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紫と橙のグラデーション

作者: 秋田 友

 午後4時を境に、気温が一気に下がったように感じた。あと2時間もすれば、冷え込みが厳しくなるだろう。

 ハァ、と僕は吐息を漏らす。

「帰っちゃうの?」

 不意に聞こえた声に振り向くと、すぐ近くに彼女が居た。

「うん。寒いから」

 僕は答える。

 不安そうな表情をしていた彼女は、いっそうその色を濃くした。

「そっか」

 会話は途切れた。

 周囲を行き交う学生の人だかりは、嬉しそうだったり、楽しそうだったり、とにかく文化祭の熱に浮かされていた。その中で僕と彼女だけが立ち止まっていた。

「またね」

 僕はそう告げて自転車に鍵を差す。そして鞄をカゴに放り込むとサドルに跨がる。この人だかりからこんなにもあからさまに抜け出そうとしているのは僕だけだった。

「ま、待って」

 彼女の小さい声が耳に届いた。躊躇いの末に勇気と共に振り絞ったような、そんな声だった。

「なに?」

 僕は短く問う。急いでいるわけではないけれど、僕は早く帰りたかった。

「夕陽、きれいだよ」

 彼女はそう言った。

 僕は空を見上げる。紫の雲間からオレンジ色がこちらを覗いていた。

 なるほど。彼女の言う通り、確かにきれいな空だ。

「うん、そうだね」

 僕はそれしか言わなかった。

 彼女はわざわざ僕を呼び止めて、何を伝えたかったのだろう。まさかそれだけを言う為に?

 彼女は苦しそうな表情でこちらをじっと見ている。それはさっきと同じように、何かを躊躇しているように見えた。

 彼女は何を考えているのだろう。僕にはいつもそれが分からない。きっとそれは彼女も同じなんだろう。僕の考えていることも彼女は分かっていない。

 そのくせ僕たちはあまり言葉で交わろうとしないから、感情を共有出来たこともない。きっと彼女の考えていることを表現出来る言葉が、この世界には存在していないのだろう。

 どうして一緒に居るのかと問われれば、きっと僕は好きだからと答える。彼女もきっとそう答える。けれども僕の好きと彼女の好きは異なっているに違いない。僕の定義する好きと、彼女の定義する好きが違うのは、ある意味当たり前のことだ。

「じゃあ、またね」

 僕は今度こそ帰るよ、という意思を込めてそう告げた。

「うん。バイバイ」

 彼女は泣きそうな顔をしていた。何故そんな顔をするのだろう。

 彼女は感情を顕著に表情に出すような真似をしない。いつも何らかの表情の後ろに本当の気持ちと言葉を隠している。けれども時折それが漏れ出して、今のように本当の表情をする。注意深く見ていなければ分からないくらい些細な違いだから、僕も見抜くのには時間が掛かった。


 彼女は何が言いたいんだろう。


 帰り道はそんなことを考えていた。

 彼女は何故かいつも言葉が足りない。何と言うか、適切な言葉を口から出せていないようだ。

 文字にすれば綺麗な文章を綴るし、聞こえてくる他人との会話から、彼女は表現の仕方を知らないわけではないはずだと僕は思う。それなのに、僕と一緒に居る時の彼女はひどく表現が下手になる。その理由が分からなかった。

 何度考えてもそれだけが分からない。

 自転車を漕ぎ続けているうちに、僕は建物の陰から抜けた。視界が一瞬でオレンジ色に差し変わる。

 僕は自転車を止めて空を見る。日から遠い空は紫色、夕陽は橙。相反するその2色が見事に混ざり合って、僕の表現出来ない色を作り出していた。


『空、魔女がカボチャを食べようとしてるみたいだよ』


 彼女からLINEのメッセージが届く。僕はポップアップで確認して、既読はつけない。

 ああ、そうか。彼女はあれがやりたかったのかも知れない。

 僕は1つの仮説を思い付いたけれどそれを確かめなかった。今日、10月31日がどんな日なのか、それがヒントだった。

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