6話
「木村くん」
木村くんに話そうと思っていたことがあった。木村くんはいつものように、教室で本を読んでいた。
「なに、三厩さん」
木村くんは少し嬉しそうに答えた。何か良いことがあったのかな。
「あのね、私、県外に就職したお兄ちゃんが居るんだけど、今ちょっと帰って来てるの。それで、お兄ちゃんが実家にあるもの色々片付けてて、星に関する本で要らないの何冊かあるって言ってたんだけど、木村くん要らないかなと思って」
お兄ちゃんは色々手を広げて、片っ端から三日坊主になっていく。ギターもそうだった。星は確か、小さい頃に私が、よっちゃんにこんなこと教えてもらった!とか色々話してたら、よっちゃんに対抗心を燃やして、一時期はまっていたのだ。結局、続かなかったけど。この本、よっちゃんにでもあげてくれって言われたけど、よっちゃんはいいよ、って断った。なんだかひどく遠慮がちな子になっちゃったみたい。それで、木村くんに話してみたのだった。
「えっ、いいの?じゃあ、是非」
木村くんは遠慮がちながらも快諾してくれた。よっちゃんも素直に貰ってくれればよかったのに。
「じゃあ、月曜日に持ってくるね。何冊かあるんだけど…」
すると、木村くんが意を決したように言った。
「あ、あの、何冊も学校に持って来てもらうの悪いから、明日、三厩さんのうちに受け取りに行ってもいいかな。明日、ちょうど部活で○×山へ天体観測に行くんだ。その前に行けば、観測の時に部活のみんなでその本読めるし」
木村くんは話を紡いでいくかのように語った。確かに、○×山は家からもそんなに離れてないな。
「それじゃあ、そうしよっか。私の家はね……」
最寄り駅からの道順を説明している間、木村くんは嬉しそうにしていた。明日の天体観測が楽しみなのかな。
そういえば、○×山は小さい頃に近付くなって言われてたから、行ったことなかったな。星が綺麗に見えるなら、今度部活のみんなで行きたいな。
次の日。お兄ちゃんの休みが今日までだったので、朝に駅でお見送りした。灯希とよっちゃんも、お兄ちゃんを見送りに来てくれた。朝早かったので、二人はうちで朝食をとって、私の部屋で話をしていた。
「それが、お兄さんの星の本?」
よっちゃんが目線を本へ向けて言った。
「そうだよ。よっちゃんが遠慮するもんだから、木村くんにあげることになったよ」
そっか、と、よっちゃんが呟くと、灯希が言った。
「素直に貰っておけばよかったのに。お前ちょっと遠慮がちな所あるぜ?昔みたいにもっとドーンと来いよ」
なんとなく、言わんとするところが私と同じで嬉しかった。よっちゃんは困り顔で笑っていた。
「俺はお兄さんからギターの教則本貰ったよ。これで俺もギター上手くなるかな」
挫折した兄が使っていたものだから、どうだろう。
「まぁ、続けることが大事だよね」
とりあえず至極当然のことを言ってみたら、灯希は、
「だよな!」と、笑顔で言った。可愛い。
昼前には二人とも帰っていった。木村くんは何時頃に来るんだろう。観測は夜だろうから、夕方かもうちょっと前かな。お茶とか用意しておこう。
十五時を回った辺で呼び鈴が鳴った。出てみると、大きなリュックと手提げを持った木村くんが居た。
「こんにちは」
木村くんは少し緊張気味のようだった。
「いらっしゃい。あがってあがって」
木村くんを部屋へあげて、お茶を持って来た。木村くんは少し居心地悪いのか、キョロキョロとしていた。
「あ、そこに何か落ちてるよ」
木村くんが指差す方を見てみると、お札?の様なものが落ちていた。
「なんだろこれ。朝、灯希とよっちゃんが来てたから、どっちかが落としていったのかな」
仲良いよね、と、木村くんは少し俯きながら言った。
「幼なじみだからね。っていうか、ごめんね。こういうオカルトっぽいもの、気持ち悪いよね」
とりあえず、お札を手に取って座った。これは月曜に二人に直接渡そうか。いや、部活の時まで待って部長の居る所で取り出せば、部長がこのお札の意味を教えてくれるかもしれない。
「全然平気だよ。そういう話も結構好きだから、北山先生から話聞いたりしてるんだ」
「へぇー、そうだったんだ」
なんだか、木村くんは真面目そうだから、意外な感じがした。
「でも、北山先生って、想像してたのと結構違ってビックリしたよ。僕の姉が東高の卒業生なんだけど、北山先生は、真面目で暗い感じの人だったって言ってたから」
それは、確かにイメージと違う。見た目は確かに体悪そうで、近寄り難い雰囲気だけど、楽しそうに蘊蓄やオカルトを語る先生は、とくに暗いとか、そんな印象を抱かせる感じではなかった。
あっ、と言って木村くんは、持って来た手提げから小さな袋を取り出した。
「これ、クッキー、作って来たんだ。よかったら食べてください」
「へぇー、クッキー作るんだ?」
何だか新しい発見が多い日だな。
「うん、最近はまってて。誰かに食べてもらえる機会を窺ってたんだ」
その気持ちは分かる。私もはまってる頃は誰かに食べて貰いたくて、灯希や女の子の友達、家族と、手当り次第に食べてもらって、感想を訊いていたような。
「じゃあ、早速いただくね」
ひとつ手に取ると、木村くんがじっとこちらを見ていた。評価が気になる気持ちは分かるけど、見られてるとちょっと食べづらいよ……。
「あ、美味しい!」
普通に、美味しかった。もしかしたら私のより美味しいかもしれない。いや、それは悔しいから、互角くらいかな。
「凄く美味しいよ!」
二枚目をいただくと木村くんは、
「本当?何ともない?」と訊いてきた。それは心配しすぎだよ。
そろそろ○×山へ向かうと言った木村くんに本を手渡した。
「ありがとう」
木村くんは嬉しそうに本をぱらぱらとめくった後、俄に真剣な顔になった。
「み、三厩さん。大事な話があるんです」
私は急に変わった雰囲気に飲まれそうになるのを感じた。それと同時に、これから木村くんが言おうとしていることも、なんとなく分かってしまった。
「僕、初めて見た時から、三厩さんのこと、気になってました。それで、図書館で三厩さんを見かけた時、勇気を出して声掛けてみて。三厩さんは優しくて、こんな僕にも気さくに接してくれて。それでますます惹かれちゃって。竜飛くんや洞内くんと仲良さそうにしてるのみるとモヤモヤして。初めてこういう気持ちを知りました。」
木村くんは一呼吸置いた後、大きく息を吸って言った。
「好きです。僕とお付き合いしてください」
赤裸々に告白してくれた木村くん。彼の語った言葉には、共感できるところも多々あった。だけど、私の答えは決まっていた。
「ごめんなさい」
一瞬、あれ、と驚いた表情になった後、木村くんはそっか、と、納得するように呟いた。
「また月曜日に、学校で」
といって、木村くんと別れた。
月曜日。登校した木村くんは、別人のようになっていた。前よりも自信あるような感じで、積極的にクラスの子と話していた。最初は少し心配してたけど、吹っ切れて何かひとつ掴んだのかな、と思うと嬉しかった。
「好夜も見習えよ?」
と、灯希が茶化していた。
放課後、私は部室でよっちゃんと灯希にも見えるようにお札を取り出すと、部長に言った。
「部長、このお札って、どんな効果があるものかわかりますか?」
すると、よっちゃんがあっ、と言った。どうやらよっちゃんのものだったようだ。部長はお札を手に取ると、
「これはボクが好夜くんのために作った護符じゃないか!ダメだよ好夜くん、大事にしてくれなくちゃ!」
どうやら部長が作った物のようだった。
「土曜に無くしたんでもしかして、と思ってたんだけど、やっぱり交綾の家で落としてたのか」
よっちゃんは部長に叱られながら、大事そうにお札を仕舞っていた。
「それで部長、それはどんな効果がある物なんですか?」
これはね、と部長が微笑みながら言った。
「幸運の護符さ」
木村くんは惚れ薬を使ったのか。
使ったなら、お札のおかげで効かなかったのか、そもそもそんなもの作れないのか。
お札のおかげで告白されたのか、そもそも意中の人以外に好意を持たれることは幸運なことなのか。
色々すべてご想像にお任せします、という感じで。