5話
中間テストの一日目が終わった。テストは一日大体三教科ずつ、数日間行われ、その間、昼前には学校が終わる。今日の日程が終わると、お疲れ、と、灯希と交綾が寄ってきた。
「あー、数学ダメだったかもわからん!」
今日のテストの内容を三人で反芻していると、交綾に話しかけに来た人がいた。確か、木村くんだ。
「あの、三厩さん。よかったら今日も、一緒に勉強しませんか」
怖ず怖ずと話す木村くんは、勇気の人だなぁと思った。交綾は、
「もちろん良いよ!でも、木村くん頭良いから、私一方的に教えられる立場だよね」
木村くんは、そんなことないよ、と、はにかみながら答えた。二人はいつの間に仲良くなったんだろう。
俺も、木村くんみたいに積極的にならなきゃいけないと思った。たまに話しかけてくれる同級生はいるが、仲が良いといえるのは幼なじみ二人と、部長くらいだ。いつまでも意識して受け身ではいられない。だけど……。
夜になると俺はまた、海に来ていた。すると、同じく海に来ていた部長に話しかけられる。
「こら。テスト期間中なんだから、テスト勉強したまえよ」
部長はちょっとだけ畏まった風を装って言った。
「部長こそ、三年生なんだから、テスト大事じゃないんですか」
なんとなく乗っかって、ふざけ合うような形にしてみると部長は、
「ボクは勉強できるから、いいのさ」と、笑いながら言った。俺もですよ、と答えて二人で静かに笑った。
ここで部長と初めて会った日以来、たまにここで部長に会う。大抵二人で星や海を見ながら、学校のことや部活の延長のような話しなどをしている。俺は静かに語り合っているこの雰囲気がとても好きだった。無言も苦でないように感じていた。
俺は、今日学校で思ったことを素直に言ってみた。
「確かに、好夜くんはもっと積極的になったほうがいいかもしれないね。良い物を持ってても、それを紹介しなければ伝わらないよ。もの凄いイケメンだとか、余程興味をひく人でなければね」
そう言うと部長は、ポケットから何かを取り出してこちらに差し出した。
「何ですか、これ」
それはなにか、お札のような物だった。
「護符のような物だよ。部室の本にあったのを写してみたんだ。君が、良い方へ行くようにと思ってね」
はぁ、と、中途半端に返事をしてそれを受け取った。気持ちは有り難いけど。
「部長はこういうの、信じてるんですか?」
さあね、と含みをもったような笑いを浮かべながら、部長が続けた。
「まぁ、気休めみたいなものだがね。よく人は、占いとかジンクスの様なものも含めて、悪い方を覚えておきがちで、悪い方に関連づけやすいっていうだろう?でも、これはポジティブな意味合いを持って渡されたものだから、これを持ってるって意識しておくだけで、些細な良い事も覚えておけて、自信に繋がるかもと思ってね」
それに、とさらに部長が続けて、
「ボクがわざわざ君にだけ渡すんだよ」と言った。
なんだか背中を押してくれているようで、嬉しくなった。後は俺が頑張るだけだ、と、自分を奮い立たせながら、ありがとうございます、と、部長に伝えた。
結局、テスト期間中は交友関係を拡げることは出来なかった。しかし、交綾に、
「木村くんは天文部らしいから、話合うと思うよ」と言われた。
休み時間に木村くんが一人で本を読んでいた。これはチャンスだと思った。意を決して話しかけることにした。
「木村くん、何読んでるの?」
恐る恐る訊いてみると、木村くんは普通に答えてくれた。
「あの、星座のお話の、本だよ」
よし。ここからなんとか話を広げよう。
「俺も、星好きなんだけど、交綾から木村くんが天文部だって話を聞いてさ。天文部ってどんな活動してるの?」
上手く出来てるだろうか、と、ドキドキしていると、木村くんが言った。
「天文部はね、大体、星について話したりしてて。たまに、天体観測とかしに行くんだ。今度、○×山へ行くんだよ」
「あ、○×山って、俺とか交綾とかの生まれた町の山だ」
その山は俺の生まれた町にあったのだが、俺は行ったことがなかった。子供の頃に、山の方に近付いてはいけない、と、色んな親戚の人たちに言われたのだ。お化けだとか人攫いだとか、そんなのがいると言われたのだが、多分危ないだとか、何らかの理由で近付けたくなかったのだろう。だから俺は小さい頃から星を見る時は海側へ行っていた。その名残で、この街でも海へ行くのだろう。
「なんかね、○×山の上の方に凄く見晴らしの良い場所があるらしいんだ。南の空が一望できるらしいよ。というか、竜飛くんは他県の中学から来たってきいたけど?」
「ああ、昔こっちに住んでたんだけど、引っ越したんだ。交綾と灯希はこっちに住んでたときの友達だったんだよ」
「なるほど。三厩さんがよく竜飛くんや洞内くんの話をしていたのは、幼なじみだからだったんだね」
木村くんは何事かを納得するように言った後、続けて言った。
「そうだ。星好きならこの本貸してあげるよ。すごく面白いんだ」
そう言って木村くんは鞄から星の本を取り出して、渡してくれた。
「おお、いいの?ありがとう」
俺は本を受け取って、感謝を述べた。
「頑張ったじゃないか」
部活中に今日のことをこっそり部長に言ったところ、褒めてくれた。何だか子供っぽいかもしれないが、嬉しかった。
その日家に帰ると、どっと疲れが押し寄せて来た。思った以上に気疲れしていたようだ。でもこれから慣れていけば、必要以上に気を遣ったりすることもなくなるかもしれない。
なりたい自分をイメージしながら、掛け布団の中で膝を抱えて丸まって、眠りに落ちた。
借りた本を返そうと木村くんを探すと、木村くんは廊下で北山先生と何事かを話していた。北山先生が授業中に話が脱線している時のように楽しげに語っている。近付くと、惚れ薬、という単語が聞こえた。ミステリー研部員が言うのもアレだけど、胡散臭……。
そういえば、吉田さんも何か熱心に北山先生のオカルトを聴いていたらしい。北山先生は、自分の好きな分野のことを訊ねられて嬉々として語っているだけの様だけど、実際に吉田さんのあの儀式や、今木村くんが聴いているものなどを実行した場合、成功するのだろうか?
ふと、そんなことを考えてしまった。