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女の意地と甘味対決②

「人手を融通して欲しい?」


 目の前にいるのはソフィアさんのお父さん、クレーズさん。恰幅のよさは富の証なのか、貫禄のある佇まいからは威厳を感じる。聞くと、この立派な金の羽衣亭の店主にして、イーヴァルの街にいくつもの店を抱える富豪だという。

 幼いころからジルさんになついていたソフィアさんのつながりで、家族ぐるみの付き合いだったそうだ。今のジルさんの店の仕入れ先なども、クレーズさんからの伝手でなんとかなったとのこと。ジルさんの両親が亡くなったことを、クレーズさんも嘆いていたらしい。


 そんなクレーズさんと、ジルさんと私は、金の羽衣亭の応接間で話をしていた。ちゃっかり、横にソフィアさんがいることには誰も触れはしない。


「はい。実はマユのおかげでうちの店にもようやく人がくるようになったんです。けれど、俺の店はまだ名前がなくて……。そんな店に来てくれる奇特な奴には心当たりがないんです」

「まあ、そうだろうな。いくらお前の親父さんの店でも、正式に受け継いだわけでもないお前が店主になれば同じ名前は名乗れない。名前のない店は信用がないのと同じだ。普通は、人を雇えるようになるまでに名前がつくもんだが……」


 そういって考え込むクレーズさん。

 っていうか、店の名前を聞かされないのは理由があったんだ。今までそういうもんかと疑問にも思わなかったけどね。一人前だと世間から認められたら店の名前がもらえるってことかな? なんだか、暖簾分けみたいな感じかな?

 改めて、この世界の常識と私がいた世界との常識に差があることを実感した。


「俺の魔力を込める腕も三層が限界ですから……一般的な魔法ならまだしも、まだそっちで弟子をとれるほどじゃないですし」

「まあ、お前の経歴を考えると十分なくらいだ。それにこれから精進すれば四層にも手が届く……だが、それにしては、やけにお前の店は評判がいいんだが……何か秘密があるのか?」


 ギラリとクレーズさんの目が光ったような気がした。

 その視線を受け止めたジルさんは私を一瞥すると、すぐに何事もなかったように表情を落ち着かせる。そして、クレーズさんをじっと見つめるとさっきよりも低い声で話し始めた。


「俺とマユ。二人で頑張ってるだけですよ。別に秘密なんてありません」

「ジル……お前は魔物との経験は人一倍積んでるようだが、人との付き合いの経験は乏しいなぁ。俺に聞かれてその子をみちゃダメだろうが。その子に何かあるって言ってるようなもんだぞ?」

「っ――」

「うむ……そうだな。お前の秘蔵っ子であるその娘さんと引き換えにするなら人手を融通しよう。うちの系列店での副店長クラスを一人……どうだ? 破格の条件だろう?」


 途端にジルさんの顔が強張った。部屋の中の空気が張り詰める。

 その空気を変わりように、背筋に震えが走った。


「いくらおじさんと言えども、引き抜きは認められない。本気で言ってるなら帰ります」

「そうなると、困るのはお前たちだが?」

「大事な従業員を売るなんて真似、店主である俺がしちゃだめでしょう?」


 いくつか言葉を交わす二人だが、緊迫した空気は続いている。

 対するクレーズさんは、どこか楽し気にほほ笑んでいたが、すぐに耐え切れなくなったように声をあげて笑った。


「ははっ! よっぽどこの娘さんが大事なんだな! 俺に対して一歩も引かず従業員を守る姿勢はまあ及第点はやれるが、もっと腹芸を学ばないとこれからつらくなるぞ? 力技だけで押し通せるほど、この街は軽くない。だが、まあいいだろう。せいぜい、その秘密を探ってきてもらうとしようかね」


 そういってやっぱり余裕な笑みを浮かべていたクレーズさんをみて、ようやくジルさんの表情も緩んできた。そんなジルさんは小さくため息を吐くと、照れくさそうに頭をかいた。


「人が悪いですよ」

「何言ってんだ。交渉の真似事すらできないお前に社会の常識ってもんを教えてやってるんだ。少しは感謝しろい」


 そういって、クレーズさんはぐしゃぐしゃとジルさんの頭を掻きむしった。対するジルさんは、苦笑いを浮かべながら顔を逸らしている。そんな二人の様子からは、小さいころからの付き合いの深さが垣間見えたような気がした。


 なんか、いいな……。私も家族に会いたいな。


 そんなことを思って感慨にふけっていると、ジルさんの横に座っていたソフィアさんが唐突に口を開いた。


「じゃあ、お父さん! お兄ちゃんのお店に行くの、私がいい! ね! いいでしょ!?」


 満面の笑みでそう言い切るソフィアさんに、二人が呆れて頭を抱えていた。


「お前は何を言ってるんだ」

「そうだ、ソフィア。単に、昔からの付き合いがあるからってわけにはいかない。店同士の融資の話になるんだからな」

「それなら、ますます私が適任よ!」


 そういうと、ソフィアさんは立ち上がって両手を広げて見せる。


「聞いて。まずお兄ちゃんのお店への利益は確実にあるわ。まずは人手。これは誰でもいいかもしれないけど、むさくるしい男なんかよりも、少しでも客を引けるだろう可愛い女の子がいいじゃない? それなら私はうってつけでしょ?」

「まあ、それはそうだが」


 ジルさんの煮え切らないが、否定もされない返事を聞いてソフィアさんは笑みを深める。


「それに、お兄ちゃんは料理人としての魔力の扱いは苦手。それだったら、第四層まで魔力を込められる私の腕は心底欲しいはず。私だって、魔力の込め方の指導くらいはできるからね」

「むぅ」


 唸るように考え込むクレーズさんを後目に、ソフィアさんは言葉を連ねた。


「加えて、幼馴染だからこそ人間関係で揉めることもないし、お金の扱いに関しての信用って意味でも疑いようがないでしょ? 人手不足を埋めながら、お店の客引きとお兄ちゃんの魔力操作の向上が見込める人員派遣。お兄ちゃんの店にとっては破格といってもいいくらいの条件ね」


 自信満々に言い切るソフィアさんをみて、私は心底驚いていた。

 ぱっと見、明るいのが取り柄な女の子だと思っていたが、冷静に状況を分析して自分を売り込む手腕は確かにクレーズさんの娘なのだと思う。今の言葉を聞いただけでも、確かにお店に欲しい人材であることは間違いない。

 二人の様子をみると、何やら深く考え込んでいるのが見えた。


「次にうちの店の利益。それもしっかりあるわよ? 本当はお兄ちゃんの前で言うことじゃないかもしれないけど……明らかなのはお兄ちゃんのお店に恩を売れること。いくら名前のない店だとしても、信用を築いていくことは価値があるはずよ。お店の信用は決してお客様さんだけが作るものじゃない。横のつながりも大事っていうことは言わなくても分かっていると思うけど」

「それだけだと弱いな」

「焦らないでよ。まだ続きがあるんだから。次の利益としては、私の修行先の件。実は私、お父さんが私をどこに修行に出そうか迷ってるのを知ってるよ?」


 ソフィアさんがクレーズさんに視線を向けると、少しだけ彼の表情が歪む。


「おにいちゃんの店なら、下働きから給仕、厨房、経理まで一通り携わることができる。これはうちの系列店みたいな大きいとこだとできないわよね。そして一番の利点だけど……」


 そういうと、ソフィアさんは身体ごと私に向き合い、きっと鋭い視線を向けてきた。


「お兄ちゃんのお店が流行った原因……マユさんの秘密を探ることができる」


 そう言い切ったソフィアさんの目は少女の目ではない。いっぱしの経営者の視線のように思えた。

 まっすぐな視線に打ち抜かれた私は、咄嗟に返す言葉を持っていない。


「お前な……ジルの前で大っぴらに言うことか?」

「いいじゃない。隠してもどうせわかってることなんだから。だから、ね? いいでしょ?」

「全く、お前は……。まあ、そこまで考えてのことならば俺は構わないが?」


 クレーズさんはそう言いながらジルさんをみる。ジルさんは、目をつぶって考え込んでいるが、しばらくするとぽつりを言葉をこぼした。


「……まあ、仕方ないんだろうな。頼めるか? ソフィア」

「うん! 仕事中はちゃんと頑張るからね、お兄ちゃん!」


 結局、人手を融通してくれる件はソフィアさんに決まった。お店に入るときの視線を思い出すとちょっとだけ不安がのこるけど、ジルさんが許可を出したんだし、大丈夫だよね。……大丈夫かな?


「けどね、一つだけ条件があるの」

「条件だと?」

「うん。マユさん……あなた、私と勝負してくれませんか?」


 意味不明の宣戦布告。

 全然、大丈夫じゃなかった。 

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