Chapter.1 「Recruit」
――“聖殿”は白き都に、竜が守りし砦にあり。
――彼方には羊が空を飛び、此方には山羊が弦を奏でる。
――地を行けば連理の枝の道しるべを辿れ。
――海を行けば比翼の鳥の導きを辿れ。
***
「どよーん・・・。」
「・・・す、すみません、クエスさん。そ、その・・・ご期待に添えなくて・・・。」
「謝ることなんてないぞ。聖職系への転職はこいつが勝手に妄想してたことだしな。」
あの事件から数日。ようやくこの世界の感覚を掴めてきた。スキルは無事、全て使えるようになったし、ある程度のコマンドならお手の物。装備の切り替えだってバッチリだ。
「でも、確かに、魔法職系か聖職系を目指していたはずなのに・・・。」
「そーですよーーー!!」
まぁ、女ドルイドのスリットを期待していたクエスが泣き喚くのは致し方ない。斯く言う俺も、ミリヤのスリットには非常に期待していた。よりによってクエスの求めていた露出の一番少ない職業に転職することを目指しているのだから。
「・・・こ、この街道を抜けたところに、白の都・・・に行くための拠点となる宿場町があるわけですね。剣士への第一歩です!」
そう、ミリヤは剣士を目指したのだ。まぁ、ステータス構成が攻撃力に偏っていたから、その選択は間違いではないだろうが。
ミリヤは相変わらず無表情ではあるが、少しは俺たちに慣れてきたみたいだった。
あの事件の後、目を覚ましたミリヤは突然涙ぐんで俺に抱きついてきた。相当怖かったに違いない。ミリヤは、あそこまで泣きじゃくる、普通の女の子だ。
守ってあげなきゃな、と、そう決心した。
――宿場町ラ・ステラ
「・・・! す、すごい!」
ミリヤが驚くのは言うまでもない。宿場町であるために、陸路、海路、行き交う商人たちが集う町、ラ・ステラは、はじまりの街ビギナと比べれば倍以上の広さがある。ラ・ステラは海沿いの渓谷に三層に分かれた街があり、最下層の第一層には行商船が数多く停泊し、新鮮な食材が溢れる市場がある。第二層には旅する冒険者や商人など、様々な人間が宿泊する施設が置かれており、最上層の第三層には、陸路を旅する冒険者たちのギルドや道具屋などが立ち並ぶ商業区となっている。
「セ、セイレンさん!崖に!崖に町がありますよ!」
何度も立ち寄ったことのある町なので、俺は今更新鮮さは感じないが、リアルで目にすると確かに絶景である。初めて来たミリヤにとっては、鼻息荒くなる光景だろう。まぁ、実際鼻息を荒くしているのだが・・・こういうところはクエスに似てきたな。
「まずは宿屋を探すか・・・。」
「セイレン様ぁ・・・今日は豪華なベッドで寝たいなー!」
「あ、あの辺なら手頃そうだな・・・。」
「ジャグジー付きのお風呂に入りたいなーーー!」
「お、この宿屋はなんか飯がうまそう!」
「にゃーーーーー!!」
ガブッ
「いってぇぇぇぇぇな!頭に噛み付くな!わかった、わかったよ!」
「さすがはセイレン様ですねー! うふふ。」
クエスの凶暴っぷりはさておき、どうにも宿屋が見つからない。どこも人でいっぱいだった。宿場町というだけに、人で溢れているようだ。しかし、このままでは野宿する羽目になる・・・それだけは御免こうむりたい。
***1時間後***
「一通り往復してみたが、クエスの欲するところの宿屋は見つかりませんでした。俺から一言みんなに提案があるとすれば・・・ちょっと妥協しないか?」
「うぅ・・・ぐすん。ジャグジー付きのお風呂・・・フカフカベッド・・・トランポリン・・・」
「・・・く、クエスさん、ベッドで遊ぶつもりだったんですね!」
「ダメだ、マジで妥協しよう。」
***さらに1時間後***
「夕暮れで、お腹もすいてきました。未だに優柔不断なクエス殿にお伝えしたい。こうもウダウダしている間に、譲歩すべき宿屋は全て満室になってしまいました。俺はお前を許さない!」
「・・・お、おちついてください! 二人とも! 火花を散らさないで!」
***さらにさらに1時間後***
「よっしゃーー洞穴だーー! 地底人追い出して、洞穴さ探すだーー!」
「・・・つ、ついにクエスさんまで気が動転してしまいました・・・最安値の宿屋まで満室に・・・ど、どうしよう。」
「結局野宿かよ・・・ついてないなぁ。」
空は星天に包まれていた。水平線の先には、薄赤く夕焼けの残照が心細しと点っている。こんな空を見上げながら寝るのも悪くなさそうだが・・・あそこのワガママヘルパーがそれを許さないだろう。
「こうなったら・・・頼りたくはありませんでしたが、セイレン様・・・。あそこに行くしかありませんね。」
クエスが指さしたのは、人が集まる街には大抵設置されている冒険者サポート施設。いわゆるセーブポイントだったり、様々なサービスを受けられることから、某有名なRPGをイメージした「Ria」プレイヤーからは“教会”と呼ばれていた。
実際のところ、まったくもって教会の雰囲気はない。
「ようこそいらっしゃいました、冒険者様。本日はどのようなご要件で?」
「えーっと・・・宿屋が全部満室になってしまって・・・ここに泊めてもらえないものかと・・・そこのヘルパーが。」
「おや・・・? おやおやおや??」
突然、カウンターで対応していたメガネでロングヘアーの女ヘルパーが、クエスに近寄りだした。
「これはこれは、クエスティナさんじゃあありませんか! このようなへんぴなところへお泊まりとは。」
「あー? うっさいわね、ゴミ虫。あんたみたいなまな板は包丁のサビになって捨てられちゃえばいいのよ。」
「だぁれがまな板だツインテドリル娘! あんたのそのドリルみたいなクリンクリンで地面に穴でも掘ってなさいよ!」
なんだかわからないが、二人とも顔見知りのようだ。
「もしもーし、ところで、泊めてもらえるんですかー?」
「はぁ・・・はぁ・・・す、すみません・・・ちょっと、調べてきます・・・。」
「・・・く、クエスさん、あの方はお知り合いなんですか・・・?」
「そう・・・あいつは史上最悪の敵・・・。」
「・・・て、敵なんですか!?」
「彼女の名前は、リク。リク・ルート。転職支援のスペシャリストよ。」
「思いっきりダジャレで名前つけたな、運営め・・・」
「お待たせいたしました。セイレン様ですね。御上から承っております。本日は是非、こちらにお泊りください。そして、明日ご出立なさる際には、こんな下賎な女とではなく私めがご同行致しましょう。こちらの可愛らしいお嬢様のご転職の道案内、務めさせていただきますわ。もちろん、陸路で、ですけどね。私、リク・ルートですので。」
「今回はそんなオチだったか・・・。」