで込められる人が」
私がそれを告げると、ジルさんは目を大きく見開いた。
やっぱり知ってたのかな。
私は震える手をぎゅっと握って言葉をつづけた。
「その人も迷い人で、昔はいろいろ大変だったみたい。六層まで魔力を込めるっていうのは、この世界にある魔法そのものを料理に込めるってことだから、いろんな人がその人を奪い合ってたくさんの血が流れたんだって。その人は、たくさんの人を巻き込んで傷つきながら、今はある程度の立場を手に入れて保護されてようやく安心して過ごすことができたんだって……」
「そんなの!」
ジルさんは私との距離を詰めると、肩を乱暴につかんだ。
その衝撃に驚いたけど、それ以上にびっくりしたのは、ジルさんの顔が今にも泣きそうなように見えたことだ。
「マユが六層まで魔力を込められるだなんてわからないじゃないか! そんなの! 迷い人だからって、それは――」
「六層まで魔力をこめると魔法の力が込められるの! その魔法は込める人の思いによって変化する! なら、スードル君の腕が治ったのも、私の魔力のせいだよね!?」
「っ――!?」
「私! もし本当に自分がそんな存在だったら! 私のせいでみんなが傷つくなんて絶対に嫌! もし、私のせいでジルさんが! ソフィアさんが! みんながいなくなるなんて……、私、わたし……」
こらえていた涙が自然とあふれてくる。
でも、つらくても、ずっと一緒にいなくても、それでも一緒にいちゃいけない。
私のせいで大事な人が傷つくなんて絶対にあっちゃならない。だからこそ、私は一緒にいることはできないんだ。
見つめあっていた視線を先に逸らしたのはジルさん。
私はどこか気まずげなジルさんを見つめたまま言葉をつづけた。
「だから、エディンガー伯爵の提案を受け入れようと思ってる。それが一番みんなにとっていいことだとおもうから」
「伯爵、からの提案……?」
「うん。エディンガー伯爵は私を養子にって言ってくれてる。そして、六層まで魔力を込められる人のところに連れて行ってきているって……。そうすれば、皆に迷惑をかけることもないし、傷つくこともないでしょ?」
ジルさんは、私の肩からそっと手を離すと、数歩後ずさった。そして、自分の顔を両手で覆った。
「それは、絶対に変えられないのか?」
「うん。私はジルさん達のことが大事。それを守るためならどんなことだってしたいの」
「それ以外に、方法はないのか?」
「エディンガー伯爵の力を借りるのが一番安全だと思うから……貴族になれば、少なくとも簡単には手出しされなくなる。ジルさんのお店がなくなるのは、絶対に嫌なの」
「俺の、力が足りないからか」
「ジルさんは私をずっと助けて支えてくれたじゃない。本当に感謝してるの……本当に」
「俺が――絶対に守ってやるっていってもか?」
私はジルさんのその言葉に口ごもった。
想像してしまったのだ。ジルさんと一緒に逃げながら二人で生きていくことを。
きっと幸せなんだろう。
でも、ジルさんやソフィアさん達が傷つくたびに私の心は傷ついてく。それだけは、今からでも簡単に想像できた。
自分の好きな人に、ここまで気持ちを寄せられるのはとてもうれしいことだと思う。
だけど、好きだからこそ、一緒にいれないこともあるんだなって思った。
止まらない涙をぬぐいながら、それでも私は言わなければならない。思っていなくても、本心とは違くても、それでもジルさん達を守るために必要な言葉を。
「うん……それでも」
「そうか」
ジルさんは短く言葉を吐き捨てると、くるりと私に背を向けた。
それをみて私は悟る。
私とジルさんの道が分かれたのは、今、この瞬間だと。
「俺からは皆に言っておく。マユは……自分の思う通りに歩んでいくといい」
「うん。今までありがとね、ジルさん。私、本当に感謝してるから」
「ああ。わかってる」
そういうと、ジルさんはエディンガー伯爵に小さく会釈をして屋敷から出て行った。
その場は伯爵の使用人達もいたけど、すぐに日常だっただろう静けさを取り戻していった。私は、ジルさんが屋敷から出て行ったのを確認すると、思わずその場にしゃがみ込む。
もう立っているのさえつらい。
心が引き裂かれそうなくらい痛い。
叫びだしそうなほどに寂しい。
いわなきゃならないことはちゃんと言えた。けど、言いたいことは言えなかった。
それは言ってはいけないことだと思ったから。
「ジルさんっ、ジルさん、ジルさん――」
私はジルさんを好きだってことは、ずっとこの胸にしまったまま。
決して明かさずに生きていく。
それが、とてもとてもつらかった。




