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父への恋文

作者: 三沢 龍樹

 母が亡くなって四十九日も済んでいないというのに、親父に女ができたようだ。母の葬儀後から、親父宛に女からの手紙が届くのだ。


 「いいじゃない、お義父さん淋しいんだから」と妻はいうが、そうはいかないだろう。

 親父は昔から女好きで、誰それ構わず異性に好意を寄せては、母を不愉快にさせていたらしい。私は知らないが、歳の離れた姉であれば両親の修羅場を見ていたかも知れない。


 封筒に差出人のない女性の字で書かれた手紙を親父は妻から受け取る度に、まだ見ぬ相手を想像し胸躍らせる少年のように、何度も読み返しては嬉しそうに返事を書いていた。


 私は親父と違って真面目だが、堅物ではない。従って親父に母以外の相手ができたとしても反対はしない、と今になって考える。しかし時期が早すぎる。もう少し期間を置くべきだ、といえなくとも不快には感じている。しかし老齢の文通を黙認するしかできない。


 そんなある日、私はその手紙を目撃することになった。

 出勤前、玄関先で拾った親父宛の手紙は女性の字で、消印がなかった。問題なのは、手紙を落としたのが中学生の娘だったことだ。

 「お前、これどうしたんだ?」私が問い質すと、慌てて手紙を奪い取り学校へと飛び出して行った。「おい、待て! 帰ったら聞くからな!」と玄関先で叫ぶも娘は振り返る様子もなく、LINEを送っても瞬時に『既読』の表示がされただけだった。


 なにがなんなのか分からず、妻に問い質そうと台所に戻ったが、「遅刻するわよ」と跳ね返され、私は家を出された。


 電車では親父宛の手紙を娘が持っていた件で頭の中はいっぱいだった。まさか親父と娘が家庭内で文通している? 私の字は下手で読めないと親父に何度も叱られ、娘に至っては携帯を無視し、妻も何か知っていそうだが冷たい。つまり我が家は私を省いてみんなが繋がっているということなのか? 結局、悩みはするが、仕事でいつの間にか忘れていた。


 帰宅し親父宛の女性問題を掘り起こしたのは姉だった。待ち構えていた姉は、私を正面に座らせ、娘を彼女の隣で保護すると今朝娘が玄関で落とした手紙を前に出した。台所では妻が様子を伺いながらお茶を淹れている。

 「これ知らないの、あんただけなんだよね、読みたければどうぞ」と姉がいうので、私は封筒から便箋を抜き出して開いた。

 手紙の内容は、差出人の女性が二番目の子供を出産した時の話だった。大きな男の子で、なかなか出て来ず苦労したが、あなた、《親父の事なのだろう》が我が子を抱きしめてくれた瞬間が幸せだった、とあった。


 そして、「お義父さん寝ているから、静かにね」と妻に指示された娘はこっそり親父の寝室から既に送られてきている、厳密には娘が郵送していた手紙を持って来た。私は一つひとつ手紙に目を通した。親父と差出人が出会った頃は携帯もメールもなく、文通で愛を語り合っていた事、遊園地や公園でのデート、温泉や海外へ旅行に行った思い出、結婚そして出産と二人の過去が綴られている。

 一つひとつがついこの間の事のように書かれており、捉えようでは親父には以前から愛人と子供が二人もおり、その相手からの手紙にも思えるが、確実にこの手紙を書いたのは母だった。


 「母さんのイタズラの延長なのよ」と姉。

姉、妻、娘三人の表情を見て、私以外の家族全員が知っていることがわかった。

 「お義母さんね、新婚当時からお義父さんのワイシャツにわざと口紅つけたり、旅行の鞄に女性の長い髪を仕込んだりして他の女を匂わすようなイタズラしてたんだって。水商売風の格好をして会社の前で待ち伏せたことあったって聞いたわ。だからお義父さんは女好き、って思われていたのよ。でもお義父さんはお義母さんが大好きで、お義母さんのイタズラも楽しんでいたから他に女なんていなかったと思うよ。亡くなる前も病院で、幽霊が書いた手紙だ、って洒落にならないくらいふざけて書き出したら何十通分にもなっちゃって、どうしようかって話になったんだけど、この子がおじいちゃんに送って返事が来たら、その度に次の手紙を送る、って言ってくれたの。返信先は義姉さんの住所よ」

 「それを親父は、わかってやっているのか?」

私は三人に訊いた、答えたのは娘だった。

 「お婆ちゃんが隣にいる気がして嬉しいって」娘は涙を流しながら答えてくれた。


 休日の午後、親父は縁側で母からの手紙を嬉しそうに読み返している。その背中を見ていると、本当に母が親父の隣にいるようで、親父の女は母しかいない、と私は思った。


 因みに私が両親の背中を見つめている頃、妻と娘は私の携帯をこっそりと持ち出し、登録されている電話番号の妻は楊貴妃、娘は小野小町、姉はクレオパトラと登録名を変更するというイタズラに及んでいた。

やがて私には世界三大美女から連絡が来る。



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