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19/30

離別と決意の鍋料理①

「今月の新作はこちらでーす! よかったら、食べていってくださいね!」


 店に来る常連さんに、私は笑顔でそう告げた。

 たくさんのものを一度に作ると店が回らないから、とりあえずは新作を一月に一つ、作っている。


 ソフィアさんがやってきてから始めたそれは、店の人間による戦いを勝ち抜いたものが選ばれる。といっても、参加者は私とソフィアさんだけなのだが。


 ソフィアさんはあれから調理技術を学び、あっという間に魔力なしでも美味しい料理を作れるようになった。ジルさんも、一定のレベルでの調理が可能になっている。調理と魔力。二つを兼ね備えた料理は、この街随一のものとなっていた。

 二人が調理を身に着けてくると、だんだんと私の役目も薄れてくるのだが、それだとくやしいので頑張って前の世界の料理の再現にいそしんでいた。レシピもしらないものを一から作るのはとても難しいけどやりがいはある。


 そんな感じで切磋琢磨した結果、今のところ、私の二勝一敗。今月は、私が勝ったから新作は私の考えたものだ。


「へぇ? 今月はなんだい? 先月のソフィアちゃんのも美味しかったからね。楽しみだよ」

「今月は私のですよ。さ、召し上がれ」


 そういって出したのは洋風の茶わん蒸しである。

 ポトフに浸かっているブイヨンと卵を使って蒸すだけのお手軽料理だ。

 ジルさんの店に来る人のために、具材にはボリュームのある鶏肉や大き目に切った野菜をいれてあるためそれなりにお腹を満たしてくれるのだ。


 作るのに時間がかかるから保温をしたかったのだけど、それはジルさんとソフィアさんが考案した魔導具で解決したのだ。


「うまっ! なんだ、このプルプルは! たった一匙、口の中に入れただけ広がる旨みとともに、心すらみたしてくれるような――」

「ほら、ハンスさん。マユの料理は暖かいうちが美味しいんだから。早く食べてよ!」


 何やら語りだしたハンスさんの肩をたたきながら、ソフィアさんは他のお客さんに料理を運んでいく。突然の衝撃にむせていたハンスさんには気の毒だけど、確かに暖かいほうが美味しいのは確かだ。

 私は苦笑いを浮かべながら、その場を立ち去った。


「ジルさん、三卓の人には茶わん蒸しと照り焼き二つね」

「ああ、わかった」


 私がジルさんに頼んだ照り焼きは、文字通り前の世界での鳥の照り焼きに他ならない。だが、これは私が考案したわけではない。前回の新メニュー対決でソフィアさんが出してきたものだ。

 もちろん、砂糖は使っていないけど、野菜などで作り出したスープで甘味を作り出して似たような味に仕上げている。

 醤油の代わりになったのは、何かの木のみを絞った汁みたいだけど……うん、あれは醤油だ。


『魔力を込めることができない人たちだって美味しいものを食べたいでしょ? 調味料は色々と種類があるみたいなの』


 今までそういった市場などを見に行ったことがなかったソフィアさんだったが、今では日々通い詰めながら新しい味を探している。当然、私も一緒にいって負けないように調理法を模索しているのだけど。

 魔力を込めること以外に料理を研鑽する方法があるとしったソフィアさんの意気込みにはすさまじいものがあったのだ。

  

 当然ジルさんも努力を続けていた。

 あれだけとんでもなかった包丁使いは今では三人の中で一番上手なくらいで、厨房の中で人一倍動いている。

 私は、前の世界の知識があることしかいいところがなくて、むしろ足を引っ張っている印象だ。でも、それでもやっぱり努力をやめようとは思わない。それこそ、助けてくれたジルさんの役に立ちたいと思ってるから。

 でもそれはあんまりうまくいっていない。


 魔力を込められない私は必死で魔力を込める練習をしている。

 うん、してるんだけど、まだ一層しか込めることができないのだ。これでは店に出すものは作れないし、ジルさんやソフィアさんとの差は広がるばかり。はぁ、どうして私はこう要領が悪いんだろうな。


 そんなことを考えながら今日も一日が終わる。

 最近、あっという間に過ぎていく毎日に進歩のない自分を顧みて少しだけ不安があるのも確かだった。






「じゃあマユ。ソフィアを送ってくる」

「うん。気を付けてね。ソフィアさんもまた明日」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」


 相変わらず、勤務後の特訓とソフィアさんの送迎は続いている。

 私はいつものそれを見送ると、食器を洗ったり、魔導具の後片付けを始めた。淡々と進める作業の時間は私にとって嫌いではない時間だった。

 水がはじける音。

 食器がこすれ合う音。

 それを聞きながら一日を終わりを感じ、やりきったという達成感とほどよい疲労感が私の身体を満たしていく。


 二人きりで夜道を歩く二人を想像するとすこしだけもやもやするけど、それを忘れさせてくれるのも片付けのいいところだった。



 もうこっちの世界にきて五か月ほど。私は生きるために必死で働いてきたけど、ようやく落ち着いてきたなぁとよく感じる。

 ふとした時にお母さんのこととかを思い出すけど、それ以上に今が充実しているのがわかる。

 

「私……このままでいいのかな」


 それでも、そんな言葉が漏れるのも仕方のないことなんだろう。

 今はジルさんのお店で働くことができている。感謝もしているし、毎日は楽しい。こんな日々がずっと続けばいいって思っているけど、そんな保障はどこにもない。

 いつか、私の知識なんか必要がなくなってお店のお荷物になるかもしれない。

 どうしてこんな不安に襲われるか理由はわからないけど、縋るものがそれしかないのも事実だ。


 私にしかできない何か。

 最近は、それを見つけたいなってよく考えるのだ。


「あ……」


 いつのまにか止まっていた手に気づき、慌てて食器洗いを再開する。

 

 だめだよね、こんなんじゃ。

 それこそジルさん達に愛想をつかされてしまう。


「よし! 頑張らないと!」


 空元気でも元気は元気。

 そう言い聞かせて声を出すと、店のドアが開かれた音がした。


 あれ? ジルさんかな?


 そう思って私は作業を切り上げて厨房を出た。


「随分早かったんだね、まだ片付け終わってな――」

「夜分に失礼します。突然ですがあなたがマユ様ですか?」


 声を駆けながらドアに視線を向けると、そこには見覚えのない男性が一人立っていた。このあたりでは見ない綺麗な服装をしており、きちんととかされた髪は私なんかよりよっぽど綺麗だ。

 そんなこの場に相応しくない男性は、私に一礼するとにこりとほほ笑んだ。


「あの、どちら様ですか? お店は終わったんですが」

「いえ、客ではありません。あなたを迎えにあがったのです。マユ様」

「迎えに?」


 どういうことだろう。

 訳の分からないこと言いながら、男性は柔らかい笑みを絶やさない。


「はい。我が主がぜひあなたに会いたいとおっしゃっております。今からご足労いただいてもよろしいですか?」

「え? ちょっと、どういうことですか? わけがわからなくて」

「我が主はマユ様が素晴らしい料理人であることに大変興味を持たれております。細かいことは屋敷のほうで説明いたしますので、さぁ、どうぞ」


 そういって、男性はドアの外に促すかのような仕草をした。

 訳が分からない。

 一見、会話しているようだけど、私とこの人との話は全然かみ合ってない。有無を言わさない雰囲気に今更ながら恐怖を感じた。

 同時に私の中に満たされた感情を、思わず口からこぼしてしまう。


「い……嫌」

「はい?」

「嫌です! どうして私がいかなきゃならないんですか!? 私はここで働いているんです! 行くならここの店主も一緒じゃないと――」

「主はあなたのことしか言っておりませんでした。ですから、私がお連れするのもあなただけ。一緒に来ていただけませんか?」

「片付けがありますので失礼します!」


 そういって私は厨房に逃げ込んだ。

 頭の中はぐるぐると混乱しており、どうしていいかわからない。なぜあの男性が私をつれていきたいかすらもわからない。

 とにかく今は逃げなくちゃ。

 

 そう思って勝手口から出ようとドアを開けた。


「ひっ――」


 けど、ドアの外には武装をした男の人たちが何人も立っていて出ることすらできない。

 振り返ると、そこにも同じように男の人たちが立っていた。カウンターの向こうでは、先ほどの男性が笑みを携えながらこっちを見ている。


「申し訳ないですが私も仕事なのです。あなたを連れて行かなければ、主から怒られてしまうもので……さぁ、連れていきなさい」


 男性の命令に、武装をした男たちは一斉に私に近づいてくる。


「嘘でしょ!? いや、やめてよ! 触らないで! やめて!」


 男たちは私の両手をつかむと、強引に引きずっていく。


「なんで私が! 嫌、やめてっていってるでしょ!? そんな――ジルさん、ジルさん!」


 いくら叫んでも誰も助けに来てくれない。

 抵抗しようとしても、抑えられていて何もできやしない。


 私は大声をあげながら、外に待っている馬車に詰め込まれてしまった。そして、そのまま馬車は走り出す。


 涙があふれ出て、幾筋も頬へと流れていく。

 けれど、両手を抑えられてる私は、それを拭うことさえできずにつれていかれたのだった。

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