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呪い子アリス  作者: 星鹿灯流
8/10

言い訳と聞き分け

 話しているうちに日は暮れて、僕はアリスを風呂に放り込むと夕食の準備を始める。昼は炊いた米と買い物の際に調達した惣菜だったため、まともな料理をアリスに披露するのはこれが初めてとなる。

「まあ、パッとしたものは作れないけども」

 アリスのせいで仕事を休むことになったし、たまには少しくらい凝ったものでも作ろうか……ポトフとか。

 意外や意外、アリスは風呂掃除ができた。見た目相応なら中学生、ある程度の家事ができるのは当然なのかもしれないが、最初に出会った時のひらひらでフリフリの印象からすれば、僕が驚くのも無理もないと思われる。

 男の一人暮らしとはいえ、「それなりに綺麗」をこれまで保っていた浴槽が、アリスが掃除した後に確認すると輝いて見える程に磨かれていた。流石に驚きもする。

 僕の反応を見たアリスは、表情にこそ出さなかったが、両手を背中で組んで「どんなもんよ」という態度を示していた。そして素直に感心した僕が、ゲスト待遇としてアリスに一番風呂を譲り、今に至るわけである。


 電磁調理圧力鍋(はいてくくっきんぐましーん)にざっくり切った食材とコンソメキューブを突っ込んで加熱ボタンを押したところに、インターホンの音が響く。

 アリスは入浴中で、まだ風呂から出てきていない。

 来客の予定はないため、新聞か何かのセールスだろうと思ったが、まあ丁度手も空いたところだし見に行くか、と五歩先の玄関扉に向かう。

「いや、空いてなくても五歩なら見に行けよ」

 パッとしない一人突っ込みをして玄関扉につけられた覗き窓を見ると、恐らく近くの酒屋で買った発泡酒かチューハイだろう、グレーの缶がいくつか入った袋を重そうに提げて、会社の同僚が立っていた。少し着崩しているがスーツ姿であるため、帰りにそのまま寄ったのだろう。

 ……あれ、これピンチじゃないか? 風呂場にはアリスがいる。中学生くらいの女の子をアラサー男が部屋に連れ込んでいる現行犯になりはしないだろうか? 僕これ社会的に死ぬのでは?

 いやまて、どうだ? 今日会社を休んで見舞いに行って、親戚の入院の間預かっていることにすれば乗り切れるかもしれない。あまりにも都合のいい話だが、まさかこんな形で普段パッとしない僕がファインプレーをかましていたとは。いやわからないまだわからないぞ。例え出来た話でも同僚が納得するかはまた別なのだから。

 そうこうしている間に再度呼び鈴が鳴らされる。扉越しのすぐそばにいる同僚の苛立(いらだ)ちが伝わってくる。今にも扉を叩き始めるぞ。寝てんのかこらって具合に。

 流れゆく時間に待ったは通じない。騒がれちゃ近所迷惑になるため、すぐに返事をして玄関の鍵を開けにかかる。

 扉を開くと同僚が消えているという呪いみたいな超展開もなく、ついさっき覗き窓で見た通りの姿で同僚は立っていた。


「ども」

 空いている右手を肩の高さで小さく開いて、同僚はいつもと同じ挨拶をする。

 前回来たのは二週間前だろうか。その前はさらに一ヶ月前ぐらい。二歳下のこの同僚は不定期にアポなしで突然やってくる。年上に対する遠慮とか配慮とかはない。週末に来ることはなく、基本的には平日ばかり。中でも僕だけ休んだ日に来ることが多い。とはいえ、これでも昔よりは頻度は落ちた方か。


 昔、()()()()()()()()よりは。


「……寒いんだけど」

「あ、悪い、とりあえず……入る?」

「ん。てかなにその微妙なやつ」

 扉を手で支えながら一歩引き、通れるようにすると、同僚は袋を僕に押し付けて中に入る。

「いつもはスッと入れるじゃん」

「や、まあ……少し昔を思い出したというか」

「何? 今頃未練タラタラなの?」

 そういうことでは、ないと思う。自分が振った相手に対してそういうセリフを真顔で簡単に言ってしまえるところは、昔からあまり好きではなかった。同僚なりの冗談なのかもしれないが、仮にそうだとしてパッとしない僕にそれを冗談だと判断して流すような力はない。

 僕の表情に気づいてか、単に興味がないのか、同僚は「ま、いいけど」と呟いてキッチンに目を遣る。さっき使って置きっ放しのまな板と包丁が、僕に洗われるのを待っていた。

「夕食作ってんだ、ベストタイミングじゃん。あんたの手抜き飯、私にも分けてよ」

 毎回同じくらいの時間に来て夕食をたかる癖に。

 部屋の奥に向かいながら、同僚はにひ、と笑う。上着をハンガーにかけた後、案の定ベッドに浅く腰掛けると、テレビのリモコンを探し始めた。

 僕の周りの女性は何故こうも()ぐベッドに座るのか。頭おかしいのか。とはいえ、過剰反応するとこちらだけ意識しているみたいで嫌だな。

「そんなに量ないよ」

 冷蔵庫に酒の袋を突っ込み、包丁を洗い始めながら返事をする。ベッドの占領についてはもう注意するのも面倒臭い。

「なんで?」

 リモコンが見つかったらしくこちらに視線を上げ、テレビのスイッチを入れる同僚。

「二人分くらいは食材切ってたみたいだし、てっきり私が来ることを予想してたんだと思ったんだけど」

「ああ、うん」

 さっきキッチンを見た時に気付いたのだろう。相変わらず、優れた観察力をしている。パッとしない僕では全く及ばないくらいの優秀さ。さて、どう切り出すか。

「僕の今日の休みの理由は聞いてる?」

「親戚が入院したって言ってたね」

「そう。従兄弟がね。兄みたいに慕ってたんだけど」

「ふーん」

 同僚はテレビを見ながら、聞いているのかわかりにくい反応をする。画面に映っているのは、大して興味が湧かないタイプのバラエティ番組だ。

「父子家庭で、一人で子供育てていてさ」

 そこで、同僚がチラとこちらを見た。

「その子供を預かることになった?」

「分かるんだ」

「レシートが落ちてる」

「いつの間に……」

 何かの拍子に落ちたのだろう、今朝モールで必要なものを買い込んだ時のレシートを拾い上げ、内容を一瞥するとテーブルにぽんと置いた。

「女の子でしょ。今は、お風呂かな、かすかに音がするし」

「話が早すぎる」

「そう? ……ああ、もしかして、私が『女の子を連れ込んで何するつもりなの』みたいなテンプレの反応をするんじゃないかとか考えてたわけ?」

「まあ……」

 というか通報するところまで想像していたけれど。むしろパッとしない僕がとっさに作った話で、ここまで簡単に信じてもらえることの方が意外だった。付き合っていた頃の信用が、少しは残っているのかもしれない。

 洗い物が済んだので、部屋に戻って適当に座る。アリスが風呂から上がる頃には調理も終わっているだろう。そういえば座布団買ってなかったな……今後必要になりそうだ。

「でもひょっとしたら信じてくれるかも、とも思ってはいた。君は賢いし」

「……そう」

 同僚は一瞬キョトンとした顔をしたかと思うと、つと顔をそらして髪の毛先を触り始めた。

「まあね。これでもあんたより二年早く出世してるし」

「へいへい」

「…………」

 僕の反応に不満があるらしく、ムッとした顔をする同僚。僕は取り合わない。

「ともかく、そういうことだから、今日は帰ってくれないか?」

 酒も返すし酒代も出すから、と財布を出そうとすると、ますますムッとして僕の手を押さえた。いつの間にか距離が近い。

「なんでよ」

「何が」

「なんで帰そうとするわけ?」

「いや、気まずいんだよ、親戚に元カノ紹介するのが。それくらい分かってくれよ」

 勿論呪いのこともある。一晩同じ部屋にいるだけの僕であれだけ侵食されるのだ。アリスの呪いは相当なもの。同僚までそれに巻き込まれるのは僕にとって本意ではない。

「従兄弟の娘だっけ。あらー? 結婚できるね?」

 僕が恥ずかしがっていると思ったのか、同僚が調子付いて余計なことを言う。ムは無に消えたらしい。

「中学生だぞ、アリスは」たぶん。学校行ってないけど。

「アリスっていうの? 可愛い名前じゃん」

 呪われてるけどな。

「会うくらいいいでしょ。あんたの未来のお嫁さんかもしれないし?」

「やめろよ」

「これまでたった一人で育ててくれたパパが入院、心配で不安で心細いけど、パパの代わりに面倒見てくれるおじさんは優しいな、パパと思って過ごしてねなんて、私を気遣って声をかけてくれるし……」

「やめろって。どうしてそう茶化(ちゃか)す」

「だって!」

 急に同僚が声を大きくし、僕の肩を押す。運動不足で腹筋が足りない僕は(こら)えきれず、押された勢いのまま後ろに倒れ、後頭部を床に(したた)か打ち付けた。床敷きの上だった為、少しはマシだろうが痛いものは痛い。

「ってえ……」

 呻きながら起き上がろうとするも、同僚に覆い被さられ阻まれる。


「だって! 気になるし……っ!」


 それは、切羽詰まって懇願するような、余裕のない声。同僚の性格をよく知る僕でさえ、あまり聞かない声のトーン。

 顔は部屋の照明で逆光になってよく見えないが、赤く、泣きそうであるかのように見えた。僕のパッとしない妄想なんかでなければ。


 ややあって風呂場の方から音がする。アリスが出たのだろう。

 その音で我に帰った同僚は、慌てて僕から離れ、そそくさとベッドに座り直し、アリスちゃんがね、あんたのことじゃないから、と言うのだった。

 僕は起き上がるのに数十秒もかかった。

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