Chapter.3 はじまりの街 / 前編
広大なマップを誇る「RiaOnline」では、王都アストレリア、魔法都市クラ・ベジーナ、要塞都市ロジエ・ラプンテルの主要三都市からなる“サンシベリア王国”を主な舞台としている。サンシベリア王国から冒険が始まり、職業転職を第一の目標としてクエストが展開され、サブイベントやアイテム収集、スキル修練等の要素をクリアしていくことによってキャラクターを育て、より個性的に仕上げることができる。戦士系、魔法職系、聖職系、商人職系、学者職系、特殊な条件を満たした場合に就ける特殊職系・・・など、職業系統から上級職、最上級職へと枝分かれしていく。さらに言えば、その職業で取得するスキルの会得、属性の習得によっては全く違った性質のキャラクターを作ることができる。
その上、一人につき3キャラ分作ることができるため、職業に応じたダンジョン攻略や集団対集団で競う拠点争奪戦などでの戦略性が高まり、その成長と個性に応じた楽しみ方ができた。ちなみに俺は「大地の加護を持つ騎士」というクラスだ。地属性の習得をした、魔導系の攻撃スキルを持った戦士職系の最上級職である。
「よし、その調子!」
この世界にやってきてから偶然出会ったルーキーの少女。
未だに名前も聞けていない彼女と共に、はじまりの街ビギナまでやってきた。もちろん、初心者を応援するためである。いかがわしい理由など、微塵もない。
第二シナリオから導入されたという初心者訓練所のおかげで3年というブランクの溝はすっかり埋まり、「Ria」の基本動作についてはバッチリだ。当時読み飛ばしていた基本動作についての説明がこんなにも有意義なものであったとは・・・。しかし、NPCキャラである聖域の受付嬢ことシャルロッテちゃんがリアルだと意外と、こう・・・普通だったのには意外だ。二次創作などではチェリーをかわいがってくれる姐さん的存在で、M属性御用達のはずが・・・実際はなんだかどこにでもいるような会社の受付嬢となんら変わらなかった。
「モンスター討伐はこれくらいで大丈夫じゃないかな。アイテムも揃ったみたいだし、そろそろ転職だね。」
「・・・・・・あ、ありがとうございます!セイレンさんのおかげで、な、なんとかやり遂げることができました!」
相変わらず反応が遅いし、表情もぎこちないけど・・・ちょっとは慣れてきたのかな。俺も初心者のころは、こんな感じでぎこちなく動いてたっけか。
初心者の登竜門、アイテム集め。初級職業に就くためには、とにかく目の前に現れたゼリー状のモンスター、ゼルンを倒さなくてはならない。ゼルンから取れるゼラチナという、10個で1コインのアイテムを20個集めなければ、次のステージに立てないのだ。
「私の解説のおかげですねー♪スキル、黄色い声援が役に立つ時が来るとは・・・。」
「いや、お前はなんか実況解説者っぽい感じでただうるさかっただけだな。」
ドスッ。
「うぐっ・・・」
クエスのキラキラと眩しい笑顔から放たれるノーモーションパンチが俺の顔面に命中した。ある意味ではご褒美だが、コイツ、可愛い顔して結構バイオレンスなやつかもしれない。
「クエス・・・そういえばお前ってこの世界に来る時の“説明係”NPCだろ? なんでここまでついてきてるんだ?」
「ひ、ひどぉい! この世界ではまだ私のことが必要だろうと思ってついてきてるのにぃ・・・! ぐすん。」
「わ、わかった!ホントに助かってます! さすが! 大統領!!」
「えへへー♪」
『ホントマジでめんどくさいコイツ・・・』
「聞こえてまぁす♪」
「・・・・・・わ、わたしも、聞こえました。」
「うぐぐ・・・慣れない・・・考えダダ漏れじゃないか・・・」
狩りも一区切りし、俺たちはビギナ街から南方のビギナ平原から帰路についた。ゼラチナと一緒にドロップしたカンミの実をほおばりながら。
「ところで、君はどんな職業につきたいんだ?」
「・・・・・・え、えっと、ま、魔法使い系か、聖職系がいいかなと・・・。」
魔法使い系、聖職系は魔力を基本としたステータス構成の職業だ。しかし、その割には攻撃力にステータスが振られている気がするが・・・。
「お姉さんはねぇ・・・君は聖職系がお似合いだと思うなー! ドルイドに転職した時のあのコスチュームのスリットが何とも言えません!」
「・・・・・・く、クエスさん、そんなに鼻息を荒くされても・・・。」
「ヘルパーのお仕事は、冒険者様のご支援だからね♪ 近くの街なら魔法で転送してあげるよ! 聖職系なら、王都アストレリアだね!」
ヘルパーは基本的には各主要都市に数名配置される、冒険者サポートをメインとしたNPCだ。主要都市への転送、討伐ギルドの仕事斡旋、冒険の書への記録から、次のレベルへの経験値告知、解毒までやってのける、サポートのスペシャリストだ。
ヘルパーみたいな人たちが超絶面倒見の良い人たちが現実の世界にいたら、俺もブラック企業と対面することはなかったかもしれない。
「・・・・・・え、えっと・・・まだ聖職系に転職すると決まったわけでは・・・。で、でも、もう夜なので、今日は手頃な宿屋に泊まろうかと思うのですがお二人はどうされますか?」
「宿屋? ログアウトすればいいんじゃないのか?」
「・・・・・・ろぐあうと・・・? チェックアウトのことですか?それを言うならチェックインですよ! 早く済ませないと!です!」
「(ログアウトがわからないのか・・・? じゃあこの子は・・・)」
『その通り!この子はセイレン様と同じようなプレイヤーの方ではございません!』
『そうなのか・・・じゃあなんで初心者の聖域に?』
もしかしたら・・・とは思っていたが。実際それを聞くと、結構ショックだった。この世界観を再現するために、ゲームで言うプレイヤーのような役割を持った存在が冒険者として定期的に生み出されているらしい。もしや、プレイヤーの初心者加減を出すために、このルーキーっ子のような反応の遅さや無表情さで慣れていない時のチャットの雰囲気をわざわざだしているのだろうか・・・まさかな。
そう思うと、この世界の人物、キャラクター全てが人形のように思えてくる。こんなにもリアリティのある世界なのに。とはいえ、この子がこの世界で生まれたての初心者で、駆け出しの冒険者であることには変わりない。そして何より・・・可愛い。せっかく出会った縁があるのだから、せめて転職を終えるまで面倒を見よう。
これだけ手伝ったわけだし・・・もしかしたら、あんなことや、こんなことまで、あったりなんかしたりして・・・。
「1泊5コインね。えーっと、3人・・・でいいのかな?」
「はーい♪ 3人でお願いしまーす♪」
「じゃ、じゃあ階段上がって奥の部屋ね。今日は満室だから、あんまり騒がんでくれよ。」
なんでヘルパーのコイツまで泊まっているのか。しかも、まさかの相部屋とは。美人に美少女・・・ロウソクを頭装備した俺! 不自然だ。
「・・・わー!ベッド!気持ちいい♪」
「うふふ♪ ねぇ、ところでぇ・・・あなた、お名前は?」
「・・・私は、ミリヤ! よろしくです!」
「ミリヤちゃんって言うんだぁ♪ よろしくねぇ!」
「あ、そうだ!ミリヤちゃん、お風呂一緒に行かないー?」
「・・・いいですねぇ!入りましょう!」
「隅々まで洗ってあげちゃおっかなぁ♪」
そう話しながら、二人は大浴場へ向かっていった。
天国だ。生まれて初めて味わう、夢のような展開に、この世界に来てしまったことへの賛美を主に捧げます。こんな下衆な考えを持つ俺を祝福してくださる神様がいればの話だが。とはいえ・・・。
「ふぅ・・・疲れた・・・。」
それにしても・・・この世界が現実だなんて、信じられない。つい数時間前まで、俺はPCの画面の前にいて、気がついたらこの世界にいて・・・。
第二シナリオがどうとか言っていたが、果たして、かつての俺のキャラで、この世界に通じるのだろうか。考えれば考えるほど、わからないことだらけで押しつぶされそうになった。
「確かに・・・ベッドの感触だな。」
装備品の重さは感じないのに、触れたものの感触は確かにあった。
ベッドに横になると、ついウトウトと眠くなってしまった。もしかしたら、このまま眠ってしまえば、元の世界に――。
『セイレン様!!』
突然頭の中で叫び声が聞こえた。クエスの声だ。
『なんだクエス・・・熱湯でもかけられたのか・・・?』
『寝ぼけたようなこと言ってないで来てくださいよー! ミリヤちゃんが・・・ミリヤちゃんがさらわれちゃったんです!』