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癒しのポトフ②

「衛兵団長? ジルさんが?」


 ハンスさんの言葉に、私は思わずず聞き返してしまっていた。


「ほんと、すごかったんだから。魔物が出ても、ジルがいれば一発で解決だったしね。ごろつき共も、ジルが出ていけばあっという間に大人しくなるし。俺はこうはいかないなぁ」

「お前もいい加減、隊長をやれ。俺は戻らないし、副隊長のお前を差し置いてやれるやつもいないだろう」

「え!? ハンスさん、副隊長だったの!?」


 さらに新しい情報に、私はさらに声を上げていた。

 っていうか、隊長に副隊長って二人とも強いんだなぁ。それでいてこんなにイケメンとか。色々と反則じゃないんだろうか。つい、私は二人をじっと見てしまう。


「なら、ジルさんに憧れてたスードル君は、ジルさんがこのお店を継いだことをよく思っていなかったってことなのかな?」


 私の言葉にジルさんは顔をしかめ、ハンスさんは苦笑いを浮かべた。


「そりゃね。うちの若い奴らは今でも戻ってきてほしいって思ってるさ。それだけ、この街に欠かせない男だった」

「そう言うな……俺には両親の店のほうが大事だったんだ。この店がなくなるのは、嫌だっただけなんだがな」


 ジルさんはどこか寂しげにほほ笑みながら腕を組む。

 その仕草をしているジルさんは見上げるほど背が高いはずなのに、なんだか小さく見えた。


「隊長とか副隊長ってことは……二人っていまおいくつなんです? そういえば、年齢を聞いていないなって思って」


 二人はその質問に顔を見合わせてキョトンとした。そして、特に何事もなかったように答える。


「俺かい? 俺は今年で二十になるかな」

「俺は、二十四だ」

「ええ!? 思ったより若い!」


 ハンスさんが二十歳でジルさんは二十四歳。二人とも大人びた顔立ちをしていたからもっと年上だと思っていたけど、そんなことはなかったんだなぁ。団長とかそんな若くしてやれるもの? っていうよりも、それだけジルさんがすごいってことなのかな。

 私はそんなことを考えながら、ポツリと自分の年を呟いてしまう。


「私は、二十二だから、ちょうど真ん中なんだね」

「はいぃ!?」

「な゛っ――!?」


 私がそういうと、ハンスさんは突然立ち上がり、ジルさんは腕を組みながら前のめりになる。

 いや、どうしてそんなに驚くの?


「うそでしょ!? マユが俺より年上って――え!? えぇ!」

「マユ……その、十二歳の間違いか? そう言われれば、確かに大人っぽい十二歳だとは思うが」


 二人の行動と台詞の失礼さに、私はとりあえず隣にいるジルさんの足を思いっきり踏みつけた。


「正真正銘の二十二ですが何か? そんなに子供っぽいと? それとも、体形の問題ですか?」

「いぃ! いやっ、そんなことはない! そういえば、どっからどうみても二十二だな」

「そうですよね! で? ハンスさんも、年上の私に何かいいたいことでも?」

「いえ! 特に何もありません! マユさん!」

「よし」


 ふんっ! ちょっとくらい痛い目みたって罰はあたるまい。

 うら若き乙女を――そりゃ若く見られるのはうれしいときもあるけど――小学生はないでしょ! 小学生は! そんなに、幼児体形ですかね? そりゃ、しっかり飛び出てる……とは言えないけど、あるんだよ? ちゃんと。


 二人の私に対する認識がとても不本意だけれども、そういえば話が逸れていた。

 今は、スードル君を喜ばせる料理を作らなければならないんだ。


 私は、二人をジロリと睨みつけると、すぐさま深呼吸をして気を静めていく。


「そんなことより、今はスードル君に振る舞う料理だよ! ほら、遊んでないで考える、考える!」


 そうやって話し合いを促す私には、「そんなこと程度なら踏むんじゃない」といいう睨みを聞かせてきたジルさんの視線が向いていた。視線から避けるように話し合いの場をカウンターから客席に移したのは悪い判断ではなかったようだ。

 ジルさんからはすっと怒りの表情が消え、何事もなかったように席に着く。もちろん、ハンスさんも一緒だ。

 

「新メニューだけど……私はスープがいいと思います」


 唐突に切り出した私の言葉に、ジルさんが眉をひそめる。


「どうしてだ?」

「あらかじめ仕込みができること、たくさんの量が作れること、仕込んでおけば温めて出すだけでいいからそれほど人の手がいらないことなどがぱっと思いつく利点かな」

「確かにな。だが、スープなんぞどこに店でも出してるし、味もそう変わらない。豪華な食材を入れても、採算が合わないんじゃないのか?」

「それをなんとかするのが私達ですよ! スープなら、スプーンだけで食べられるから、スードル君も食べやすいだろうし。どうかな?」 

「俺は構わないが……ハンス、それでもいいか?」


 ジルさんの問いかけにハンスさんはほほ笑みながら答えた。


「そんなの、この店の新メニューなんだから自由でいいんじゃない? でも、他の店と違う美味しいスープならとても興味があるかな。ぜひとも味見させていただきたいね」

「それはもちろん! じゃあ決まりです!」


 新メニューはスープ。さてさて。どうしますかね。


 ◆


 私はここ数日、街の中を見たうえで実現可能なスープを考える。

 まあ、当然のことながら、鰹節とか昆布の類はなかった。ここは無難にブイヨンベースのスープを作ろうかな。それと、ここの食材の味を活かす意味でポトフなんかがお手軽かもしれない。

 とりあえず明日の五の鐘に来てもらうように伝えハンスさんを帰して、私とジルさんは厨房に入る。そして、新メニューつくりを始めることとした。あ、ちなみに鐘っていうのは、大体朝から日没までで五回鳴らされる鐘のことである。感覚的に、三時間ごとでならされるそれは、この世界での時計代わりだ。


「えっと、ではまずブイヨンを作りましょう」

「ブイヨン?」

「はい……えっと、言葉が違うのかな? お肉とか野菜の出汁をとったスープの素、みたいなものなんだけど……」


 私が言葉をかみ砕いても、ジルさんはきょとんとしている。もしかして一般的じゃない?


「前から想っていたんですけど……スープもやっぱり味付けは簡単な塩と魔力ですか?」

「ああ、普通はそうだな。そうすると、そのブイヨンというのは味付けに使うものなのか?」

「塩と魔力って……この世界の料理ってどうにもよくわからないのよね」 


 私は頭の中で整理する。


 私がいた日本。そこでは味は、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の五味があるとされている。他にもいろいろあった気がするけど基本はこの五つだ。

 こっちの世界でも、塩を使っていることから塩味は当然感じるんだろうし、酸味も甘味も苦みもどれも食材から感じることができる。旨みに関してはおそらく認識されていないのかもしれないけど、感じる味覚はあるんだろう。


 ただ、日本にはなく、この世界にあるもの。それは魔力味だ。まあ、勝手に魔力味と名付けてしまったけれど、私の感覚からすると、魔力でつけた味付けはどうにも五味とはかぶらない。なんていうか……その、深みがでるというか、コクがあるとも違うし、三次元だった味覚が、いきなり認識不可能の四次元になった、みたいな。

 正直、日本でも出汁だけでおいしいって思うから五味のうち一つでも優れていれば美味しい。つまり、この世界でも魔力味が重要視されていて、そこを深める技術が磨かれているっていうことなんだろう。 


「ねぇ、ジルさんは魔力を込めるのは得意っていってたじゃない? それってどれくらいのものなの?」

「ん? 俺はそんなに得意じゃない。ただ、店を出す最低限を満たしているっていったほうがいいだろうな……。そもそも魔力っていうのは――いや、見たほうが早いか」


 ジルさんはそういうと、野菜庫にあるジャガイモをもってきた。

 そういえば、ジャガイモで伝わる謎。不思議。


「例えばこれに魔力を込めたとする。まあ、魔力っていうのは均一に込めたほうが美味いっていうのが定説でな……ほら、みてみろ」


 ジルさんがジャガイモに魔力を込めた。小さく光ったジャガイモを、拙い手つきで真っ二つに切った。


「ほら見ろ。今俺は三層まで込めたんだが、薄らと層ができているのがわかるか?」

「あ! なにこれ!」


 ジルさんの手元を覗き込むと、そこには不思議なものがあった。

 ジャガイモの断面。その断面に外側からそうみたいな線が入っていたのだ。よく見ないとわからないくらいのものだけど。


「これが魔力を込めるってことだ。俺は三層までこめることができる。それなりの店ならこれくらい込められないと話にならない。一流店だと、五層まで込めることもあるらしい。それこそ、国宝レベルの料理人だけだがな」

「はぁ~、これで味が変わるんだから不思議ですよね」

「何言ってる。当たり前のことだ、こんなのは」


 ジルさんはそういって小さくほほ笑んだ。普段はしかめっつらばっかりなのに、たまに見せる柔らかい顔をみると、ちょっとだけ嬉しくなった。少しは気を許してくれてるのかな?


「じゃあ、じゃあ、じゃあ! 魔力を込められない人はどうするんですか? そういった人もいるんでしょ?」

「そりゃな。魔力を込められないものは、家で調理した料理を食べる。俺はあまりしらないが、いろいろな方法で調理をしているらしいが」

「じゃあ、魔力なしでされる料理よりも、魔力ありでされた料理のほうが、あきらかに上位ということ?」

「それこそ、魔力を込める料理にあまり手を付けるのは恥ずべきことだと言われてる。それだけ魔力に自信がないってことだからな。まあ、俺の親父は食べる人のことを思って色々とやってたみたいだが」


 ふーん。

 つまり、魔力至上主義ってことね。

 魔力を込めた料理が一番。それ以外は邪道。一応塩がこの店にあるのは、最低限味を調えるっていう程度なのかもしれない。

 っていうか、それなら、普通に調理したものに魔力味を加えた私達の料理がずば抜けて美味しいのにも納得だ。だって、私からしたらもともとのおいしさに魔力味が。こっちの世界の人からしたらもともとの魔力味に、計算された五味が加わるんだ。それは美味しいに決まってる。

 うん。そしたら、ブイヨンを使ったポトフも絶対に美味しい! 早く食べたい!


「今の話をきいて益々楽しみになってきたな~。さぁ、ジルさん! ポトフを作りましょう!!」


 完成したポトフの味を頭の中で膨らませながら、私とジルさんはさっそく調理を始めたのだった。


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