Chapter.1 「求ム、勇者殿」
西暦2025年。
過去の栄光を全て忘却の彼方に追いやって、俺は平々凡々として悶々とした日常を過ごしていた。ゲームで偉業を成しても、現実社会に影響はない。今日ではゲームをするだけで収入を得るという裏技社会が存在するが、そんなものは秀でた才能の持ち主にしか手にすることのできない所業だ。
つまらない日常でも、平凡な日常でも、平和であるならば幸せなことなのだろう。平凡に感謝だの、平和に感謝だの、そんなことはわかりきっている。
「そうであっても、人間である以上何らかの“刺激”が必要だ。偉い人には、それがわからんのです。」
と、こんな夜更けに家で仕事を持ち帰っている俺は、毎日のように残業と上司のメガネによって刺激的な日常を送っているのであった。
「偉い人よ・・・俺が求めているのはそんな“刺激”ではなくてですね・・・」
頬を伝う涙よ、これでも俺は3年前難攻不落と言われた鬼畜MMORPG「Ria」を攻略したのだ。そんな男が仕事帰りに新発売のコンビニ弁当を頬張り、むせた喉に黒烏龍茶を注ぎ込む毎日を送っているだなどと信じられるだろうか!
「――そうだったな。あのころは無我夢中でゲームに没頭していたっけか。ゲームとは言え、色んな人と出会って、狩りに行って、時には女性キャラに恋して、それが実は中身が男で・・・って、あんまり思い出したくなかったが・・・」
ピロリーン
「あれ・・・誰からだ、こんな時間にメールなんて。」
「差出人:RiaOnline開発チーム>
宛先:猿渡大河
【RiaOnline】Seilen様、「求ム、勇者殿!」」
「求む・・・勇者? なんだこれ。」
3年前にサービスが終了したはずの「Ria」運営からのメールだった。Seilenというのは、俺のHNなのだが、まだアカウントが残っていたのか。
「【RiaOnline】開発チームです。
平素は弊社サービスのオンラインRPG「RiaOnline」をプレイしていただき、ありがとうございます。
さて、既にサービス終了となっていた「Ria」ですが、この度第二シナリオを公開すべくβテスト版を公開することとなりました。
つきましては「Ria」第一シナリオ攻略者であるSeilen様にβテストをご依頼したく、メールを送らせていただきました。以下のURLに詳細がございますので、よろしければご参加くださいますようお願い申し上げます。
追伸;暑い時期が続いております。残業等で苦しまれている方には寝苦しい毎日だと存じますが、ご自愛くださいませ。」
「第二シナリオだって!? そんな噂どこにも流れてなかったけどな・・・。運営も人知れず働いていたってことか、やるなぁ。(追伸は余計なお世話だが・・・)」
しかし、こんな夜更けにメールを送ってくるなんて非常識にも程がないか?
って、もう夜中の3時か・・・! いい加減寝ないといけないだろうけれど、俺は無意識にそのURLをクリックしていた。
「へぇ・・・“魔王を倒した世界で――”って・・・プロローグに俺たちの名前まで載ってるじゃないか!」
URLの先にあったHPには、3年前俺たちが成し遂げた“魔王討伐”が伝説のように綴られたエピソードが掲載されていた。なんだか恥ずかしい気持ちにはなったが、悪い気はしなかった。
俺は3人パーティーの中で言えば前衛、戦士職ではあったが、Lv的にはパーティーの中では一番低かった。というより、他二人の廃人さに引っ張られる形で育ったから、おこぼれをもらっていたようなものだ。
「『英雄Seilen様と戦姫Elixia様、そして偉大なる勇者Acetes様によって世界は救われた』・・・俺英雄扱いされてる! うっひゃー!」
夜中ということもあり、急速にハイテンションになった。次のシナリオで、もしかしたら俺たちの像とかが建てられていたり、専用の職業とか、NPC化されたりとか・・・妄想を膨らませ、更にテンションが上がっていった。
興味津々となった俺は、時間も忘れてHPを読みあさっていた。
これから起こるであろう、我が身に降りかかる出来事を予想することもなく。
「新しいシステム、新しい職業は今のところ追加されていないようだけど・・・シナリオだけ変わったのかな。そういやちゃんと読んでなかったな、なになに・・・『――3人の勇者一行は、行方不明となった』・・・? え、そんな設定なの?
『それから数十年の年月が経過し、世界は再び混乱の世を迎えることとなる』
『行方不明となった3人の勇者一行によって』
・・・は? 俺たちが、混乱をもたらす・・・? なんだよそれ、俺たちはプレイヤーだろ? 月にプレイチケットだって買ってやっているのに・・・こんな扱いかよ。」
やめたやめた。せっかく人が悦っていたのに、ゲームクリアした英雄に対してこんな扱いするとは。そう思い、マウスを机に叩きつけ、画面から目を離した。
すると、突然PCの画面が切り替わった。
――ログインページが表示された。
突然気味が悪くなった。寝不足のせいではない。不快感を得る演出に、苛立ちさえ覚えた。
本来なら、画面右上の×印に直行なのだが、しかし、こんな扱いをされてまで自分の好奇心が上回っていたのか、ログイン画面から目が離せなくなっていた。
時計を見ると4時を回っていた。ため息が出た。テンションばかり揺さぶられるだけ揺さぶられて、このまま引き下がるのもな・・・。
そう思い、IDを入力した。
「あれ、パスワードってなんだったっけか・・・たしか・・・」
頭の中の引き出しを漁りながら、ようやく思い当たったパスワードを打ち込み、ログインに成功した。
「ほほぉ、ムービーが追加されてるのか。凝ってるな。」
『ようこそ、RiaOnlineの世界へ。
私はこの世界の冒険をサポートさせていただく、“ヘルパー”のクエスティアです!
(ほほぉ、ムービーが追加されているのか。凝ってるな。)
さっそくですが、Sei・・・len、セイレン、様・・・で、よろしいでしょうか?
(え、なにこれ・・・俺の名前の読み方を聞いてくるのか・・・“いいえ”を選んでみたい気持ちもあるが・・・“はい”っと。)
セイレン様、ですね♪ お待ちしてましたぁ!
伝説の英雄様とお会いできるなんて、光栄でーす♪』
「ボイス付きで言われると照れるな・・・。」
『セイレン様ぁ。今、世の中は大変なことになっているのです・・・。
セイレン様が魔王を討伐してしまったことで、世の中の秩序は乱れてしまいました。えーん。』
「はぁ? なんで俺らが攻略したことで秩序が乱れるんだよ・・・それにしても、ボイスがついているのはいいが・・・プレイヤーの名前まで読み上げられるのか・・・?」
『しかもプレイヤーの皆さんまでいなくなってしまって・・・クエスは悲しいです、ぐすん。・・・なんてね♪
と、いうわけでー、セイレン様にはこうなった責任を取ってもらいまーす♪
今からセイレン様にはこちらの世界に来てもらって、世界に秩序を取り戻してもらうことになりました! あ、これは御上からの決定事項ですよー?』
「なんか腹立たしいが・・・今回はそういうシナリオなのか・・・、っていうか、御上ってだれだよ・・・」
『御上ですかぁ? もちろん、我らが神たるゲームマスター様ですよ!』
「あぁ、なるほど、GMのことか。」
『そうでーす! ゲームマスター様の命令は絶対ですからね♪』
「・・・!? って、このムービー俺と会話してないか!?」
『えー? 今頃気づいたんですかぁ!? ひどぉい・・・。
・・・なんてね♪ まぁ絶賛混乱中のところ申し訳ないのですが・・・
そろそろこちらの世界に来てもらっちゃいますね♪』
「確かに絶賛混乱中だけども! あれ・・・急に、眠く・・・なって・・・」
いつの間にか意識が遠のいていった。意識の代わりに、頭の中で電撃のようなものがビリビリと走った。体中の感覚が消えていった。自分という存在がいなくなっていくような、そんな感じだった。




