10
教室に入って天羽くんの席、すぐ側をを通った。
「おはよ、天羽くん」
微笑みかけた。
「近江ちゃん、あの、あのさ」
いきなりどもる。
「今度、お勧めの演芸雑誌、教えてよ。もっと読みたいわ」
口をぽかんと開けたまま、天羽くんは頬のにきびをぼりぼりと掻いた。
「じゃあね、またあとで」
斜め前の西月さんと、窓際一番後ろの片岡くんの様子も気になるのでチェックしてみた。朝自習のプリントに専念しているのが片岡くん、西月さんは仲のいい女子たちに囲まれて、昨日のテレビアニメの話で盛り上がっていた。傷の跡はなし。
紡は席について、頬杖ついたまま朝自習プリント問題をさらっと解いた。
振った紡よりも振られた天羽くんの方が暗かったのは当然だろう。ホームルームでの片岡くんざんげ事件の前から、「試用期間終了」を切り出すことについては考えていなくもなかった。西月さんのしつこい行動……人はそれを一途とも言う……は、天羽くんや紡にとってこそ不快に感じるけれども、もっと頭良く振ることはできたのではないだろうか。なんであそこまで、露骨に振ろうとするのだろうか。救いようのない恥をかかせて、「下着ドロ」の証明をされた男子とくっつけて、どん底まで落とそうとする真意はどこにあるのか?
──冗談じゃないわよね。まあ、私が男子だったら同じこと思ったかもしれないけどね。
前の日の評議委員会後も、軽く声かけて「おつかれさま!」と手を振った。
「お付き合い」には向かないと思ったから言っただけ。友だちとしてだったら、これほど感覚の合う男子もいない。一緒に可愛い女子のこととか話すのも楽しいし、漫才……いろいろ天羽くんから教えてもらって、自分の好みが古典的漫才なのではと思いつつあるこの頃……の話ももっとしたいとは思う。ただ、天羽くんの望む「お付き合い」をすると西月さんのような立場に落とされないとも限らない。
可能性としては低いだろう。
直感レーダーでは、「違う、大丈夫」と信号をキャッチしている。
──でも、保険には入っておかないとまずいわやっぱり。
納得行く理由を話してくれたら、もしかしたら紡もころっと態度を変えて、腕に手くらい回して、「いいわよ、正式契約で」と言ったかもしれない。でも天羽くんは「言えない」と言い切ったではないか。自分の行動を説明できない男子だとしたら、紡もこれ以上深入りする気はない。
──西月さんが当然嫌われることをしているのはわかるわ。その理由が小学生の男子たちみたいに「好きな子をいじめる」程度のことなのか、とことん深い部分のことなのかによって、事情が変わるはず。
紙をひっくり返し、少しだけ眠りをむさぼろうと机にひたいをつけた時だった。
「近江さん、ちょっと聞きたいんだけど」
顔を上げた。女子がひとり、でくのぼう状態で立っていた。態度とは裏腹なささやき声だった。
「何か用?」
「昨日のことといい、薔薇の花のことといい、あれ、近江さんがやったって本当なの?」
──ああ、やっぱりきたか。
近くの席にいる連中には勘付かれたらしいが、西月さんと片岡くんの耳には届かないらしい。面倒なのでさっさと片付けたかった。
「まさか、そんな自分の得にならないこと、するわけないでしょう。誰かそんなガセネタ流したの」
きっと西月さんあたりだろう。あそこまでプライドをずたずたにされたら、紡を逆恨みしても不思議ではない。
「小春ちゃんが言いふらしたと思ってるわけ」
「わからないわ。そんなこと。それより用ってそれだけなの。少し寝たいんだけど」
眠くなったまぶたの上を軽く叩きながら、紡は続けた。尖り顔で何か言いたげな目の前の女子を追っ払うため、さっさと答えた。
「あのね、私、天羽くんとは友だちだけど、それ以上お付き合いする気はないのよ。その点安心してちょうだい。友だちだったら一緒に落語聴きに言ってもおかしくないでしょ。それ以上のこと別にする気、ないし」
「どういうことよ。それって天羽くんにも失礼でしょうが」
「昨日ちゃんと話してあるから大丈夫よ、ね、天羽くん」
振り返り、斜め向こうにいる天羽くんに声をかける。実は聞こえていなかったらしい。
「あ、ああ?」
と寝ぼけた返事を返したが、慌てて口を閉ざした。むすっとしているのは当然か。
「西月さんのしたいようにすればいいんじゃないの。他人が横槍入れるのは本人もうっとおしいし、巻き込まれる人たちも迷惑だと思うけど」
「近江さんって、何考えてるわけ?」
きりりと臨戦体制に入りそうだ。まずい、この女子、お父上が青潟警察の警部か警視か、かなりのお偉方と聞いている。やはりきっちりしていないと気に食わない育ちなのだろう。先入観ありありだが、彼女に関していえばぴったり当てはまる性格だ。
「別に、何も考えていないけど。ただ、あまり不必要なことにはくちばし挟みたくないの」
──いきなり尋問されるのは迷惑ってことよ。
髪に油とふけの浮いている彼女は、くっきり縦線の入った頭を軽く振って、自分の席に戻っていった。人のおせっかいする余裕があるのだったら、前の日に髪の毛洗うだけのエチケットを守ってほしい。ふけが落ちる。
天羽くんにもう一度振り返って、両手を合わせて、「ごめん」と一声かけておいた。
真剣な瞳にちょっとびびった。天羽くんらしくない一文字の唇が気になった。
──第一、変よね。私のどこが気に入ったんだか、考えてみるとわかんないわよね。西月さんよりましってのだったらわかるけど、それ以外、女子しか興味ない私とつるんで、なあにが楽しいってんだろうなあ。
一時間目の美術の授業に向かおうとした。五月は必ず二時間連続で、写生の授業が行われる。学校裏の林の中、もしくは大学内、どこでもいい。かならず三人以上がグループ行動するという約束でもって、それぞれが学校内に散っていく。二時間目終了十五分前までに教室に戻ればいい。一応スケッチのみ。色をつけたい奴は水彩絵の具セットをもっていけばいい。そこまでしたくなければクレヨンや色鉛筆、油絵の具、なんでも使用可だ。紡は当然面倒なので、色鉛筆にした。
スケッチノートと色鉛筆十二色セット、あとは2Bのえんぴつと消しゴム。集団で騒ぎ出て行く生徒たちを見送り、ひとりきりになるまで待った。群れたがる女子たちに、無理に「近江さんかわいそうだから」とグループに入れられるのだけはごめんだった。うつむいた西月さんを守るようにして集団が出ていくと、午前中特有の痛い光が窓辺から刺さってきた。この光りを写生するだけでもいいのに、と思う。さすがに教室から出ないで写生というのはあとあとまずいだろう……貴重品盗難騒ぎなんてあったらたいへんだ。一発で犯人扱いされてしまう……紡はうんと伸びをして立ち上がった。扉を閉めた。
「近江ちゃん」
玄関に向かおうと向きを変えたとたん、呼び止める奴がいた。振り向かなくても呼びかけで分かる。ごつい体格のおちゃらけ野郎に、背中で返事した。
「なあに」
「グループなんだけど、一緒に来てもらえねえかなあ」
無理してばかっぽく語尾を透明にしているところからして、何かたくらんでいそうだ。
「私と天羽くんとだと、ふたりじゃないの。私はどうせひとりだから、どこ入ったっていいんだけどね」
どうせ最初から、女子たちに混ぜてもらおうとは思っていない。適当に混じった振りをして、ひとりで木陰を見つけて適当に描いた後、大学内のカフェテリアで時間つぶそうと決めていた。天羽くんとああいうことになってなければいっしょにばっくれてもいいのだが、そういう気持ちには。
「いっしょにばっくれねえかなあ」
吹き出した。天羽くんってばやっぱり紡と感覚が似ている。
「今私もそう思ってたとこなのよ。でも評議委員が二人で脱走なんてしたら、あとあと大変じゃないの?」
「知ってるか? 二年の時、立村と清坂が茶道の授業前にとんずらして、いちゃいちゃしていたってこと。あれがきっかけでふたりハッピーになったらしいざんすよ」
ジェラシーをかきたてさせようとするのだろうか。憎い奴だ。
「人の恋路は知らないわよ」
「てかさ、どうしても今日、近江ちゃんに立ち会ってほしいんだよなあ。もうひとりとの会話をさ」
「もうひとりって誰よ」
天羽くんは返事をしなかった。両手を組み合わせて関節をぽきぽき折っていた。
「別に、昨日のことだったら気にしないでよ。言ったでしょ。天羽くんと漫才聴きに行くことをやめたいなんてちっとも思ってないのよ」
「俺に、聞きたいことあるって言ってただろう」 背をぴんとのばし、腕を組んだ。真っ正面から見据えてきた。
「一世一代、大演説、聞く気ないのかなあ」
──大演説か。
そっと並んだ。ここ一ヶ月いつもしていたように、首をのけぞらせてOKのマークを指で作った。
「大演説を聞かせたい相手って、さっき集団と一緒に出ていったんじゃないの? あえて名前はイニシャルで言うと、Nさんは」
「さっき、『俺と組になろう』って誘っておいた。近江ちゃんもいるって言っておいた」
「女子たちの前で?」
「それの方があとあと楽だろ?」
──楽なわけないじゃないの。だから男子って単純なんだから。
大演説の響きには心惹かれた。あとで警察関連のお偉いさんお嬢様に文句を言われるかもしれないがそれはその時だ。西月さんと天羽くん、最悪カップルにおまけとしてくっついていくのも、スリル満点だ。手伝うことってなんだろう。
──やっぱり、言うだけ言っておけば、男子は反応するっていい例よ。
実はほんの少し、家で言い過ぎを反省していたなんて、口には絶対出さない。
「向こうは先に行ってる。ちょっと人気のないとこだから、近江ちゃんだけだったらあぶない。一緒に行きましょう!お姫様!」
黒い水彩画用絵の具入れに、天羽くんは小さなカセットレコーダーを一台忍び込ませ、もう一台のマイクロレコーダーを紡に持たせた。ポケットに入れるようなしぐさをした。
スカートのポケットは深いので、するんと落ちた。
「録音するの? あんたの演説を。将来映画化する予定?」
「俺はこっちで、近江ちゃんはそれで。二本テープ作りたいんだ。ここだけの話だけどな、俺授業で死ぬほど眠い時、書道ケースかかばんかどっかにレコーダー仕掛けておいて、そのまんま授業録音するんだ」
「まさかテープ溜まり放題なんて言わないわよね」
「あたり」
軽口を叩けば、気になることも忘れていられる。紡は天羽くんと肩を並べてもう一度、窓辺の陽射しに目を細めた。
──西月さんはひとりで行かせても平気なのね。
写生で散らばった女子連中は露骨に紡と天羽くんの二人を見て、顔をしかめた。
昨日の片岡くん激白事件の余韻も残っているのだろうし、西月さんとこれから三者対談をすると知っている子も多いのだから当然と言えば当然だろう。一部、男子たちの中で、
「近江、天羽、今度は上方漫才ツアー付き合わせろよ!」
と突っ込みをいれる奴もいる。だんだん紡が正統派上方漫才に惹かれているのがばれているらしい。軽くピースサインを送っておいた。
スケッチブックを開き、一応はこれから描くような顔をして裏の林へ足を踏み入れた。幹の白い細っこい木々が半径二メートルくらいの間隔で並んでいた。その他、樹齢200年以上は余裕で経っているであろう、枝のうねった松の大木、一度も花の咲いたことのない桜の木、通るのに頭を打ち付けない程度の枝があちらこちら伸びていた。
学校側でも「できるだけ通り抜けしないように」とのご通達が出ていた。夜、痴漢に襲われる若い女性が続出していると聞く。確かに天羽くんが心配するのも無理はない。レディー・ファースト。
「真ん中にさ、スケールが小さめなオンコの木が生えているんだけどなあ。そこ、赤い実がついてて、食うとうまいんだ。そこの下なんだわ」
──西月さんがひとりで行けるってことは、天羽くん、お付き合い当時、かなり通っていたってわけね。
かつて西月さんと甘い時を過ごした、思い出の場所に連れて行くらしい。男子ってデリカシーがない。元彼女と完全に切れたとはいえ、ちょっとまずいのではないだろうか。
──別に、私はどうでもいいけど。
紡はブレザーのポケットに片手を突っ込んで、薄荷飴を自分の分だけ口に放りこんだ。 振り仰いだ木漏れ日がまぶしくて、ぎしぎしした。
両膝をかかえるようにして、遠めでも小太りに見える女子がしゃがみこんでいるのを見つけた。天羽くんは一度立ち止まった後、絵の具入れを器用に開けてレコーダーの録音ボタンを押し、しっかと閉めた。空いた手で紡の腕をちょいとつかんだ。
「なによなによ」
いきなりだと驚く。わざわざ写生道具一式を持ち替えてまですることじゃないだろう。
「今だけ。あとは近江ちゃんの判断に任せる」
──ああ、西月さんに見せつけるのね。
やっぱり、何度考えても天羽くんがこうまでして西月さんをいたぶるのか、理由がつかめなかった。真夜中、眠れずにいたなんて言えない。思い当たるとすれば、
一、天羽くんは飽きっぽいので、一度別の女子に熱を上げたら一刻も早く、元彼女から縁を切りたい性格である。
二、天羽くんに西月さんが、「奇岩城」撮影の時にとんでもない要求をして、怒らせてしまった。
三、心が冷めた天羽くんが、自分を悪者にして、あっさり振られることを期待して演じている罠。
このくらいだろうか。天羽くんという人の性格からすると、どれも正しいような気がするし、ぴんとこないところもある。一番天羽くんを弁護する形でに考えると、三が近いのではとも思う。でも、下手して逆恨みされて嫌がらせされてもいいのだろうか。そうされてもかまわないくらいの勝算があるのだろうか。わからない。 膝の上にスケッチブックと水彩セットを抱え、空を見つめていた。西月さんがふたりに気がついたのか、笑顔を見せかけ、隣りの紡にはっと口を押えた。
「私もセットだってことちゃんと話してなかったんじゃないの」
「いいんだ。どうせ三人だ」
わけのわからないことを天羽くんは言う。つかんでいた紡の腕から手を離し、さりげなくポケットを叩いた。録音ボタンを押せ、との合図だろう。目立たないようにポケットに手を入れた。取り出し、背中を向けて赤い録音ボタンを押し、もう一度しまった。
一歩一歩、夜中の雨でぬかるんだ雑草の中を踏みしめ、天羽くんはそっとハンカチを取り出し、オンコの木の下へさっと敷いた。
「いいよ別に」
「ここで何も言わないでいればいいんで、よろしく、近江ちゃん」
──録音、よろしくってことね。 真っ白いハンカチというのがらしくない、そう思った。膝をかかえるようにしてぺたっと座りこんだ。スカートの上からも土が湿っていて冷たかった。ちらっと視線を走らせた西月さんが微妙な表情で、もう一度しゃがみ直した。天羽くんだけが立っていた。ふたりを見下ろすようにして、紡がお尻に敷いて座るまで、何も言わなかった。
「どうせ、写生なんて三十分もあれば描けるだろ。おたがいさ」
「話って、何なの」
天羽くんと西月さん、しゃべるのが同時だった。思いっきり天羽くんは顔をしかめ、紡にだけ「うんざり」の合図を送ってきた。どうして目の前でそこまで嫌がらせするのかわからず、紡はシカトを決め込んだ。
「あのな、西月……さん」
薄暗いオンコの木の下、女子ふたりだけ、天羽くんが両手をポケットに入れうろうろし始めるのを見守っていた。西月さんにいたってはまさにかたずを飲む、といった風だった。
「なあに」
小さい声で返事をする西月さん。立ち止まって真っ正面、天羽くんは彼女の前に立った。半径二十センチ程度の再接近距離だった。
「今から話すこと、全部聞いたら、俺のことをとことん憎め」
「どうして?」
「俺のことを、『頭の悪いバカ評議』でも『白いギャグしか飛ばせないバカ男』でもなんでもいい。ありとあらゆる罵詈暴言、ぶつけてもらっていい。それだけのことを俺はしているし、当然そうされるべきだと思うんだ」
ずいぶん今日は腰が低いではないか。隣りで首を振っている、大体距離三十センチ離れているところに座っている西月さん。器用にしゃがんでいる。
「けど、ひとつだけ頼む」
一度、大きく礼をした。天羽くんの髪の毛、つんつんと天辺が立っていると初めて気付いた。下からのぞいてみると、真面目一本。
「このことで、近江ちゃんだけはいじめないでほしいんだ。俺、西月……さんのことを受け入れられたとこって、そこだから。近江ちゃんをかばってくれた、それだけで俺はたまらなく嬉しいんだ」
──別に、私頼んだわけじゃないし。
くちばしを突っ込むと天羽くんがひねて、大演説を中断される恐れがある。肩をすくめて紡は見守ることにした。西月さんが小さく首を振っている。何かを言おうとしている。気付いたのか、天羽くんは断ち切るよう語り出した。
「俺のうちな、じっちゃんが書道の殴り書きで有名人だってのは話したことあるよな。俺書道なんて、墨汁で手が真っ黒くなるだけでどこがいいんだか理解不能だけど、そのおかげで青大附中に寄付金入学できたんだから、それはありがたいと思ってるんだ」
しゃわりと、木々のこすれる音。前から紡はその辺、知っているので驚きもしない。隣りの西月さんが口を開けているのは、天羽くんが普通入学したと信じていたからだろう。甘い。
「けど、うちが寄付金どっさり包めたのは、じっちゃんがある宗教団体に関係しててそこで活動してたからなんだ。たぶん俺が入学した時、じっちゃんの名目でたくさん金を包んだんだと思う。俺の親じゃなくて、宗教団体の方が」
「何の宗教なの?」
かすかに尋ねる西月さん。声が震えていた。そりゃそうだろう。ただ、こういうところで聞くところがまず間違っていると、紡は思う。あえて言わなかったのは、ばれるのがいやだったのだろう。
「今時の新興宗教。仏教とキリスト教とヒンズー教が全部交じり合ってる、今思えば変な宗教」
面倒くさそうだった。さっさと自分の乗りでしゃべりたいのだろう。
「俺も、じっちゃんの命令で去年まで、そこの宗教の少年団みたいなのに参加させられてたんだ。青潟じゃねくて、別のところに合宿させられてたんだ。一週間異常に規則正しい生活を送りながら、経典みたいなものを読まされて、自分の目標とか、教義とか、そんなのを二十四時間叩き込まれてたんだ。今思えば、ありゃ地獄だった。けど洗脳って本当にされちまうもんなんだなあ。俺、中学に入った時に本気で、自分の目標立てて守ろうって思ってた」
「なんの目標なの?」
黙ってれば天羽くん、どんどん機嫌よく話してくれるのに、腰を折る非常識な女子だ。いらいらしてくるが、紡はがまんした。
またしかめっ面をして天を仰いだ後、天羽くんは吐き捨てた。
「『嫌いな奴を好きになるよう、努力しましょう』ってな」
大きめの蟻が紡の手の甲によじ登ってきた。好きではないが悲鳴をあげるまでもない。振り払いつつあくびをした。
「俺は小学校の頃から、結構好き嫌いの激しい性格だったんで、周りの先生連中から注意はされてた。卒業する時も、『露骨に好き嫌いを出さないようにするんだよ』とか言われてたしなあ。俺もそれはまずい、やな奴にはなりたくねえ、そう思って、春休みの教義合宿の時に目標にしたんだ。どんなに嫌いな奴がいても、人は人、相手は相手。できるだけ嫌いな人を好きになるよう、努力しようって決めたんだ。だから、青大附中に入ってからは、かなりむかつく奴がいても、それはそれ、これはこれって思えるように無理に思ってきた。大っ嫌いだと思う奴にこそ、親切にしてやって、友だちになるようにしてきた。中学二年まで」
背中にも蟻がいるのだろうか。むずむずしてきた。頭の中も一緒にむずむずだ。なのに肝心なところ、鈍感なのが隣りの西月さんだ。表情変わらずまたぼけた相槌を打っている。
「でも、そういう努力をするときっと好きになれるものもあると思うし、それが、天羽くんのいいところだから」
「どれだけ大変だったか、想像つくか?」
怒鳴ろうとしたらしい。が、言葉を飲み込み天羽くんは冷静に語りつづけた。
「けど、去年の夏、うちのじっちゃんとその宗教団体とが大喧嘩して、うちの家族と親戚全員脱退したんだ。ああ、もうその団体の出している広報誌みたいなのでは、俺たち『裏切り者ユダ』『地獄に落ちろ』『天誅が下る!』思いっきり叩かれてるぜ。『裏切りもの』とか罵られてるぜ。けどまあそれでよかったと俺は思ってる。あとは青大附高にコネなしで進学できるよう努力するしかねえなとは思ったけど、そのくらいっすな。合宿に追われないですむので俺としてはラッキー。それにな」
言葉を切った。
「もう、無理に、好きでもない奴に好きなふりをしなくてもいいって、思えるようになったのもその時期からだったんだな、実は」
じろっと西月さんを見下ろした。目の色にはちらちらと、天の木漏れ日と同じ優しい光りが漂っているように思え、その一方でもうゆるぎない決意のようなものも見え隠れした。紡にだけは伝わっているけれども、まだぼけっとしている西月さんには一生理解できないものかもしれなかった。
「俺、やっぱり、西月……さんに謝らねばなんないんだ。ごめん」
「天羽くん、いいの、私、そんなしかたないこと、怒ってなんてないの。きちんとするから私」
ばらんとスケッチブックと絵の具セットを取り落とし、関係なく近づこうと手を伸ばした西月さんを、しっかり見据えた天羽くん。静かに言葉を発した。 「俺は、出逢った時から、西月さんのことが虫唾が走るくらい、大嫌いだったんだ」
──やっぱり、そういうことか。
立ちすくみ、しばらく口をぽかんと開けたままでいた西月さんはゆっくりと何かを発しようとした。どもりながらもつぶやいた。
「だって、だって、入学した時、最初に話し掛けてくれたの、天羽くんだったよ。ちゃんと私、席がわからないと言ったら、教えてくれたじゃない。それにそれに、一緒に評議に選ばれた時だって、笑顔で『一緒にがんばろうな、おねーさん』とか言ってくれたじゃない。給食の時も、私ひとりで盛り付けてたら、手伝ってくれたじゃない。評議合宿の時だって、私と一緒がいいんだって、バスの中二人で並んでくれたじゃない。私が、『好きな人から薔薇の花を、小野小町みたいに百日間連続で届けてもらいたいなあ』とか『告白される時は、ビーズの指環でいいから、私にプレゼントしてほしいな』って言ったら、『今度俺がやった時には怒るなよ』とか言ってくれたじゃない。冬休みだって『奇岩城』で、天羽くんがルパンになって、私がレイモンドに決まった時、思いっきり喜んでくれたじゃない。あれ、みんな演技だったの?」
いろいろ新たなる発見がある。薔薇の花のことも、ビーズの指環も、すべては西月さん発の要求だったってことだ。相手が違うかわり薔薇の花はちゃんともらえたからいいじゃないかと思う。
紡は何度か足を交代させてふたりを観察した。みっともないくらいわめき散らして、時折鼻をすすっている西月さん、そして顔をそむけて思いっきり顔をしかめている天羽くん。完全に視線は重ならなかった。逃げようと一歩、紡の側に踏み出すとさらにくっついてくる。影のようにひっついてくる。これがふたりの関係そのものだったとするならば、破局は避けられなかっただろう。紡が男だったら、その百倍残酷な言葉を積み上げて、西月さんを追っ払うに違いない。天羽くんの足と一緒に紡の気持ちも動いた。
「だから、今言った通りなんだ」
ほとほと参ったというように、天羽くんは大きく息をついた。紡と目が合い、気を取り直したように腹をへこませ、もう一度西月さんの顔を見据えた。
「嫌いな相手ほど、好きになるよう努力しないと、死んだ後いい生活が出来ないって信じ込んでいたおめでたい俺は、一目見た時から虫の好かないタイプだなって思った西月さんをとことん好きになろうって決めてたんだ。今考えると異常としか思えねえ。なんでそんな無駄なことしたんだろうって思う。たまたま評議で一緒になった時、本音でうえっと思ったけど、そんなことしたらまず西月さんが傷つくだろうし、なにより俺が天国にいけねえしって思って。一年の頃はそれでも、西月さんも周りの奴も、みな仲良くなれるならば、俺がひとりがまんしてもいいしなって思ってた。クラスもまんざらじゃねえしさ。けど」
まだ首を振ってだだこねようとしている西月さん、その口をふさぐようにきりきりと。
「近江ちゃん見てから、なんか俺のしてること違うって思ったんだ。近江ちゃんは誰にも媚びようとしてないし、自分のやりたいことだけ好きなことだけしている。それでいて成績だっていつのまにかいいところ取ってるし、担任が兄貴だってのにぜんぜん裏切り行為なんてしやあしない。こいつ、いい奴って思ううちに二年の夏」
「二年の夏って、宿泊研修の時?」
泣きじゃくっている。どうやってこの修羅場を納めるんだろう天羽くんは。 紡は巻き込まれたくないので、まだまだオンコの木の下でしゃがみこんだままでいる。ポケットの奥もレコーダーの熱で少し熱い。
「そう、俺のうちの大スキャンダル大会が行われた頃と一緒でさ。なんで俺、好きでもないことに一生懸命だったんだろうって思ってさ。天国なんかに行くよりも、今この世で自分の本性に素直に生きるほうがいいんでないかって、ずっと考えてたんだ。近江ちゃんのようにクールに、女子が好きだとか平気で言っちゃって、他人の顔色なんて全然気にしないで生きられるってかっこいいって思って。それで」
──天羽くん、どうしてそうしてこなかったわけ?
いまさらわかりきっていることを聞いている。でも誉められるのは悪くない。西月さんがだんだん錯乱状態に突入しているのを、天羽くんは気付いているのだろうか。もうスケッチどころじゃないぞ、この人は。
「人の受けばかり考えて、誰にでもいい顔して、好きでもない奴にまでおべっかつかって、クラスにいいことばかりしようとして実は自分が可愛くてしかたない、そんな女子と付き合っているんだろうって、まだ付き合ってもいないのに勝手に決め付けて、あれがほしいこうしてほしい薔薇をよこせリングをよこせなんてわめいている女子のどこがいいんだって、ほんとに思ったんだ。俺、ガキの頃から、うるさくてちょっとしたことで正義感ぶって立ち上がって、男子たちを傷つけて、都合の悪い時は泣いて周りの同情を引こうとする女子が、大嫌いだったんだ。結局泣いて周りが助けてくれて、俺が謝る羽目になる、もしくは無理やり悪いことにされる、そういう計算している女子の顔を見ると、ぴんときちまうんだ。そういう女子でもうまくやっていかないと、天国にいけないから頑張ったけど、もう限界だってそう思ったんだ」
──見事、西月さんの特徴をあらわにしているわよね。
ぺたんと座り込んだ西月さん。スカートがめくれて白いレースらしきものがちらちら見え隠れしている。スリップ端だろう。隠す余裕もないらしい。首を振り続けた。
「私、悪いところあったら直すから。直せないって思ってるところもちゃんと絶対直すから! お願い、天羽くん、何でもします。もう周りにいい顔なんてしないから、おねだりなんてしないから。ちゃんとするから、私うるさくしない。近江さんとの付き合いも邪魔しないから、お願い、嫌いにだけはならないで。これ以上、お願い嫌いにだけはならないで」
見苦しかった。すっかり紡が側にいることすら忘れているかのようだった。髪を振り乱し、何度か土下座するようなしぐさで頭を草にすりつける。かと思うと天羽くんの足下に縋りつくしぐさをする。触ると露骨に逃げられるので四つんばいになるのが醜い。顔を擦り付けすぎて泥だらけの顔を数回こすり、さらに唇を尖らせ、制服も何もかもが泥に塗れた。かつての、元気一杯正義感の強い、女子評議委員の姿ではなかった。どこかで見たことのある、欲しいものを要求して卑屈になりつつ、チャンスがあれば奪い取ろうと計算している、どこかの女性を思い出した。そう、紡の側にいる、あの人を。
──うちの、母さん。
似合わないふりふりの小学生っぽいワンピースを持ち、にやつきながら近づいてきたあの人のことを思い出した。うりふたつ。西月さんと重なり、お姉ちゃんの結婚式関連の話をしていた時の場面と一緒に浮かんできた。
──かの子、ほら、あんたがそんなにブランドのドレスを着たいんだったらいいわよ。それくらいのことは親ですもの、してあげる。でもお願い。お母さんの気持ち、少しでもわかってほしいの。将来あんたの親戚が恥ずかしい思いをしないように、お母さん、かの子のためにきちんとした引き出もの出してあげたいの。いつか何十年か後に、皇人さんとの子がお嫁さんに行った時、「あそこのうちは結婚する時に貧弱な引き出物しか出さなかったのよ。そんなうちの子と結婚したら恥をかくわよ」って言われるのは辛いのよ。お願い、お母さんのことを少しでも思ってくれるんだったら、ドレスだけじゃなくて、うちかけと白無垢も着てね。でないと、お母さん、もう、生きていけないかもしれないわ。
それでもお姉ちゃんがドレスのみの披露宴にこだわると、次の日母は、胃痙攣を起こして病院に運ばれた。仮病ではなかった。お姉ちゃんは震え上がって泣く泣くぶたに見える和服と白無垢を着た。母が望むように、お赤飯のださい引き出物をつけた。心臓の調子が悪くなった母は、「一生に一度だけ親孝行してよ」と泣き落とし、花束贈呈を無理やり紡に押し付けた。涙と身体、すべてを動員して、結局母の好き勝手に形を纏め上げられた。
──つぶしてしまえばいい。
──直す? 大嘘つくのもいいかげんにすれば?
──物をねだらない? 一番大きいものねだってるじゃないの。
──そう卑屈になってるくせに、陰で舌出して、両手出して欲しがってるくせに。
紡は同情しなかった。
母を叩きのめすことはできなかった。まだ紡は幼かったし、今でも生活の全般を親に頼っている以上、成人するまでは何もできない。
でも、母に似た、あの女子は今のうちに叩きのめしてほしい。天羽くんにそう願った。
天羽くんは表情をやさしいままにして見下ろしていた。不意に紡の視線とかち合い、小さく首を振った。頷いて答えた。
「『奇岩城』の時に、同期の評議連中、俺たちをくっつけようとしてただろ。さっさと知らんぷりして、近江ちゃんにアプローチしようと思ってたけど、奴らがありがた迷惑なことしてくれてさ。一度は卒業まで猫被ろうかと思ったさ。とことん西月さんを騙してしまおうかって思ったさ。けど、嫌いな相手を俺の勝手で拘束するのはよくないって思ったのと、俺、やっぱり嫌われることが怖かったんだ。それでずっと迷ってた。その時にはっきりと、今した話を西月さんにすればよかったんだ。ちゃんと。けど、そうする勇気がなくて、俺、こんなにひっぱってしまったんだ。最低だよな。人をへどが出るくらい嫌ってるのに、どうしても自分が嫌われるのが怖くてさ」
無理してやさしくしようとしているのが見える。顎のところをゆがませて、何度も顔を引き締めている。
「『奇岩城』が出来上がるまではちゃんと今までの俺でいようと思ってた。クラスでは片岡もあんたのこと好きだってことが見え見えだったし。もし俺に露骨に嫌われたとしても、西月さんも片岡のことまんざら嫌いじゃないみたいだし、代わりに癒してくれるんじゃないかって思ってさ。俺なりに、一番いい時考えたつもりだった。けど」
──ははあ、そういうことか。
片岡くんになぜ薔薇の花を買わせて持たせたのか、なぜ告白させたのか、なぜ「下着ドロ」事件を激白させたのか。樹皮に耳を当て、じじっと鳴る響きに耳を済ませた。答えが織り上がってくる。
「やっぱり片岡の過去を清算しねえと、あんたも付き合う覚悟できないだろうなって思ったんだ。こんなに一途に思ってくれた相手を裏切るんだ。それも、ずたずたにしちゃうんだ。俺だってあんたが嫌いだとはいえ、不幸になって欲しくなかったんだ。きっと片岡は、俺がおえっとくるあんたの性格を、あがめて奉ってくれると思ったし、あいつもそう白状してたんだ。何よりも、『下着ドロ』事件の後、かばってやったのは西月さん、あんただけだったよな。あれが、あいつ、めちゃくちゃ嬉しかったらしいぞ。死ぬほど嬉しくて、本当だったら転校するつもりだったのを、もう一度生まれ変わった気持ちでここにいるって決めたらしいんだ。片岡、女子が決め付けているよりも、いい男だぞ」
身体の振動が、ふと止まった。
「嘘だよ、片岡くんのこと」
しゃくりあげ、もう一度顔を泥でこすり、
「だって天羽くん、前言ってたよ。『片岡みたいな奴、好きになる女いたら俺軽蔑するなあ』とか言ってたじゃない! そんな相手と私を、くっつけたいほど、私のことが嫌いだったの? 私のこと、そんなに嫌いだったの?」
──さあ、どう答える天羽くん。
言葉を断って、後。天羽くんは天を見上げた。一秒、二秒、三秒。烏が飛んでいくのを眺めていた。一羽だけ縁起悪そうに「かあ」と鳴いていた。
「あのさ、西月さん」
ためらいのない涼やかな笑顔で天羽くんの答えがはじけた。「まさかと思うんだけどな、西月さん、片岡のことをかばったのって、実はいい子ちゃんぶりたかったからなのか? 本当に片岡のことを信じてああいったんじゃなかったのか?本当は、あんな奴頭悪すぎ、とか思って他の女子たちと一緒に軽蔑していたけど、クラスのみんなからいい奴に思われたくて嘘言ってた、なんて言わないよな?」
絶句している。すすり上げることも出来ず硬直している。目の前の西月さんが答えられずにいる。図星だ。当たり前だろう。
「違うよな」
無言。まだ続く。息を呑んだ。
「もし、そうだったとしたら」
天羽くんはつま先でつんと、小石を蹴った。
「俺、とことん西月さんのことを嫌うことになるけどな」
とうとうつっぷして西月さんが意味不明の言葉を発し始めた。胸のブラウスもすべてが泥だらけ。紡からしたら自業自得にしか見えない。天羽くんが言ったことはすべて本当のことだから。白々しくいい子ちゃんぶりたかったから、勝手に嫌いな奴に惚れられて、困ってしまって、結局振ることもできないでいる。その通りのことを突きつけられて、慌てているのだから。嫌いだったら嫌われる覚悟でもって振った天羽くんの方がずっと筋通っている。もうここまで言った以上、嫌われる以外ないだろうとわかっているのに、本当のことを、怒鳴らず冷静に、並べ立てたのだから。もし誰かに会話を聞かれたとしても、天羽くんが演説途中、男子特有の乱暴な口調になってしまったところを除けば、とりわけまずいことを言ったわけではないのだ。大丈夫だ。ひとりで感情的になってしまいパニック起こした西月さんの精神構造に問題があるのだと納得してくれるだろう。
証拠 テープの中身は、万全だ。天羽くんに不利はない。
「西月さん、あんたのことを偉いと思ったことがひとつだけ、あるんだ」
しゃがみこんだ。天羽くんは西月さんの顔が自分の方に向くのを待って、一掴み雑草を千切った。
「俺と近江ちゃんのことがおおっぴらになって、うちの女子たちがわめきだした時、西月さん決して悪口言わないでくれたよな。みんなを押えてくれたよな」
「だって、だって」
「あの時、俺、ぎりぎりのところで、最低ラインの嫌い状態にならないですんだって思ったんだ。もしあの時近江ちゃんを叩きのめしていたら、俺は本当に、西月さんに何をしていたかわからない。ほら、あいつらと同じにはなりたくなかったんだ」
言葉を切り、指を天に差した。
「新井林と、杉本みたいな状態にはなりたくない、嫌いは嫌いでも、あそこまで西月さんを憎みたくなかったんだ。近江ちゃんに手出しをしなかったことだけで、俺の中ではぎりぎり、大丈夫だったんだ。もしこれからも、そうしてくれるんだったら」
──こいつ、怖いかもしれない。
「俺、新井林が杉本を殺したいほど憎むように、西月さんのことを思わないですむ、かも、しれない」
「じゃあ、そろそろ写生しないとまずいから行くな」
だんだんまろやかな光が木々の影から差してきた。汗ばんできた。烏が複数形で鳴いている。近くにごみ捨て場でもあるのだろうか。たんたんと続いた天羽くんの演説。紡の耳とポケットにしっかと録音されている。
「それとこれなんだけど、今俺がしゃべったこと、みなテープの中に入ってる。間違いがないようにもう一本、近江ちゃんに録音してもらってるから、その辺、よろしくな」
カセットテープを絵の具箱の中から取り出し、丁寧にケースに入れたまま西月さんへ渡した。受け取ったけれども何がなんだかわからないらしく、くるくる回していた。
「今のこと、誰にしゃべったっていい。今の会話、俺を叩き落すネタに使ったっていい。とことん悪口言えよ。近江ちゃんに関すること以外だったら、何されても俺は怒らない」
天羽くんは西月さんに手を差し出した。はたくかと思ったらしっかりつかんで立ち上がった。いい根性だ。別に手を出して欲しくないので紡は幹に背をつけ、伸びをした。マイクロレコーダーの熱で腰が熱い。スカートの上からそっと、停止ボタンを探り、押した。