アリスインワンルーム
そうは問屋がおろし大根。いやいやいや。
「泊めてって、泊められるわけないだろ!?」
第三の可能性は絶対ないと思っていたけれど、いや思っていたというか全く思い至っていなかったけれど、もしかしてあるのか?
ボーイミーツガール? 違うなボーイ見ろよ説教、どこにもいないぞこの状況。哀れなガール見た実況、どこか探せよマジ発狂。
韻を踏んでる場合か。
マンションの前まで追いかけてきた彼女は、眠そうなとろんとした瞼をゴシゴシと擦りながら立っている。さっきも寝ていたのにどんだけ寝るんだこの子は。
「おっぱい触ったくせに」
「ここマンション! 部屋の前! おわかり!?」
滅多なことは言わない何も捨ててしまおう?
いや触ったかもしれないけれど。普通に触ってはいない。全て不可抗力だったしむしろこの子が当ててきたからね?
しかしこの場で叫ばれてはどうあっても僕が不利だ。そこに如何な誤解があろうとも、中学生のおっぱい触ったに勝るインパクトを持つスキャンダルはそうない。つまり反論できない時点で僕の負けである。ジト目の爆弾発言でトラウマティックが止まらない。ドラムとボーカルをやれば許してくれますか。
それでもまだ決断できずにドアの前であたふたしていると、彼女が大きく息を吸い込む仕草をした。
「ステイ! 分かった! 分かったからとりあえず中に入ろうか。本当痴漢の汚名を逃れてより悪いもの背負おうとしてる気がするな……」
「間違ってはないと」
「君が言うかそれを……」
溜め息をついて、鞄から鍵を取り出そうと手を突っ込む。
「……あれ、鍵どこだっけな」
鞄の中もパッとしない書類やら何やらで散らかってて整理しないと鍵も満足に取り出せないな。奥の方までまさぐって格闘していると、焦れたのか彼女がドアに手をかけた。ガチャリ。
「開いたよ」
「だから今鍵取り出すから待ってって」
「開いたのに」
そう言って彼女は部屋の中へ。
僕は鞄と数分の格闘の末、上着のポケットに鍵を見つけた。
「……って、あれ?」
ノブに鍵を入れて回しても抵抗がない。開いている。開けっ放しで出たのだろうか。なんともパッとしないミスだ。
というかあの子普通に勝手に入っていったな。気づくのが遅い僕も相当ヤバいけれど。
彼女に遅れて部屋に入ると、彼女は既にベッドに座っていた。誘っているなら可愛げもあるけれど、こちらをジト目……いやこれ眠いだけかな、そんな目で見るものだから、多分この子僕のベッドを占領して専有する気だ。もうすでに。泊めてもらう立場のくせに大胆不敵である。というか匂いとか気にならないのだろうか。電車の時もやたら顔をこちらに向けてくると思っていたけれど、ひょっとして匂いフェチだったりするのだろうか。フェチなら仕方ないな。うん。
まあそれらは全部ともかく。ともかくとおいてしまうと色々とまずい気がするもののそれすらともかく。
聞きたいことを聞いていこう。泊めるには僕は彼女のことを知らなすぎる。
「なんでまた僕についてきたの」
「ちょろそうだったから」
「言い方」
もっと家主に配慮しようぜ。怒っちゃうぞ。怒っても追い出さないけど。追い出せないけど。残念ながらおっぱい触ったを握られている時点で彼女の方が立場が上である。既成事実の四文字って怖いなぁかっこ棒読み。
「名前は」
「……アリス」
「アリスね。じゃあそう呼ぼう。……あれ、苗字は」
「……」
ベッドの上でそっぽを向いた。頭が西向きゃ、尾は東。関係ないな。
「言いたくないと……じゃあ、えーっと、家出か何か?」
「家は……ない」
「ない? え、浮浪児?」
「浮浪児違うし」
ベッドの上から睨まれた。僕は床敷の上に座っているので絶妙な角度で見下ろされている。パッとしないなりにちょっとぞくっとするね。Mじゃないけどさ。
でも家なき子ってことなら浮浪児じゃん。でなきゃ放浪児だよ。
「アリスは、魔女」
うわ、出た。
僕の第一の感想がこれである。
今時邪気眼がなんだの言って自分は特別だなんて言っちゃう女の子って、うーぷす……魔女ならもっと魔女らしい格好しろよなんでロリータなんだよ。
いやそうか前に流行った「魔法少女マタドかマタギか」的な感じか。あれ魔女じゃなくて魔法少女だけれど。タイトルに思い切り書いてるし。
ちなみにマタドはマタドールのことである。動物がたくさん出てくるのにほのぼのしない欝な話だった。動物怖い。食べないで。食べるけれど。
ひとしきり混乱というか自分の頭の中がよくわからない金魚鉢になっている間、彼女はウトウトしていた。この状況で無警戒に寝られる女の子すごい。
「で……僕はどういう反応をすれば正解なわけ?」
声をかけるとパチリと目を開いた。今見たらまつげが長くて綺麗だ。
「崇めよ」
「神かよ」
いや神かよのツッコミもおかしいか。
「神よ」
「魔女じゃなかったのかよ」
乗っかってきたせいでさらに突っ込んでしまった。
女の子に乗っかられてさらに突っ込むなんて卑猥。じゃねーよどうかしてんのか僕の頭。
「嘘、でもアリスは魔女。人も殺してる」
「もう突っ込まないぞ」
僕はパッとしない連中のうちの一人であり、高度なツッコミスキルを持っているわけではない。漫画のキャラとかだとパッとしない地味なキャラがツッコミ役なことが多いけれど、残念ながらここは現実であり、漫画ではないのである。この子に関して言えばすごく漫画的なキャラクター性をしているとは思う。この子はね。僕は違う。
「そういう中二病? あれどんな字だっけ。まあいいや。そういうんじゃなくてまともな説明が欲しいんだけど」
「代わる説明なんてない。……ぁふ」
「欠伸すんな」
「眠い……寝る」
……え。
「そのかっこのまま? しかも僕の寝ど、もう寝息立ててるし……」
なんだろう、本当に自由だ。自由奔放、本邦初公開は都合がいい。パッとしないダジャレが頭を過った。
魔女を名乗る少女、アリスは。
余りにも自然に、大胆に、堂々たる寝姿で、僕のベッドをテリトリーにした。
ガチエリアばりに自分色である。一晩で何カウント進みますか、逆転できますか。
というか。
「警戒心は微塵もないのか」
勝手に声に出た。
先ほど彼女は「ちょろそうだったから」と言っていた。確かにちょろいと思う。電車の時から僕は、チープな言い方をすればドキドキしていたわけだけれど、それも体を僕の方に預けて密着させていた彼女には心臓の鼓動として認識できていたのかもしれない。
しかしちょろいからといって、安全とは限らない。彼女は、何も怖くないのだろうか。中学生、経験がないから認識できないのか。
手を出せば犯罪。けれど僕は。
「…………ん」
彼女の体に布団をかけて、もふもふと量の多い癖毛の髪を小さくなでて、床で毛布にくるまって寝た。