Chapter.5 英雄の証
現実社会では無個性を貫いてきた。それでも、目立たない人生というのは、どこか刺激に欠けていた。そんな自分が唯一生き生きと、現実とは違った一面を見せられたのは、他でもない「Ria」だった。これが現実だったら、どれだけ楽しいんだろうと、かつて願っていたのは自分だ。誰よりも強く、カッコいい存在になりたかった。
「成りたい自分に成ればいい・・・。」
死の幻影種と衝突する。無表情に構える白銀のナイフが、闇のかかった靄の中にあって、いっそうまばゆく輝きを見せる。ゲームの設定上なのかはわからないが、非常に刃こぼれしているのがわかる。雰囲気だけは非常に恐ろしいが・・・
「前口上は一丁前だったな・・・死の幻影種。確か・・・殺した強者に成り代わるとかいう設定だったけな。」
なぜだろうか。俺がこの戦いに勝てなければ、ミリヤの命は失われる。もちろん、その時は自分の命も・・・コンテニューできる保証だってない。しかし、沸々《ふつふつ》と湧いてくる勇気と自信が、自分のすべきことを導いてくれる。これまでこの世界に来て勝手がわからないでいたことなぞ、とうに忘れてしまっていた。スキルの使い方も、装備の変え方もわからない。でもそんなことよりも、確かに感じる感覚があった。
ゲームでは、対象となるモンスターをマウスでクリックし続けることで攻撃ができた。あとはキャラクターのステータス、習得したスキルに応じて戦闘を行う。間合いを取ったり、攻撃スキルを使用する時はプレイヤーが操作する、という感じだった。
敵に意識を向ける。自分の中の感覚が呼び起こされるかのように、手練た剣士が如く動き出す。ステータスの「筋力」が敵の攻撃を受け止め弾く防御となり、ダメージを与える攻撃力を生み出す。「速力」が素早い身のこなしを可能にし、「技力」が的確に相手を捉える。身体が勝手に動いているのか、無意識なまでに直感で戦うことができるほど卓越した体技を自分から繰り出しているのかの判断さえつかないが、俺は自の手で剣を振るい、恐ろしい魍魎と渡り合っていた。
【強ガルノモ今ノウチダ・・・我ヲ捉エルコトナドデキヌ・・・!】
「おらっ!」
鍔迫り合いから一気に押し返し、全力で剣を振るった。死の幻影種は、朧げな風貌を闇に溶け込ませた。手応えがない。俺は一気にその靄の中に切り込むも、無意味に終わった。実体化させないとダメージは与えられないか。
「セイレン様!後ろです!」
背後から悍ましい闇の影がいっそう濃くなってその姿を現した。
俺は振り向きざまに渾身の一撃を放つ。かなりの手応えだ。コイツは攻撃に転じる瞬間に実体化する。行動パターンもゲームの時と同じだ・・・ならば!
背後から現れる一瞬を狙い、俺は何度もダメージを与えた。
【オォォォォオオォォォオオ!】
恐ろしい雄叫びを上げ、再び靄となって消えた死の幻影種は、気配こそあるもののなかなか姿を現さない。しかし、靄の集まるところを探せば、次の行動が予測できるはず。
【見クビルナヨ人間ドモガ・・・我ハ王都アストレリアノ闇・・・アストレリア地下墳墓ヲ治メル者・・・貴様ラ下等ナ人間風情ガ・・・我ガ身ニ触レルナド許サレヌ・・・】
案の定俺のすぐ後ろの地面に靄が集まりだしていた。俺は勢いよく斬りかかった。
「ダメ!セイレン様!」
その言葉で、俺は攻撃をやめた。集まっていたはずの靄が薄れ、その中にはミリヤの姿があった。
その一瞬だった。ミリヤに気を取られた俺は、まともに死の幻影種の攻撃を背後から食らってしまった。重い一撃だった。吹っ飛ばされた俺に空かさず追撃をかけようとしているのが見えた。“慈悲無き制裁”。即死効果を持つ死霊系スキルだ。
間髪入れず、そのスキルは発動された。
死霊たちの呼び声が靄の中から轟いた。恨めしき怨念の群れが、命あるものを冥界へと連れ去るがごとく。
そして、闇のエフェクトが頭上に現れた。──断頭台の召喚だ。
ドクロの手が俺の身体を掴んで離さない。一度このスキルを受ければ最後。決して逃れられない無慈悲な一撃。
首が固定された。──殺される。
必死で固定板にかまれた首と両手を動かそうとしたが、スキルによって召喚されたエフェクトは微動だにしない。
やがて、ギロチンが無情に、無造作に落ちていった。
「そんな・・・セイレン様・・・」
座り込むクエスを、死の幻影種の目が見つめていた。次はお前だ、と、その不気味な顔で微笑んでいるに違いない。
クエスを見下ろす死の幻影種は、再び“慈悲無き制裁”を発動しようとしていた。
怯えた目で顔が引きつったクエスを、死の幻影種は不気味を極めた表情で微笑むのであった。
「――スキル“猛攻突破”!!」
斬撃の衝撃波が死の幻影種を捉えた。斬撃の来た方向を死の幻影種は見た。不気味な顔が引きつっている。確かに“慈悲無き制裁”で仕留められたはずの俺が、剣を振り抜いていたからだ。
【・・・ガァ・・・ナ・・・ゼ・・・生キテイル・・・!?】
「確かに、お前はアストレリア地下墳墓のボスであることに違いはない。ただ、俺はお前より強かった、それだけだ。」
俺は勝ち誇っていた。まさにそのはずである。
「死の幻影種・・・お前を討伐するための水準レベルを知っているか?」
【キサマハ・・・ナニモノダ・・・】
「お前の討伐水準レベルは110。プレイヤーの平均レベルである98では到底太刀打ちできないだろう。残念だが・・・」
【オノレオノレオノレオノレオノレェェェェェェェェ】
「俺のレベルは・・・160だ。」
もはやそこには何の策もなく、ただ怒りと畏れに身を任せた悪霊が一身に突き進む姿しかなかった。
「スキル――“煉獄之波動”!!」
全ての怒りも、憎しみも、畏れも、何もかも、全身全霊の一撃をもって吹き飛ばす。地面に突き刺した剣の波動が、死の幻影種を切り裂いた。恨むような瞳をこちらに向けながら、悍ましい雄叫びと共に、死の幻影種はその姿を夜へと溶かし、消滅していった。
「いやー死ぬかと思った!」
「ホントですよ! っていうか、あのスキルを食らって生きているなんて・・・幽霊・・・じゃないですよね? なーんて、あはははは!」
俺が生き残れたのは、本当はレベルの違いなんかじゃない。下手をしたら死んでいたには違いない。俺が生存できたのは、この・・・パーティー用として最終日に商人から買った、“ウシミツドッキリ”の即死耐性のおかげなんだけど・・・。たまたま装備していて良かったけど、やっぱり格好はつかないな。
ミリヤは気を失っていた。擦り傷に近いものはあるが、大きな怪我もなく、命に別条はないようだ。
「とにかく、宿屋に戻ろう。」
そして、この一件はたちまち街に広まった。
――はじまりの街ビギナ「宿屋」
「なんだこれは!!」
「セイレン様ぁ? どうなされたのですかぁ?」
「どうもこうもないよ! 昨日の一件が新聞に出てるんだけどさぁぁぁぁぁぁ」
「どれどれ・・・あら?」
“頭にロウソクを差した変人救世主、少女を救う”