幸服勧告
「変?」
「いや……」
適当に選んだにも関わらず、パーカーもジーンズもアリスによく似合っていた。意外にも僕にはコーディネーターの才能があるのかもしれない。意外すぎかよ。
違うな。アリスがなんでも着こなせるのだ。確かに僕にとっては、最初の出会い、電車での一悶着のせいでひらひらでふりふりのイメージが強い。しかし顔もスタイルもいい彼女は、身長さえあれば街を歩くだけでモデルにスカウトされそうだ。いやでも目立つ。目を惹く。そういう力がアリスの容姿にはある。子どもだからと侮ることのできる隙は、この子にはない。
パーカーは少し大きめのサイズで、胸の大きさを隠すという理由も込めたはずだったが、アリスは半分開けてTシャツを覗かせる着方が好みらしく、その意味では役に立たなかった。残念。
「……似合いすぎて引く」
「そう」
感情の薄いつぶやきとともに、見ていなければ分からないほど小さく顔の向きが下がる。
「……嘘だよ可愛いよちくしょう」
今みたいに微妙にしゅんとするところとかな。可愛いって言えばちょっと喜ぶしな。男は自分の言葉で異性が表情を変えると気になってしまう生き物らしい。
というかこの見た目なら「可愛い」は言われ慣れているんじゃないのだろうか。親がいないからそうでもないのか? だとすれば寂しいことだ。
服を替えれば印象も大きく変わる。しかし印象と目立つか否かはこうして見ると繋がらないようだな。ロリータは珍しさもあってよく目立つが、こんな風にそう珍しくもない地味な格好をさせても目立ちそうなオーラが出ている。
なんだよ目立ちそうなオーラって。
顔だろうか。幼さは残るが整った顔は確かに視線を集めやすいだろう。そう考えると逆に対策は容易かもしれない。例えばそうだな。
ビビッドカラーのキャップを被せ
グラスとマスクをつけてみよう
いやグラスにマスクは変質者?
そうマスクは風船ガムにしよう
特徴を顔から逸らしたいから
奇抜なヘッドフォンをネックにセット
オーケーオーライオールクリア
シーユーネクストアゲンバーイ
なんだこれ急にヒップホッパー。しかし似合うな。パッとしない連中に含まれるところの僕だと近寄りたくならないけれども、それでもじっと見てしまいそうになる可憐さがある。つまり結局対策になっていなかった。
「あまり見られると恥ずかしい」
と、想像上のヒップホッパーアリスを重ねられた下から、現実のパーカーアリスが不平のような不満のようなどちらでもない何かを述べた。じっと見過ぎと言いたいらしい。ごもっとも。
「ごめん」謝るもすぐに気づく「いやさっき目の前で着替えてたよな? アリスの羞恥心おかしくない?」
「おかしくない」
「言い切るなよ」
せめて問われた疑問を先ず受け止めて欲しい。魔法の鏡よろしく弾き返すな。
「魔女だから」
「理由がおかしいよな」
それにしても、案外素直に脱いだものだ。いや、変な意味ではなく。偶然に脱ぎかけの半裸を見てしまった後では自分でも変な意味にしか聞こえないけれど。
ああいう、ロリータファッションを着こなすような子はその手の服を好んで着ていて、パーカーやらジーンズやら趣きの異なる服はもう少し嫌がるものだと思っていた。我ながらパッとしないほど堂々とした偏見である。
「なあ、あの服は……」
いや聞いてどうするんだ僕。またぞろ重い話エグい話が出るんじゃないか? あの濃い赤色は返り血だとかならまだいい。嘘だってわかるし。形見とか言われると着替えさせたことに罪悪感覚えるだけだぞ。
しかし例によってベッドを拠点にするアリスは、出かかった言葉の端だけで察したように返事をする。
「これくらい」
片手で何本か指を立てた。完全に意味を取り違えている。むしろ助かった。
「……値段が?」
「製作期間」
「すごいな」単位はわからないけどな。
でも自作だったのか。凝った服をあれだけ丁寧に縫製するのは、相当すごい技術である。舞台衣装とか作れるんじゃないのか?
「アリスじゃないけど」
「え、ああ、作ったのがか」
「前の男」
「すぐに爆弾処理班を呼べ! さもなくば我々は諸共にボンだ!」
今の発言は部屋一つ吹き飛ばす火力があるぞ。
「何言ってるの?」
何言ってるんだろうなぁ……。
「つまりあの服はそいつの趣味と」
「あのとかそいつとかわからないけど」
めんどくさいな……。今に始まったことじゃないけれど。
「ブラウスもコルセットもドレススカートも前の男、ケージの趣味。でもアリスも気に入って着てた」
「気に入ってたのか。よく着替える気になったな」
さっき思ったことをそのまま口にする。
「洗濯したかったから」
ああ、そういうこと。確かに一着しかないのなら脱いで洗うしかない。寝巻きもないくらいのようだったし。
「あ、そうか、寝巻きのことを失念していた……」
パッとしないセリフが僕の口から出て、それに反応するようにアリスがじっとこちらを見た。非難するような表情ではないけれど、何かしら思う所があるのかもしれない。
「まあ服のサイズもわからなかったしな。買うまでは僕のジャージでも着て寝てくれ。それなら多少大きくても平気だろう」
どこに仕舞ったかと押し入れを開く。運動をしなくなってしばらく経つので、取り出すのも久し振りだ。しかし思いの外衣装ケースの中にすぐに見つかり、念のため虫喰いがないかチェックしてからアリスの方へ放り投げた。
ぽす、ぼと、と軽い音がしてアリスが掴み損なったジャージが床に落ちた。
「……意外でもないけど、鈍臭いな」
「……うるさい」
自覚はあるらしい。見ればアリスの瞼はすでに眠そうに落ちては辛うじて持ち上がりを繰り返していた。あれだけ寝てまだ足りないのか。何か話題を振って遅めの昼食を用意する間くらいは起きていてもらおう。
買ってきた食料でチャーハンを作ることにする。中華鍋はない。
「その、ケージって男はどうしたんだ? 一時的にでもアリスの保護者じゃなかったのか?」
先ほどアリスの口から出た単語について、少し突っ込んだ聞き方をしてみる。ケージが本名か知らないが、記号的な名前なら鳥籠を指しているようで少し猟奇的な匂いがするな。支配欲が強そうな名前だ。刑事を指しているのかもとも思ったが、それならアリスのような子をそのまま保護したりはしないだろう。
「……呪いに囚われた」
淡々と、あまりに自然に口にするものだから。その言葉は僕には一瞬普通の言葉のように聞こえた。