魔女を倒した騎士のお話。
昔々、ある所に大きな国がありました。
そこの国では身分差別が激しく、
貧富の差も同じぐらいありました。
名もない人々が激しい労働に耐え、毎日やっとの思いで生活しているのに比べて、
貴族の人々は指一本動かさず、美食や芸術に走り、享楽に耽る。
そう言った国でした。
そんな国のお妃さまになるとして大事に育てられた女の子がいました。
彼女は大層美しく、両親の晩年に生まれた子供だったこともあって溺愛されて育ちました。
彼女の思い通りにならない事は何一つとしてなく、段々とわがままになって行きました。
ある時、噂が立ちました。
何でも貴族が庶民の子供を引き取って育てることにしたのだそうです。
女の子は大層興味を持ち、彼に会いたいと両親にねだりました。
勿論、その願いは叶えられました。
両親は彼女を男の子が来ている筈だからと言って、お茶会に連れて行きました。
女の子は彼に会えると思ってとてもわくわくしていました。
しかし、周りを見渡してもその子は見つかりません。
きっと熱を出してお茶会を欠席してしまったんだわ。と女の子はがっかりしました。
彼女はやがて人と話すのにも疲れて、庭の散策を始めました。
すると生垣から黒い毛がぴょっこりと飛び出していました。
動物好きの女の子は走り寄りました。
そこにいたのは黒い毛並みを持った犬ではなく、男の子でした。
けれども貴族の子供にはない何処か猟犬を思わせる力強さがありました。
貴方はこんな所で何をしているのと彼女は尋ねました。
皆は僕の陰口を言うから一人になりたいのだと彼は言いました。
黒曜石みたいで綺麗な子なのに、そう女の子がポロリと零しました。
男の子はまるで見知らぬ珍しい動物に会ったように、
彼女を一心に見つめました。
それから、二人は長い間話をしました。
彼女は男の子が貴族に引き取られたと言う庶民の子だと言うことを知りました。
彼は思っていたより粗野な所は全然ありませんでした。
男の子は中々新しい生活に馴染めていない事を語りました。
彼女も裕福だけど窮屈な毎日の話をしました。
彼女はあとで迎えに来た両親にカンカンになって怒られましたが、気にしませんでした。
男の子と女の子はそれからもこっそり会い続けました。
二人は長い時間を通じてゆっくりと心を重ねていきました。
しかし、とうとう彼女が王様に嫁ぐ時期が正式に決まりました。
婚礼の夜、女の子が窓際で物思い耽っていると人影が差しました。
それは男の子で、厳しい警備を潜り抜け彼女に会いに来たのでした。
彼は一緒に逃げて静かに二人で暮らそうと言いました。
女の子は黙って首を振り案した。
もし、頷けば一時の甘い夢を見ることが出来るでしょう。
それでも発覚すれば自分はおろか、彼の命が危ない事は火を見るよりも明らかでした。
彼女が嫁ぐと厳しい毎日が待っていました。
まず、王様には若く美しい愛人が複数いて、彼女とは政略結婚でした。
それは女の子も承知の上でしたがそれでも目に余る振る舞いでした。
そのなかでも特に美しい女性に王様は夢中になっていました。
そうして、その様子に臣下たちも彼女に重きを置いていきました。
女の子のプライドは深く傷つけられまいたが、表面上は黙々と王妃としての公務をこなしました。
しかし、王様が病に伏せるようになると状況は変化していきました。
王様は執務能力があった女の子に仕事を任せるようになり、
名目上は王様の功績となっていてもその手腕は段々認められるようになりました。
段々王様が執務に興味を示さなくなっていくと彼女はどんどん仕事にのめり込んでいきました。
やがて、彼女の事は影ながら国を支配する魔女と言われるようになりました。
女の子は一生懸命頑張りました。
そんな時、来年は酷い日照りとなり食物が碌に取れないだろうと言う情報を得ました。
彼女は飢饉に対する備えをしなくてはと周囲の反対を押し切り、例年より重い税を施しました。
日々の生活に限界が来ていた国民たちは怒り狂い、彼女を暴君だとする風潮が全土に広まりました。
それほど、国民たちは追い詰められた環境に身を置いていたのです。
それを聞いて驚いたのが男の子です。
彼は女の子を守る為にお城の騎士になっていました。
男の子が政治や人の噂に興味のない性格だったのが仇となり、知った時には手遅れでした。
内情をよく調べてみると内乱の兆しがはっきりとあることが分かりました。
楽観視する貴族の中、彼は女の子のもとへと急ぎました。
けれども、そんな状況を女の子は誰よりも把握していました。
こうなったのは慎重論を訴える臣下を無視した自分に責があると言うこと。
そして、もう今の貴族制度には限界があると言う事を彼に説きました。
そうして、黙って男の子に首を差し出しました。
彼は苦渋の想いで押し黙りました。
それでもこのままでは国が壊れてしまう事は明白でした。
男の子は国に仕える騎士でした。
彼女を守りたいと言う気持ちが本物なら、
国を守りたいと言う気持ちも本物でした。
そして、彼は小さい頃に女の子の願いは叶えると決めていました。
男の子は彼女に向けて剣を大きく振りかぶりました。
そしてその後、実質的な執務を行っていた王妃が逝去したことによる王宮内の混乱の隙を狙い、
国民たちによるクーデターが勃発し、それは成功しました。
魔女とまで謳われた彼女の影響力はそれほど大きかったのです。
樹立された新政権は身分にこだわらない今までの常識を覆す新しいものでした。
統治初期の混乱期を抜けて、彼等国民は長きにわたって自分たちの国を守っていくことになりました。