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癒しのポトフ④

「今日は楽しみだな。じゃあ、さっそくお願いしようかな。もうできてるの?」

「はい。昨日からしっかりと準備しましたから! っていっても、実は魔力を込めたものをまだ食べてないので私達も一緒に食べるんですけどね」


 私とハンスさんは言葉を交わすが、スードル君は無言でカウンターに座った。ジルさんはその様子をじっと見つめていたが、座るのを確認すると料理の準備に取り掛かった。

 といっても、よそって魔力を込める作業が残っているだけ。

 もう数分も立たないうちに、私達の料理はスードル君の口に入っていく。


 あぁ。願わくば、ジルさんの想いが届けばいいな。

 

 私はそんなことを思っていた。

 だって、このスープはジルさんの想いがいっぱい詰まっているんだから。

 お父さんの作ったスープを引き継いだ具材。ぎこちない手つきで具材を切ったジルさんの努力。その思いは、きっとスードル君へも向いている。

 現に、ジルさんはスードル君の動き合わせて料理を準備しているのだ。誰かのために作る料理。

 ジルさんの想いが届けばきっと、スードル君も分かってくれるはず。


 ただ、素直になれない理由もわかる。

 十代半ばで手が動かなくなったスードル君。

 きっと、その苦しみや挫折感は相当のものだろう。私は、その苦痛を知ることはできないけど、簡単に受け入れられるものじゃないことはわかる。私がこの世界にきて今までの価値観や人生を捨て去ったように、スードル君も腕が動かなくなったことで夢を捨てて新しい未来をつかまなければならない。

 その未来が明るくて、暖かいものになればいいな、と心から思うんだ。


 私が今、とても充実してるように。

 過去を捨てられなくても、夜、思い出して泣いてしまったとして、それでも前を向けるような……そんな未来を。


 掴んでほしい。


 動かなくても、確かに、スードル君自身の手で。


「ちょっ――おい!」


 ジルさんも負い目を感じず、スードル君も一歩を踏み出せるように。

 そんな、料理になればいいな。


「おい! マユ!」


 目をつぶりながら一人、考えにふけっていると、唐突にジルさんが私の肩をつかんだ。

 ぱっと目を開けると、そこには眉間にしわを寄せたジルさんと空中を飛んでいく強い光が目に入った。


「はぇ……えっと、あの、何か」

「何かじゃない! お前、また魔力を込めたんだな!?」

「いえ、あの、今のってまた私の魔力ですか?」


 スープが入った鍋を見ると、魔力を吸収してるのか、強かった光が徐々に薄らいでいく。その光が収まると、放心した四人と暖かいスープだけが残った。


「また、無意識だったんだね。サンドイッチの時よりも強い光りだったけど……ジル。マユって魔力を込められないじゃ?」

「そのはずだがな。あの時以来だ。お前とサンドイッチを食べた時以来、マユは魔力を込めようと思っても込められなかった」


 そうなのだ。

 サンドイッチに魔力を込められたのだからと何度もやってみたけど、自分の意思じゃそれはできなかった。それは今も変わらなくて、調理専門だったのだ。


「にしても、すごい光だったね。それこそ、ジルよりも……」


 相変わらず、私の魔力に関しては不可解なことが多い。だけど、待ってよ? そんなにぼさっとしてたら、スープ冷めちゃうんじゃない?

 せっかくなら美味しく食べてもらいたい! 魔力を込めたんだから、もう食べてもいいよね!?


「まあ、その話はあとにして……。冷めちゃう前に、試食会。始めませんか?」


 そういうと、皆は渋々動き始めると、料理を食べる準備し始め、皆でテーブルへと座った。


 ◆


 琥珀色のスープ。

 透き通ったそれは、まるで宝石を溶かし込んだかのように輝いていた。

 キラキラと光るスープの中には、大きく切られたジャガイモやニンジン、タマネギ、あと独特な匂いがある葉物――セロイが入れられていた。その中でひときわ目立つのが大きなソーセージ。ソーセージは張りのある皮が今にも始めそうなほどにスープを吸い込んで膨らんでいた。

 顔を近づけると、鼻腔をくすぐる香り。

 ひところでは言い表せないこの香りはとても食欲をそそる。


「なんだこれは」


 そんなスープをみたスードル君の最初の一言はそれだった。

 目を見開きながら、美しいスープに魅入られている。


 そしてそれを一匙すくい、口へと流し込んだ。


「っ――!?」


 口にスープは入っていたからか声は出ないが、表情で叫び声をあげていた。

 そこから止まらない手。

 熱いせいか、時折フガフガと口の中で野菜を冷ましながら頬張っていくのを見るだけで、このスープがどれだけ美味しいのか伝わってくる。

 

 私はスードル君のその様子をみて、心がほんわかした気持ちになった。

 そして私もスープを一口。


「嘘……甘っ」


 野菜の濃厚なコクと甘味。

 もともとのブイヨンのおいしさに加え、ソーセージから染み出た出汁がスープにさらなる味を加えている。そこに魔力味が加わったものだからもう大変! なんだこれ。心の底から溶かされそうなこのおいしさは何!? 正直、言葉が見つからない。

 私も、思わずスードル君と同じようにスープを頬張った。


「驚いたね。ただのスープが、こんなにも……。マユの魔力はとても深くて濃厚で透き通ってるんだな。優しい味がするよ」

「ああ。ほとんど、茹でて塩を加えただけのスープがこんなにも」


 ジルさんもハンスさんも驚きながらもスープを口に運んでいた。

 言葉は少ない。けれど、だれもがその美味しさを賞賛していた。ハフハフという音と、上気する頬で。


 真っ先にスープがなくなったのはスードル君だっただが、何やらぎこちなく落ち着かない。

 おかわりかな? とおもって 声をかけようとすると、私よりも先にジルさんが口を開いた。


「……いるか?」

「……はい」


 たったそれだけ。それだけの言葉を交わし、ジルさんはスープのお代わりをスードル君に渡していた。

 私達も何度かお代わりを平らげ、ようやくお腹も落ち着いてきた頃。ジルさんが口を開く。


「なぁ、スードル……。俺は確かに隊長という責務ある立場から衛兵団を突然やめた。混乱もあっただろう。困ったこともあっただろう。それについては申し訳ないと思っているんだ。すまなかったな」


 両手を組みながらそう告げるジルさん。スードル君は俯きながらそれを聞いていた。


「このスープは、手は込んでいるが味はそんなに加えていない。少しの塩味とブイヨンという出汁を使った料理だ。あとは、煮込んでいくだけで味が染み出てこんなにも美味しくなる。不思議だよな……。同じ材料を使ってても美味しくない料理はごまんとあるのに」


 ジルさんはおもむろに立ち上がり、再びカウンターの中に入っていった。そこから、スープに使った野菜であるジャガイモを持ってくると、テーブルにそっと置く。


「人もこのジャガイモも同じだと思うんだ。料理のされかたで光もするしゴミにもなる。俺も……そしてお前も。働く場所は違っても、きっとこのスープになれる。俺は、そう思ってるんだ」


 ジルさんはジャガイモを手で弄びながら、口を閉ざした。

 スードル君は、気まずげに視線を逸らしながら、それでも何度かジルさんを見てようやく口を開いた。


「このスープ美味しかったです……。今まで食べたどんなスープよりも。それと、この前はこんなやつよばわりしてすみませんでした。その……ジル先輩が――あの強かったジル先輩が料理人だなんて、どうしても受け入れられなかったんです」


 スードル君は、頭をぐしゃぐしゃを掻きむしりながら続けた。


「俺は腕が動かなくなりました。だからこそ、格好良かったジル先輩が料理人なんかやってて、なんか悔しかったんです。ジル先輩には剣を振っててほしかった。そんなことを思っていたんです。まあ、俺のわがままでしたけどね……。でも今日この料理を食べて、先輩の言葉を聞いて。俺気づいたんです。不貞腐れてただけだったって。どんな自分になっても、じっくり煮れば、美味しくなれる。俺だって、腕が動かなくても、もっとやれるのかもしれない。そう思ったら、なんだか、こんなすごい料理を作る料理人として頑張ってる先輩が、格好良く見えて……どんな場所でもいいんですよね。俺が、俺である限り」

「ああ。そうだな。俺もそう思ってる」


 そういって、ぎこちなくほほ笑みあう二人。

 なんだか、スードル君の言葉がとても熱くて若くて私の顔も熱くなってしまってるけど、当然のように受け止めるジルさんの度量の深さにびっくりだ! そんなジルさんを見てるとなんだか恥ずかしくなってハンスさんに視線を向けたが、私の様子をみてにやにや笑っている。

 べ、別に! どきどきなんてしてないんですからね! 勘違いしないでください!

 そんな抗議の目線を向けると、ハンスさんはどこか馬鹿にするように視線を逸らした。


 ふん! いいじゃないか、別に! だって……なんか格好いいなって思ってしまったんだから。まあ、言っておくけど、二人ともだからね。決して、ジルさんが特別ってわけじゃないんだから。

 そんな言い訳を心の中でしていると、ジルさん達が楽し気に話をし始めた。


「それにしたって、なんですか、この料理は! 美味しすぎるでしょ! あ、マユさんでしたっけ? すごいですよね、こんなに魔力を込められるなんて」

「え? そ、そうかな? ありがと。美味しいって思ってくれて」

「本当に。こんな料理上手な彼女さんがいたら幸せですよね、ジル先輩は。いつの間に知り合ったんですか?」

「なっ――」

「ぶっ――」


 ジルさんは固まり、私は思わず拭いてしまった。なななななな、なにを言ってるんだこの子は!


「別に恥ずかしがらなくていいじゃないですか。二人でお店を切り盛りして、一緒に住んでるんですから。むしろ結婚はしないんですか?」

「いやいやいやいや! スードル君。そういうのじゃないの、私達! そう、ただ一緒に住んでるだけの二人なの。そういうのはないの。本当に」

「そうだぞ。そんなこといったらマユが迷惑だろう。訳があって雇ってる住み込みの従業員だよ」

「そうです、そうです、そうなんですよ!」

「ふーん。そうなんですね。でもジルさん。その言い方だとジル先輩は迷惑じゃないって聞こえるんですけど? それにマユさんは迷惑ですか? そういう風に言われて」


 スードル君の質問に、私とジルさんは同時に答える。


「迷惑なんかじゃありませんです!」

「まあ、迷惑ではないが」


 その言葉にお互い見合ってしまって、すぐさま顔を逸らした。


「息もぴったりじゃないですか」 


 そういってにやにやするスードル君の頭をハンスさんがぽかりと叩いた。


「そうからかうな。少しは反省してその調子に乗るところが治るとおもったが、そうはならないんだな」

「まあ、俺は俺ですし。簡単には変わらない、じっくり煮込めば美味しいジャガイモですから」

「生意気な」


 ハンスさんは、苦笑いを浮かべていたが、スードル君は屈託なく笑う。こっちにきたときにあった剣呑の雰囲気が嘘みたいだ。

 私はその様子を笑顔で見つめていた。


「じゃあ、ジャガイモ君。この生のジャガイモでも食べてるといいさ」


 そういってハンスさんはからかいの意味を込めてかおいてあったジャガイモを投げた。そのジャガイモを、スードル君は当然のように受けとめる。 

 三角巾で吊るしてあった腕で。


「馬鹿言わないでください。その役はハンス先輩に譲りますよ」


 ジャガイモを投げ返されたハンスさんは、驚きのあまり茫然として、額でジャガイモを受けてめていた。それでもじっとスードル君を見つめていると、ようやく彼も異常事態に気づいた。


「え? あれ……」

「おい、スードル。お前、その腕」


 ジルさんもそれに気づき、片腕を上げて固まっていた。私も、当然のように事態が呑み込めずぽかんと口を開けていた。


「えええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 四人の叫び声が店の中に響く。

 視線はスードル君の腕。


 動かなかったはずの、今は動いている腕に注がれていた。 

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