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呪い子アリス  作者: 星鹿灯流
4/10

カットオフ葛藤

「そもそもどうして女の子一人で放浪して男の一人暮らしに押しかけるような状態になってるわけ?」

「ちょろそうだったから」

「それは昨日聞いたなあ」

 実際一晩泊めてるんだからその見立ては正しかったと言わざるを得ない。

 部屋に戻ってから昨夜と同じくベッドに座らせ、僕は床に座らず立ったまま室内会議をする。座らせたというか、この子ベッド以外に陣取ろうとしない。本当に天然でやっているのか誘っているのかどっちなんだ、誘っていても乗らないけどな。

「夢の中で」

「何か言いましたかね」

「別に」

 見透かしたようなことを言っても、残念ながら僕は夢の内容を覚えていない。そんなに良い夢だったなら覚えておきたかったなむしろ。むしろね。

 はあ、とため息をついて。

 僕はあまり説教が似合うタイプじゃない。というのも、僕は自分がパッとしない連中の中にいることに強く自覚的だからだ。分かっていないことを分かったふりして偉そうに語って聞かせるような強いメンタルがあれば今頃僕はもう少しパッとしているか、もしくは迷惑な大人になっていただろう。

 だから僕は説教はしたくない。本当はしたくないけれど。

「お父さんとかお母さんとか、心配してるんじゃない? あんまり家出とかして困らせるのは感心しないな」

「死んだ」

「…………え」

 早速地雷を踏んだ。

「母は失踪、父は私の前で包丁を喉に刺して自殺……アリスが殺したようなものだけれど」

 壮絶かよ。何それエグい。

 今までのふわっふわした話は何だったのか。

 え、僕これ場違いじゃない? 何でこの話僕が語り手やってんの?

 何で説教始めようとしてこけるとかいうギャグを誰も笑わない空間で一人で披露してんの?

「他に家族は……いたらここにいないか」

 アリスはこくりと頷いた。

「学校は?」

「不登校だったから」

「……マジか」

 実際不登校児って周りからどれくらい心配されるんだろうな。

 実は今朝起きた後、アリスを探す前に支度をしている間スマホでネットニュースを流しているサイトをいくつか見ていたのだけれど、行方不明の女の子だったりの記事は一つもなかった。

 聞く限りじゃこの子の父親は派手な死に方をしたらしいし、事件と一緒にこの子のニュースが見つかってもおかしくない。それでもパッと見た限り一文字もそれに合致する記事がなかった以上、この子が言ってるのは嘘か、もしくは最近の出来事じゃないか、ということになる。

 嘘だとして、僕を取り込むにはエグすぎるんだよなぁ。ガチっぽいなぁ……。もちろん一晩泊めたとはいえ僕が匿う義理は全くないし、僕自身もその手の面倒事厄介事は御免被りたい。故に今すぐ彼女を追い出したい。これが最善だ。

「ぐぅ」

「って寝てるし」

 少し考えている間にアリスは、座る形のまま体を横に倒して寝ていた。寝息でぐぅって言うやつ初めて見たぞマンガかよ。

 しかし寝ている姿を見てしまうと、布団をかけて寝かせようとしてしまう。彼女の寝顔はどうにも庇護欲をそそるようだ。ようだじゃねえよ。

「……買い物行くか」

 少しの間アリスの寝顔を見ながら髪を撫でた後、ハッとしてこの場を離れる口実を咄嗟に作った。いや買い物はもともと仕事帰りに行く必要があったし、その予定を早めただけだけれど。眠いなら、寝かせてやろう、ホトトギス。托卵だけになんか企んでそうな。

『買い物に行ってくる、すぐ戻る』と書き置きをし、僕は部屋を出た。


 使い慣れたママチャリを駆り、この辺りで一番大きなショッピングモールに到着する。どんなものでも買い放題揃え放題。いつもならもっと近くにスーパーがあるのだけれど、時間があるのでついでに時計と電化製品も見ておきたかった。

 彼女のことは、正直な話をすれば、追い出したい。

 当たり前である。自分のことを魔女と名乗るような痛い女の子かどうかはともかくとして、彼女は厄介ごとを全身に巻きつけてその上からロリータ服を着ているのだ。しかし親なし家なしで、僕が追い出した場合彼女は……まあ僕にしたようにしてなんとか誰かの家に転がり込むだろうけれど、その相手は安全ではないかもしれない。昨夜の彼女の言い方だときっと次も男を狙うのだろう。まったくそのケのない僕が、一つ間違えれば手を出してしまいそうになるあの見た目で、次も安全だろうとは僕には到底思えなかった。

 いや、相手のことから考えを派生させるのはネガティブになりやすいな。僕自身のことを考えよう。僕は幸い、いや幸いじゃないけれど、パッとしないなりに稼ぎはあり、趣味が少なくて出て行く金も少ない。女の子一人養うのは無理じゃないのだ。

「無理じゃないけどなあ……この歳で子持ちはちょっとなあ……」

 いや、年の差を考えれば子持ちより誘拐に見られるだろうけれど。全然大丈夫じゃないな。なんとか従妹とか姪とかでおさまらないだろうか。

 自分の結婚にも響く。現時点じゃその予定もないとはいえ、実家によれば口うるさく言われる上に自分もそろそろ身を固めなければという焦りを感じている。結婚相談所に行く勇気は、残念ながらまだパッとしない。ここに彼女がいるとなると、その予定はさらに先に伸びそうだ。

「まあ数年で独り立ちできそうな強さは、どこか持ってる印象だけれど」

 独り言を漏らしながらいくつか食器を見繕って買い物かごにそっと並べる。こっちよりこれの方が良いか。耐熱、レンジ可だな、よし。

 あとは何が要ったか……。欲しかったあれも買って、目についたこれも買って、そうして荷物が増えていく(ウルトラマンタロウの節で)。歌っている場合じゃないな。とはいえそれはすでに僕のパッとしない肩を軋ませるには十分な量に、十分な質量に膨れ上がっていたので、さすがに帰る以外に選択肢はないだろう。

「足りなければ……また買いに来ればいいか」

 パッとしないなりに楽観主義なのが、僕の長所であり、今に限れば短所なのだろう。


 書き置きを残した時に想定したよりも時間をかけてしまい、マンションまでの道を自転車で帰る頃には数時間が過ぎていた。アリスはもう起きているだろうか。というかよく寝るよなあの子。一体日に何時間睡眠すれば満足するのだろう。

 そう思いつつマンションの入り口が見えるところまで帰ってくると、その入り口に紅白のロリータファッションが座っているのに視線が届いた。

 また黒猫をあやしているらしい。今朝のと同じ黒猫だろうか、猫じゃらしのような雑草をチロチロと振って猫の手がそれを追うのを見ていた。あの草もなんという名前だったかな。パッとしない記憶力が「エロコメグサ」だと教えてくるが、絶対そんなトラブった名前じゃないはずだ。でも似てる気はする。

「あんまりその格好で外に出て欲しくないな」

 近づいて声をかけると、アリスも雑草を振るのをやめてこちらを見上げた。

「これしかない」

「だから出るなって言ってんの。というか鍵どうした」

「開けたまま」

「おい」

 自転車を片付ける間に部屋に戻らせる。彼女一人に留守番が務まるとは露ほども考えていなかったけれど、まさか外に出るとは。

 部屋にいても退屈なのだろうとは思う。普通の子どもなら学校に行っていても、アリスはそういう普通からは外れてしまっている。部屋はあくまで寝起きをする場所であって、生活をする場所にはしたくないのかもしれない。

「そんなこと知るか」

 重い過去、暗い境遇、エグい設定、そういうものを持ってこられても僕には対処のしようがない。パッとしない僕では解決などできないし、慰めるような言葉も慮るような態度も持ち合わせちゃいないのだ。

「だから嘆くなら勝手にしろ」

 これが僕の結論だ。


 その結論で。


「これ服、んでこっちがバスグッズ。食器はこっち。靴はスニーカーを玄関に置いてあるぞ。他に要るものはその服着て出かけたらな」

 買ってきたものを目の前でローテーブルの上に次々と並べる僕を見て、アリスの目が少し大きく開かれた。驚いたのかもしれない。

「ジーンズ、Tシャツ、パーカー……」

「文句がおありですかな。いや仕方ないだろ、その服で出られちゃ困るんだよ」

 実のところ単純にサイズのごまかしが利く服を選んだに過ぎない。寝ている間に採寸するような、アリスくらいの歳の女の子が嫌がりそうなことはしない、というかできないし。ロリータ服は、買うのも着て外を歩かれるのも困るので却下した。

 他に下着や化粧品辺りは必要かと思ったものの、自分で買った方がいいだろうという判断のもと、荷物が増えるのも避けて今日は見送った。何故かアリスに似合う下着が分かるような気がしたが、何故かは分からなかった。

「いいの?」

 買い物袋に残った食品類を冷蔵庫と戸棚に詰め込む僕に、後ろからアリスが声をかけた。表情は見なくともなんとなく想像できる。

「泊めろって言い出したのはどっちだよ……いいんだよ」

 多分な。

 人生がどう転がるかなんて誰にも分からない。

 少なくともこの子は僕なんかよりそれを知っているだろう。

 明日は明日だ。パッとしない僕にはそのくらいの調子が丁度良い。

「見返りは体で」

「要求しない! 今までの話の流れ分かってるか? ギャグにするなよ空気を読んでくれマジで」

「分かってる」

 本当かよと振り返ると、アリスは服を脱いでいるところだった。僕と目が合っても気にせず、ブラウスの袖から腕を抜こうとしている。

 無言でしばし見合って(アリスは脱ぎながらである)、思い当たること一つ。

「……着替えならバスルーム行ってくれ」

「ん、分かった」

 頷いて、僕が買った服を片手で胸に抱き、アリスはバスルームに向かった。

 僕は今見たものを忘れようと頭を振ってしゃがみ、壁に背を預ける。

 ……ちょろいのはどっちだよ、マジで心臓に悪い。

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