野菜炒めとプロローグ②
申し訳ありません。
どうしても全体のリズムの調整をしたく11/5に全面改稿いたしました。
大まかな流れは変わっていませんが、細かいところでの修正点はあります。
ご不便をおかけして申し訳ありません。
しばらく走ると日は完全に沈み、月明りだけが私達を照らす。
恐怖と混乱で、しがみついたまま動けなかった私だが、だんだんと馬の歩みはゆっくりになるにつれて遠くに灯りが見えてきた。顔を上げると、目線の先には石造りの塀とたくさんの松明が並んでいる。そして、その真ん中には大きな門がそびえたっていた。
ここでようやく私は助けてくれた人を見上げる。
すると、そこには若い男の人の姿があった。
「きゃっ――」
「動くな。しっかり座っていないんだ。落ちるぞ」
男の人に抱きついていることに驚いた私は咄嗟に飛びのこうとするが、力強い彼の腕が私を抱き寄せる。たしかに、馬に乗ってるんだから落ちたら怪我くらいしそうだ。
私は、さすがの混乱具合に気恥ずかしくなり、再び俯いてしまう。
男の人の腕は私をしっかりと支え、そこから伝わる熱は恐怖で冷え切った私の心をすこしずつ温めていった。
「お前は街の人間か?」
「……え?」
そんな彼からの問い。彼の言う街が目の前のものならば答えは否だ。小さく首を振ると、彼は無言で前を向いて、淡々と馬を進めていく。
門や塀が大きくなるにつれて、その様相があらわになってきた。
塀の高さは人では越えられないほどには高く、見上げるほどだ。その塀の上にはおそらく人が行き来できるような通路があるようだ。門の周囲には槍? のようなものを持った人が数人おり、近づいていく私達をじっと見つめている。
その中の一人がゆっくり近づいてくると、片手をあげて声をあげた。
「遅かったな。ジル。――って、どうしたんだ? その娘は」
「魔物に襲われていたんだ。怖がっててどうにも話がすすまない。どうする? 入れていいか?」
私を抱きかかえている人はジルと呼ばれていた。
ジルさんは、武器を持っている人と言葉を交わしていたが話しているのって私のことだよね? 入れていいかどうか確認してるってことは、もしかして私、不審者ってこと……だよね。
その事実に軽くへこみつつも、私だったら怪しむだろうなと妙に納得した。
だって、みるからに周りの人と私の恰好が違いすぎるのだ。
私は就活途中だったからスーツだけど、ジルさんや武器を持っている人たちは……一言でいうならファンタジーっていうか、なんかゲームの中の人みたい。中世風とでもいえばいいんだろうか。よくよくみると、武器を持っている人は胸当てや脛当てのような防具もつけていた。
「ん~、この時間だしな。変な恰好してるけど……ねぇ、君は例えば魔女だったりする? それともほかの国の間者とか?」
魔女!? 間者!?
そんなこと、疑ってても直接聞くか!? と思いながら、必死で首を横に振った。
すると、武器を持った人は苦笑いを浮かべると、ジルさんに声をかけていた。
「まあ……明日ジルが責任もって駐屯所まで連れてきてくれるんなら入っていいかな」
「な――俺に連れて帰れっていうのか!?」
「だって。犯罪を犯していない人を牢屋にいれろって? それ以外に人が眠れるところなんてないし。拾ったのはジルでしょ? 責任持ちなよ」
「ふざけるな! どうして俺の家に知らない女なんか!」
「ジルのところは部屋が余ってるじゃないか。ちょうどいいだろ? 誰かいたほうが家は綺麗になるっていうし」
「そういう問題じゃない!」
すいません。
知らない女なんて連れて行きたくないですよね。わかります。私、怪しいんだろうし。
どこかからかっている様子の武器の持った人とは裏腹に、ジルさんは本当に迷惑そうだ。しかし、しばらくやり取りしているとジルさんも折れたのか、大きなため息を吐いた。
「はぁ……じゃあ、しょうがない。今日は泊めてやるが、明日以降はお前らが探せ。この女をどうするか判断するのも衛兵の仕事だろうが」
「助かるよ。じゃあ、お嬢さん。淫らな狼さんには気を付けて」
「馬鹿か! ふざけるな!」
ジルさんは、そういい捨てると、さっさと馬を歩かせ門へと向かう。武器の人は、にこにこと楽しそうに手を振っていた。
とりあえず、私は今日の寝床を確保したみたい。
ジルさんの態度を見ていると、とてもとても心苦しいけど。
◆
ジルさんは、そのまま無言で門に入る。
中に入ると、大小様々な建物が軒を連ねていた。入口付近の厩舎に馬を置くと、ジルさんはそのまま歩いて行ってしまった。私なんか視界にも入っていない感じがとても不安で、つい声をかけてしまう。
「あ、あの――」
その声に振り返ってくれたジルさんは、ぶっきらぼうに告げる。
「ついて来い」
「はいっ――!」
その後ろ姿を、私は小走りで追いかけた。ちらちらと私がいることを確認しながら歩くジルさんに、私はちょっとだけほっとする。
たくさんの見慣れない格好の人達と行き交いながら、ジルさんの背中だけを見て歩いた。
そうしてしばらく歩いた頃だろうか。すこし大き目の建物についた。
その建物にはなにやら鍋と包丁をかたどった看板が飾られている。中に入ると、ジルさんが明かりをつけた。部屋の中が照らされると、たくさんのテーブルと椅子が並べられており、脇にはカウンターが見えた。
えっと、ここは……何かのお店?
「えっと――」
「簡単なものでいいか?」
「はい?」
「簡単なものでいいかっていったんだ。腹……減ってんだろ?」
唐突な問いかけに私は思わず頷いた。
えっと、作ってくれるってことだよね? っていうことは、ジルさんって料理人か何かなのかな。そんなことを思っていると、ジルさんはカウンターの後ろに入って、なにやらごそごそと作業を始めた。
私は中が気になってそっと覗くと、沢山のかごから何かを取り出していた。えっと……、ジャガイモとタマネギとベーコン……かな?
ジルさんは、その中からタマネギを取り出すと、包丁を片手に持って――振りかぶったぁ!?
ダンッダンッダンッとまな板に包丁を叩きつけたかと思うと、皮付きのタマネギは乱雑にバラバラになる。続けてもう一つを取り出したところで、私は思わず止めに入ってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください! わ、私がやりましょうか?」
その言葉に、ジルさんは訝し気な視線を向けた。そして、しばらく考え込んだ後、視線をそらしながら口を開く。
「切るのが得意なのか?」
「ま、まあ、それなりには」
「なら頼む」
そう言うと、ジルさんは私に包丁を渡すと、一歩下がって腕組みをした。そのままじっと私の手元を見つめている。
って、怖いです。見ないで下さい。
まあ言い出したからにはやらねば。そう思って、私は先ほどの被害者であるタマネギの皮をむいて、そのまま次のにも取り掛かった。
「あの、何を作るつもりだったんですか?」
「ん? 炒め物か何かでもとは思ってたんだが」
「じゃあ、一口大ってところですね」
私はそう告げると、タマネギの上下を切り落として、皮をむく。それを、真っ二つに切った後、ざくざくと数センチ四方の角切りに切っていく。
切ってみてわかったけど、このタマネギ、すっごいみずみずしくて美味しそう! 断面から水分がにじみ出てくるのが切りながら分かった。
次に取り出したのはジャガイモだ。
ジャガイモはとっても新鮮そうだったからあえて皮は剥かなかった。こちらも食べやすい大きさにカットしていくと、包丁にジャガイモがくっ付いてきてしょうがない。でもこれって、このお芋が持つ澱粉質が豊富ってことだよね。
普通にじゃがバターとか作ったらおいしそうだ。
そんなことを思いながらリズムよく切っていった。
ベーコンは、大きいブロックのままだったので、ぜいたくに少しだけ厚めに切った。それを、一口大に切ると準備はオーケー! って、大事なものが足りないよ。
「あの、火は?」
「……あ、ああ、すまん」
私がジルさんに問いかけると、少しだけ慌てたように隣のコンロのようなものに手をかざして、なにやらぶつぶつとつぶやいた。
「小さな灯よ、舞い出でよ。そして……我の願いを聞き入れたまえ」
B級映画でも聞かないようなベタな言葉とともに、コンロが赤く輝いた。と、同時に、ぼっと火が点る。
「これでいいか?」
「あの、火加減は――」
「そこは勝手にやれ」
ってわからないし。
なにこれ。
五徳みたいなのは置いてあるけど、手元のスイッチは私が知ってるガスコンととは違う。透き通ったルビーみたいな宝石が埋め込まれているだけで、どう調整していいかわからない。
幸いにも、少し火加減が強かっただけなので、それほど困りましないだろう。
私は、近くに置いてあったフライパンを掴むと、何もいれないままベーコンを直接放り込む。
すると、ベーコンは間もなくじりじりと音を出しながらその身から油を流していった。
しばらくそのまま見ていると、あっという間にベーコンの縁はカリカリに仕上がり、油はプライパン中にいきわたる。一度、ベーコンをフライパンから外すと、ジャガイモとタマネギを入れて蓋を閉めた。電子レンジがないから、こうしないと火が通らないのだ。
しばらく蒸し焼きにすると、私はそこにベーコンを投じて軽く混ぜた。
辺りを見回すと……あ、これ塩かな? それ以外に調味料が見当たらないけど、まあいいだろう。きっとベーコンの旨みがしっかり出ていると思う。
私は、塩を取り出すと、フライパンの中にパラパラと振りかけた。そして、皿に盛る。
「出来上がりです! さぁ、どうぞ!」
ジルさんをみると、なぜだか驚いたように目を見開いてこっちを見ていた。
「あの、できましたけど……」
「ん? あ、ああ。わかってる」
どこか困惑したようなジルさんだったが、野菜炒めをフォークで突き刺すと、戸惑いがちにそれを口に入れた。そして、同時に声をあげる。
「なんだこれは!」
ジルさんは、料理を見つめ、私を見つめ。そんなことを何度か繰り返しながら、何度も野菜炒めを口に運んでいた。