癒しのポトフ③
そうと決まれば、さっそくブイヨン作りだね。
私は、在庫の野菜やお肉を使ってブイヨンを作ることにした。
このあたりだと、お肉は基本的に鶏肉が多いらしい。私も鶏肉のさっぱりしたブイヨンは好きだから問題なし。まずは、鍋に水を入れて、材料を全部投入だ!
鶏肉……まあ、ムネ肉がいいかな? 油が出すぎても困るからね。
それと、タマネギとニンジンは甘味を出すのに必要だし……っていうか、ハーブとかあるのかな?
「ねぇ、ジルさん。匂いの強い野菜とかある?」
「あー、ちょっと待ってろ。普段は使わないが……これなんかどうだ?」
すると、ジルさんは野菜庫の奥から何やら葉っぱを取り出した。私は見覚えがない野菜だけど、味見してみると、春菊とセロリを合わせたような、そんな匂いをもった野菜だった。
これなら、いっか。他にもいろいろいれたいけど、それはおいおい。
「じゃあ、このこもいれてっと――こんなものかな。あ、そういえば、ジルさん。スープの具材、何がいいですか?」
私の質問になにやら怪訝な表情を浮かべるジルさん。
「何を言っている。今入れてるのがそれじゃないのか?」
「あ、違うんですよ。これは、スープの美味しさを出すためのもので、スープの具材は別に用意しますよ? じっくり煮るから、旨みが全部スープに出ちゃうんです。まあ、その旨みを凝縮したスープだからこそ美味しいんですけどね!」
「なるほどな」
何度も頷きながらスープを覗き込むジルさん。
なんだか、その姿が普段のクールな感じとは違っていてなんだか可愛い。ついついにやけながら私が火加減を見ていると、ジルさんはぽつり、ぽつりと言葉をこぼす。
「スープの具材……こっちでは、根菜類が多い。それにベーコンだったりを入れるのが一般的だが。マユは何を考えている?」
「私ですか? えっと、基本的には変わらなくて、あまり手の込んだものじゃないほうがいい気がしてて……お腹がいっぱいになるってことも大事ですよね?」
「まあ、そうだな」
「なら……ジルさんが選んでください。あ、でもソーセージは外せません!」
「俺がか?」
私のお願いにやっぱり顔が険しいジルさん。だが、ここは譲れない。だって、このスープを最初に飲むのはスードル君なのだ。憧れていたジルさんが選んで作った料理っていうのは、外せない気がする。
「スードル君に食べさせてあげたいのを選んでください。私は、ブイヨン作りをやってますから」
「そうか……そうだな。わかった」
そういうと、ジルさんは野菜をいくつか選び出す。一つ、一つじっくり考えながら選ぶその様は、さながら一流料理人だ。まあ、うちの店の料理長だから、その認識で間違っていないけどね。
私はブイヨンのアクを取りながら、煮立ってきた鍋の中とジルさんとをぼんやりと見比べていた。
やっぱり、真面目な人なのかな。
私は最近ジルさんに思う印象はそんな感じ。最初はなんだか言葉数も少なくて、少しだけ粗野な印象でだった。けど、最近は雰囲気も柔らかい。
きっと、あの時はご両親のお店のこともあったり、衛兵を辞めたりできっと疲れていたり悩んでいたりしたのかもしれない。もちろん、直接聞いたわけじゃない。けど、お店の利益が出始めてから、っていうより一緒にお店を切り盛りするようになってからちょっとずつ余裕が生まれてるように見えた。
そりゃ、訳の分からない迷い人を受け入れて、店の経営もやらなきゃで、衛兵団長という自分のアイデンティティ? っていうと大げさかもだけど、それも失ったばかりで。平静で入れれる方が普通じゃない。
だからこそ、自分が唯一できる魔力を込めるという方法で料理を作っていたんだろう。
それこそ、日本での料理のりの字も知らないようなジルさんだ。それでも、ご両親のお店のために、自分の選んだ道を犠牲にしてまで愚直に頑張ろうしていた。私は、ジルさんのそんな優しさに気づいたのは、しばらくたってからだったけど。
今だってスードル君のためにあんなに真剣になって。
つまり、優しくて真面目……それが私の中のジルさんの印象だ。もちろん、外見がかっこいいのは出会った時から思ってたけど言うまでもない。見ていて癒しを得られるっていうものなかなかいいもの――。
「ん? どうした? そんなにこっちを見て」
な、なななななな。
なんで、私、ジルさんと目が合ってるのだろうか! 考え事してたら気づかなかったけどさ! いや、これは恥ずかしい。しかも、考えていたことが考えていたことだし……。
私はとっさに目を逸らし、鍋の中をこれでもかと見つめた。アクがいっぱい浮かんでいた。
「い、いえ! どんな野菜を選ぶのかなって思って!」
「ん? まあ、そんなに普段と変わり映えのしないものだが」
「あ、ならいいんです! すみません、じろじろ見ちゃって……」
「別にかまわない。それで、スープの具材はこれでいいか?」
コンロの横の調理台に、ジルさんがごろごろと野菜を転がした。
私は大きく深呼吸を一回すると、その野菜に目を移した。えっと……ジャガイモに、ニンジンに、タマネギに、あとは、みたことのない葉物野菜だ。
「俺の親父が作ってたスープはいつもこれだった。だから、俺もこれで作ろうと思う」
ジャガイモをなでながら呟くジルさん。その表情は何かを懐かしむような、少しだけ寂しいような、そんな顔。
それを見た私は、つい胸の前で手を握りしめてしまった。
「わたりました。なら、私はお肉屋さんのおじさんからソーセージを買ってきます。それで材料は全部ですかね?」
「ああ。それとな、マユ」
「はい?」
「この野菜なんだが、俺が切りたいんだ。だからな、教えてくれないか? どうやって切ったらいいか」
そういって私をみるジルさん。
なんで野菜を切ろうと思ったのか、私に教えをこうたのかはわからない。けど、ジルさんがこのスープ――ポトフに何かの想いを抱いているのは間違いないんだろう。
私はその想いにこたえたいと思い大きく頷いた。
すると、ジルさんはくしゃっと、嬉しそうに笑った。
◆
結論から言うと、ポトフは完成した。今は、四の鐘。ランチタイムが終わったころだ。あとは、後片付けをしたりしながらスードル君を待てばいい。
きっとこれならスードル君も満足してくれるんだろうね。でも、ここに至るまで。その道程にはつらいものがあった。
だって!
野菜の切り方を教えてくれっていうから教えようとしたら、包丁は振りかぶるし、すさまじい勢いだし、最初の姿勢から何から全て教えることになったんだ。まあ、ジルさんは刃物の扱いに関してはとても上手だったんだけど、料理と衛兵としての刃物の使い方の違いを説明するのには骨が折れた。
しかも、しかも、しかも!
持ち方を教えるときに手を握ったりだとか!
距離が近すぎることだとか!
だからって、耳元で囁かれたこととか!
心臓がいくつあっても足りないんだからね!
自慢じゃないけど、日本でも付き合ったことがあるのは二人。どちらも、深い仲になることなく別れてしまった恋に恋してたあの時代。その程度の恋愛遍歴しかない私に、外国人風イケメンとの接触に、冷静に対処できるわけがない。
何が辛いって、顔が熱くて、心臓が痛かったことが一番つらかった!
ふぅ。まあ、いいか。
とにかく、私達は新メニュー、ポトフを作ったのだ。
あとはこれを、お目当ての人に食べてもらうだけ。
掃除をしたり、スードル君とハンスさんを出迎える準備をしていると、いつもまにか外も暗くなってくる。五の鐘が街に鳴り響いたそのころ、跳ねるようにこちらに歩いてくるにこやかなハンスさんと、なにやら重い枷を背負ってるんじゃないかってくらいのったりとした歩みの仏頂面なスードル君が訪れた。
私とジルさんは二人が入ってくるのをみて、揃えて声をだした。
「いらっしゃいませ」
新メニューの真価と、スードル君の心の行方。それらがどちらに向くかの勝負が今、始まろうとしていた。