Chapter.2 ようこそ、RiaOnlineの世界へ。
変な夢を見た。見知らぬ土地に立っていて、血にまみれた体で、剣を握り締めていた。騎乗していた竜種は絶命していた。燃え盛る広間には自分以外に2人いた。懐かしい雰囲気がした。1人の女が魔法のようなものを唱えていた。1人の男はもの凄い勢いで突進していった。その先に立つ、銀色の甲冑に身を包み、闇のオーラを纏ったモノへと――。
俺も続いて行かねばならないと思った。自然と体が動いた。これまで感じたことのない力が湧き起って、力いっぱい剣を振るった。可視化されたエネルギーの波動が生じている。
打ち合わせ通りでは、この波動の範囲から即座に離脱しなければならない。一歩退くのが遅れた俺は、あるコトを覚悟したが、もう一人の男に助けられた。
闇の波動が空間を切り裂いていく。次元ごと飲み込むような膨大なエネルギーの衝撃が広がるのと同時に、女の唱えた魔法が発動した。波動と魔法がぶつかる。相殺された力の破片がキラキラと輝く。
もう一度俺ともう一人の男は突貫した。同時に技を発動させ、同時に挟み撃つ。そして、とどめの一撃を放つ――。
「――様。」
どこからか声が聞こえた。
「――レン様!」
声はどんどん近くなっていく。
「セイレン様!!」
「うおっ!?」
跳ね起きた拍子に、呼び声の主と頭がぶつかってしまった。
「もー・・・痛いじゃないですかぁ!!」
「いてててて・・・って、あれ、痛くない・・・」
ぶつかった箇所に触れた手を離すと、違和感を覚えた。
「ところで・・・なんで俺、甲冑着てんの?」
違和感の正体に薄々感づいてきた。
周囲の様子、目の前に映る頭を押さえた女の子、まるでアニメーションのような世界、そして、俺の格好・・・白銀の甲冑、白銀の篭手、白銀のブーツ、青いマント・・・。
「わかった・・・夢の続きだな! 頬をつねって痛みを感じなかったら、ほら、夢って言うし!」
「うー・・・私の頭の痛さはホンモノです・・・」
空は澄み渡るほど青く、入道雲みたいに大きな雲が浮かんでいた。湖の中に離れ小島のようなところがあって、そこに一本の木がそそり立っている。特に目立った特徴のある木ではないが、湖の離れ小島の中に、目立つものがこれしかない以上、幻想的と言わざるを得ない。俺は、そんな木の真下にいた。小島はドッヂボールなら十分に楽しめそうなくらいの広さだった。
辺りを観察しているうちに、少し離れたところに青光りした柱のエフェクトが現れた。光の中から人の姿らしきものが出てきた。どうやら少女のようで、あたり一面をキョロキョロとしていた。
「あれって・・・確か“ルーキー”の初心者装備の格好だよな・・・」
「そうみたいですねぇ。3年ぶりの初心者冒険者様かしら♪」
皮のマントに短パン、長袖の白いシャツに皮のグローブと靴。かつて俺が攻略した「Ria」の初心者装備だ。プレイヤー登録とアバター設定が終わると、誰もが最初に訪れる場所・・・ここは、はじまりの街ビギナだったのか。素通りしがちであんまり印象に残っていないけど、ここってこんなに綺麗な場所だったんだな。
「ということは、俺も・・・」
無意識のうちに受け入れつつあった。自分が目にしている光景が、現実のものとなったゲームの世界なのだと。唖然は既に通り越した。理性が無条件降伏を申し出ている。ここが、俺が生きていた世界とは別世界なのだといとも簡単に思い知らされる。
「ここって、本当に・・・」
本当に来たというのか・・・PCの画面の向こう側なのに・・・?
そりゃあ確かに、二次元の嫁に会えるならと何度も妄想したことはあったが・・・。
「ところで・・・えっと――」
「クエスティナです。クエスって呼んでね♪」
「そ、そうか。その、クエスティナ・・・さん?」
「こういう場合って、素直に女の子が読んで欲しい呼び方で呼んであげることですわよ!」
「・・・クエス・・・。」
「はぁい♪なんでございましょう? セイレン様♪」
聞きたいことは山のようにあった。このクエス・・・とか言う奴に、質問攻めでもしてみようか。しかし・・・それにしても、この容姿は絶品だ!
悔しきかな、現実になってしまったこの世界は、これまで3D平面上の画面で行えた絶妙なカメラワークによって見ることができたものがこっそりと見ることができない。わりと可愛らしいキャラクターデザインで有名だった「Ria」では、特殊な性癖を開眼してしまう強者までいたというのに・・・!
・・・いかん、冷静になるんだ俺。まずは状況の把握、そして、微量なるエロへの探求。よし、作戦は決まった・・・!
「・・・セイレン様?」
「え、えーっと・・・」
あまりに顔を近づけてくるものだから平常心ではいられなかったが、どうにか今の現状を確認すべく、尋ねてみた。
「コホン。では!御用命に預かり、説明させていただきます♪」
「・・・・・・あ、あの!」
クエスの説明を遮って、さきほどこの世界にやってきた(と思われる)女の子が話しかけてきた。こちらに近づいてきた。妙な間が起こったあと、再び女の子が話し始めた。
「こ、これから、どこへいったらいいのでしょう! わかりません! おしえてください!」
声はものすごく焦ってそうなのに、顔は無表情だ。
「えっと・・・確かこの先にある“聖域”って場所に行くと、色々と説明を受けるはずだから、その手順に従って行けば街に出られるはずだけど。」
『セイレン様、第二シナリオが導入されて、聖域には初心者支援場というところが導入されております。』
「へぇ、そうなのかぁ。」
クエスの声に反応したが、女の子は無表情でこちらを見つめている。妙な間が生まれた。何に首をかしげているのか・・・。
『ごめんなさーい、セイレン様!今セイレン様が聞こえているのは、“個人チャット”ですので、ほかの人には聞こえないのです!この子には、セイレン様が説明して一人で納得しているように見えているはず!』
「(それを早く言え!)」
『はーい、じゃあ今心の中で思ったことを個人チャットで言ってみましょう♪ 練習練習♪ あ、念じるだけでできるので!さぁさぁ!』
「それを早く言え!」
「・・・・・・ご、ごめんなさい。私、まだ慣れてなくて、話すの遅いんです・・・」
「(発言相手間違ったぁぁぁ!! 初心者みたいな間違えを・・・まぁある意味では初心者なんだけども!)」
『プププw セイレン様ってお茶目~かっわいい~♪』
『テメェ後でマジ覚えてろ、ぶっ飛ばしてやる』
『いや~ん! こわ~~い♪』
「(聞こえてるんかい・・・やっかいだな・・・)」
「・・・・・・でも、やっぱり直接面と向かって言われると、ちょっと傷つきますね・・・。」
「あ、ご、ゴメンゴメン! 実は個人チャットっていうのがあってだな!」
「・・・・・・こ、コジンチャット?」
『ちなみに、個人チャットを扱えるのは、私たちヘルパーと、ゲームマスター様とセイレン様だけですので、ご内密に♪』
「間違った! 腹話術の練習をしていたんだった! 今度仲間内で宴会があってね! 練習の最中だったんだよ!」
「・・・・・・そ、そうだったんですか!そうとも知らず、は、話しかけてしまい・・・す、すみませんでしたっ」
どうにかごまかせたみたいだが・・・無表情の割に謝る時の礼がものすごく早いな。なかなかユニークなルーキーだ・・・ちょっと手伝ってあげようかな。
ただ、何となくだけど、わかったことがある。この世界に入り込んでしまったことは事実として・・・にわかには信じられないけど・・・ゲームのキャラクターができていたことは自分にも感覚で使えることがわかった。問題はこの女の子も自分と同様に迷い込んでしまった人なのだろうか・・・それとも・・・。
「・・・・・・だ、だからそんな格好をしているんですねっ。本当は話しかけようかすごく悩んだんですけど、他に誰もいなくて・・・。」
「この装備の威厳に気づくとは、ルーキーとは言え御目が高いね。騎士クラスでの最高装備なんだぜ!」
「・・・・・・えーっと・・・その・・・2002というメガネと頭につけた丑三つ時に呪いに行くようなロウソクが・・・?」
「・・・え?」
そういえば・・・サービス終了時にお祭り騒ぎしたとき、調子に乗ってこんな装備してたんだった・・・。マジでダサい。