女の意地と甘味対決①
色が、消え失せた。
視界に入るすべてが白く見える。朝は色とりどりの花が私の心を潤してくれたけど、今は灰色にしか見えない。空も、テーブルも、何もかもが色を失った世界。そんな絶望が目の前に広がっていた。
ジルさんをみると、カウンターに突っ伏している。
きっと、身体を起こす気力もないんだろう。なぜ、こんなことになってしまったのか。なぜ、私達はこんなに疲弊してしまったのか。
その答えは一つしかない。
そうたった一つだけ。
「……ジルさん」
「……ん? なんだ?」
「私達、何か悪いことしましたか? どうしてこんなことに?」
「俺にもわからん……」
いや、わかっているはずなのだ。ジルさんだってわかってる。
でも、認められないだけなのだ。
悪いのは、私達。私達は、自分の身の丈に合っていないことをしようとしたのだ。
スードル君が美味しいと言ってくれて、そして、その美味しさを広めてもらうようにお願いした。
するとどうだろう?
ポトフを売り始める当日の昼――数日前のことだが――屈強な男達が列になってジルさんの店に押し寄せたのだ。
私達は歓喜した。
夢中になってサンドイッチとポトフを売った。あっという間に売り切れになったことを喜び、これが続けばいいと願っていたのだ。
しかし、料理や接客に慣れていない私達がそんな数のお客さんを毎日さばけるはずがない。
私もジルさんも、仕込み、買い出し、掃除、接客、片付けなどを力の限りやったのだ。だが、利益計算すらできない多忙さに、私達は疲れ切っていた。それが、ポトフを売り始めてから五日目の今日の話である。
「ジルさん~、もう無理です。休みましょ? それかポトフをやめましょう……あ、それがいいです! ポトフなんてこの世から抹殺すればいい!」
「ポトフがなければ何を売るんだ。すこし冷静になれ。疲れているんだろうがな」
「だって! 毎日、毎日、あれだけの野菜を切って! ひたすら煮込んで魔力を込めて! もう無理です! 普通こんなに人なんて来ませんよ! いきなりハードモードすぎる!」
「わかってる……俺だって計算外だったさ。スードルの宣伝力を舐めてたな。だがこうなると、すこし前倒しでもいいかもしれん」
「前倒し?」
私は、ジルさんの言葉に顔だけを動かして問いかけると、ジルさんは身じろぎもせずに返答してくれた。
「ああ。前から考えていたんだがな……。人を雇おうかと思っててな」
それを聞いた私は、すぐさま体を起こし目を見開いた。
「神っ!」
この状況を打開してくれる新人がいるのなら! ぜひお願いしたい! むしろお願いします!
ただ、すぐには人は集まらないため、明日は臨時休業にしようということになり、私とジルさんはたまった疲れを癒すため、その日は早々に眠りについたのだった。
◆
「それで、今日行くのはお知り合いのおうちなんですね? えっと……いわゆる幼馴染ってやつ?」
「まあ、そうだな。俺もハンスもこの街で育ったんだが、小さいころからの顔なじみで腐れ縁ってやつだ。そこに相談すれば、もしかしたら人を融通してくれるかもしれなくてな」
「へぇ。なんかいいな。昔からの付き合いならお互いわかり合っていそうだし……トラブルもなさそうですね!」
「……だといいんだが」
どこか煮え切らない態度のジルさんに疑問を抱きつつも、私とジルさんはとことこと目的地に向かって歩いていた。
そして、街の大通りに面したあるお店。その前で、ジルさんは立ち止まる。
そのお店は、とても豪華な佇まいで、おそらくは食事処なのだろう。しかし、失礼ながらジルさんのところよりも立派でみるからに高級店といった装いだ。出る人、入る人を見ても、いかにもお金持ちという人たちがほとんどであった。
「えっと……ここですか?」
「ああ。そうだ。正直、あいつに頼むのは気が引けるんだが……背に腹は代えられん。いくぞ」
「はい――」
「あっ!! お兄ちゃん!!」
そんな高級店にいざ入ろうとしたその瞬間、私の横を何かが通り過ぎた!
って、早! 何々なに!? 何なの!?
咄嗟に振り向くと、そこには、何者かに押し倒されたジルさんがいた。
「ジルさん!」
慌てて駆け寄るが、よくよくみるとジルさんに飛びついたのは一人の少女であった。
えっと……何? この状況。もしかしてこの人が――。
「こら。いきなりとびつくやつがあるか! 周りの人に迷惑だろ?」
「へへっ。いいんだもーん。せっかくお兄ちゃんが来てくれたんだから、うれしくなっちゃって!」
そういいながら悪びれもせず立ち上がる少女。その少女は、くるくるとまかれた美しい金髪をたなびかせながら、華麗にポーズをとった。これって、よくテレビに出てくるお姫様がするあれだよね? カーテシーってやつだ!
「ごめんね、お兄ちゃん。気を取り直して……ようこそ、金の羽衣亭へ」
「最初からそれをやれ。いてて、お前の店に入る前に汚れてどうする?」
「まあまあ。それで? 今日はいきなりどうしたの? あの話を考えてくれる気になった?」
「馬鹿言え。今日は少し頼みがあってきたんだ。親父さんはいるか?」
「お父さんはいるけど……」
そこで、初めて少女の視線が私をとらえる。その眼付は、ジルさんを見つめるものとは打って変わってとても鋭いものだ。
思わずびくり、と肩を震わせてしまうけど取って食われるわけじゃないから平気だよね。たぶん。
「あ、あの」
「誰、この女」
「うちで働いてるマユだ。マユ。こいつがさっき話したソフィアだ。年は俺の七つ下で、この金の羽衣亭の一人娘だな」
そのソフィアさんは私を睨みつけながら、黒いオーラを発している。
いや、怖い。死ぬほど怖い。
美しい金髪と顔立ちをせいで、余計に怖い。っていうか、これで十七ってこと!? なんで、十七の女の子が私より背が高くて、出るとこが出てて、色っぽいんだろう。世の中不公平だと思いながら、私はなんとか目を逸らさずに立っていた。
「さ、ここに突っ立ていてもしょうがない。中に入るぞ」
「あ、はい」
「ふんっ!」
ジルさんの促しについていく私とソフィアさんだが、ソフィアさんからの敵意がつらい。
えっと、どうなるんだろ、これ。