4話
吉田さんの一件以来、灯希は少し元気のないような感じだった。私はというと、上手い言葉が見付からず、そっとしておくしか出来なかった。
灯希が吉田さんのことを少なからず好く思っていたことには気付いていた。というか、あからさまだったし。気を利かせて二人だけにしたりしたけど、やっぱり私は、どこかで嫌に感じていた。吉田さんに向ける表情を、どうして私にしてくれないんだろう。どうして私じゃないんだろう。そんなことを考えてしまった。
今、灯希は少しだけ元気になっているようだ。最近は部活の度にギターを弾いている。
今日の部活でも、灯希はギターだ。最近覚えたのであろう、某ハードロックバンドの有名なリフを何度も何度も繰り返し弾いて、ニコニコとしている。弾けるようになって余程嬉しいんだろうけど、灯希、ギターを挫折したうちのお兄ちゃんも始めの頃にそのリフばっかり弾いていたよ……。
すると、ギターを弾く灯希を見た部長が、ふむ、と呟いて、読んでいた海の本を置いた。なにやらがさごそと鞄を漁って、短い管のようなのが束になったものを取り出した。笛のような物なのかな、と見ていると、やはり、上の方をくわえこんで、ふーっと吹いた。だけど、上手く音が出ないようだった。
「部長、それ何なんですか?」
訊いてみると部長は、よくぞ訊いてくれた!と言わんばかりに答えた。
「これはね、パンフルートっていうんだそうだよ。洞内くんがギター弾いてるのを見て、ボクも何かやろうかなと楽器屋に行ったら店員さんがこれのこと教えてくれてね。好夜くんが好きそうだなと思って」
それを聞いたよっちゃんは、実物は初めて見た、と言った。
よっちゃんの話によると、山羊座になった牧神パーンが名前の由来になっている楽器らしい。そういえばよっちゃんも部長も山羊座だったっけ。でも、山羊っていうとこの間の頭を思い出しちゃうよ……。
簡単な説明が終わると、部長はまたふーっ、ふーっ、と勢い良く吹き出したが、やっぱり上手く音が出せないようだった。
「くわえこまないで、ふーってやるんじゃないですか?」
よっちゃんがジェスチャーで説明したが、よくわからなかった。すると、部長は不満そうな顔で、
「むぅ、だったら君が吹いてみてくれよ」と、よっちゃんにパンフルートを差し出した。
よっちゃんは困惑気味に、
「いや、無理です、無理です。たぶん俺も吹けないですよ」と断った。
「そっか、残念」
部長は少しだけ寂しそうに笑いながら答えた。部長は、意識してるのかな?
「そうそう、明日から中間テストが終わるまでは部活は休みだからね」
部活の終わり際に部長が言った。なんだか、少し部活が無いだけでずいぶん寂しいような気がする。それほどこの部活のメンバーで集まるのが心地よい、ということかもしれない。私の思い込みかもしれないけど、その感覚は、みんなで共有できている様な気がする。春休みの頃の気分が嘘のように晴れている。でもまずは、テスト勉強頑張らなきゃ。
テスト前日の休みの日、私は街の図書館に来ていた。うちでひとりで勉強するよりも、多少の人目がある図書館のほうが、サボらずに勉強できると思ったからだ。だけど、それは間違っていた。棚に好きな作家さんの本があるとついつい手に取ってしまう。図書館はおそろしいところだ。
こんなことなら誰かと一緒にテスト勉強することにすればよかった。周りを見ると、さすがは真面目な東高生、同じ学校の子が沢山居た。みんなテスト勉強している。
どこかに知り合い居ないかな。キョロキョロしていると、声を掛けられた。
「三厩さん?」
見ると、同じクラスの木村くんだった。
「木村くん。木村くんもテスト勉強?」
木村くんは少し俯きながら、うん、と答えた。
「あのね、よかったら、一緒に勉強しない?」
遠慮がちに言ってみると、木村くんははにかみながら言った。
「あの、ぜ、是非っ!」