3話
「この本、興味深いね」
吉田さんが手に取った本を開いて言った。
彼女は学校が始まってすぐに数日ほど休んでしまったために、まだ部活を決めていなかったらしい。そこでミステリー研究部の話をしてみたところ、興味があるとのことだったので、見学に誘ったのである。
今、部室は俺と吉田さんの二人だけだ。部長はなぜか来ていない。好夜は掃除の当番で、吉田さんを誘った張本人である交綾は用があるから先に行ってて、と言っていた。
これはチャンス、だと思ったのだが、会話の切り出し方に悩んでいる。遊ぶ約束を取り付けるまでいかないまでも、仲良くなる切っ掛けを作りたい。
吉田さんは本棚にあるオカルト関連の本を熱心に読んでいる。
「こんなの、父さんは嫌いだろうなぁ」
俺も本を一冊取って、そんなことを言ってみた。
「お父さん?厳しいとかですか?」
吉田さんが顔を本からこちらへと向けてたずねた。
「いや、父さんは熱心に神さまを信じてたから、オカルトとか大っ嫌いだったろうなと思って」
吉田さんは俺の口振りなどから、父がすでに他界している、ということを感じ取っていたようだった。
「嫌なこと訊いてたらすみません、そんなお父さんのこと、どう思ってました?」
吉田さんがなにやら真剣に訊ねている様子だったので、こちらも真剣に答えた。
「大好きだったよ。まだ俺も小さかったから、なんとなく、純粋で清廉な感じに惹かれてただけだったけど。後に経緯を聞いて、バカだとも思ったけど、それよりもやっぱり、尊いものと感じた。」
吉田さんはふいに、はっとした表情になると、俺の手を取って言った。
「あの、部活が終わった後、一緒に来てくれませんか。あなたに話したいことがあるんです。」
「おやおや」
気が付くと部室の扉の所で部長がニヤニヤしていた。
遅れて来た三人を交えて今日の部活が終了した。吉田さんは今日のところは見学で、入部するかどうかは後日、ということになった。
俺はというと、部活中、ずっと今日のこのあとのことを考えてドキドキしていた。
みんなが帰り支度を始める頃になって、北山先生がやってきた。
「みんな帰るところかい?おや、君は」
吉田さんを見て反応した北山先生に、部長が言った。
「新入部員(仮)さ」
「おお、そうなのかい?結構なオカルト好きっぽいものねぇ」
確かに、オカルトの本などを熱心に読んでいたあたり、そういうのが結構好きなのかもしれない。しかし、なぜ、今来た北山先生がそれを知っているのだろう。
「前に授業で北山先生がオカルトな話をしてて、興味があったんで授業後に先生に色々と話を聞いたんです」
吉田さんが照れくさそうに言った。先生、そのとき部活に誘えばよかったのに……。
用がある、と言って俺と吉田さんだけが校門前でみんなと別れることにした。
「おやおや」
部長がまたニヤニヤとしている。何故だか交綾が複雑そうな顔をしているように見えた。すると、部長が交綾の手を握って言った。
「それじゃあ今日は、ボクと好夜くんとで、交綾ちゃんを駅まで送り届けるとしよう。ほら、好夜くんは、反対側で手を繋ぐんだ」
交綾と好夜は少し照れくさそうに手を繋いだ。交綾を真ん中にして三人で歩く姿を見て、捕らえられた宇宙人の写真を思い出した。一番背の低い部長が真ん中だったら良かったのに、なんて思っていると、吉田さんに促された。
「行こう」
吉田さんに導かれて歩いているこの道には覚えがあった。部活で廃病院へ行った時の道だ。そういえばあの日、帰りに吉田さんを見たんだった。何をしにこんなところへ来ていたんだろう。なんとなくそんなことを考えていると、吉田さんが歩きながら語り出した。
「実は、私が学校休んでたのは、私の大切な人が死んじゃったからなんです」
「ご家族とか?」
「ううん。そのとき、お付き合いしていた人」
その言葉にショックを受けてしまった。人が亡くなったという話をしている時にこんなことを思うなんてダメだ、とも思ったが、どうしてもその気持ちから逃れられなかった。
「彼は私にとって一番大切な存在だった。私には彼しかいないと思っていたのだけれど、彼は東高落ちたのをすごく気にしてしまっていて。自分には勉強しか取り柄がない、なんて考えている、すごく不器用な人だったから。一年待つよって言ったのに、私のことも重かったみたい。あと、世間体とかも気にして、死んでしまったんです。」
「それは……、辛かったよな」
かける言葉が見つからず、月並みなことしか言えなかった。
「でも、大丈夫なんです」
突然、声のトーンが明るくなり、少し不気味に感じてしまった。そして、ある建物の中へと入った。どうやら、廃屋のようである。廃病院に近いことから、あの病院の関係者の家だったのかもしれない。
「あなたが居れば、彼にまた会えるかもしれない」
そう言って吉田さんは、ある部屋のドアを開けた。中の様子に、俺は絶句した。
床に大きな図形が描かれていた。そして、なんであるのかよくわからない物が沢山置いてある中に、山羊の頭を見つけた。おそらく、矢内のおじさんのだろう。驚いている俺に、吉田さんは言った。
「悪魔と契約するんです。だけど、私やこの土地には悪魔の存在が根付いてなくて。あなたなら、相対概念としてあるんじゃないかと思って」
体が震えてしまう。吉田さんは本気だ。至って普通であるかのように話している。
「吉田さん、止めなよ……これはまずいって……」
声も震えてしまった。吉田さんは少し感情的になって言う。
「どうしてですか!大切な人を亡くす気持ち、あなたならわかると思ったのに!あなたのお父さんにだってまた会えるかもしれないんだよ!?」
そんな、父さんはこんなこと絶対に喜ばない。
そうだ、これは、ダメだ。
「吉田さん、ダメだよ。死んだ彼氏さんだってこんなこと望んでない」
「あなたがどうして死んだ人の気持ちがわかるっていうんですか」
もはや吉田さんの語気はただただ冷たいものだった。それは、綺麗ごとにはうんざりしている、ということなのかもしれない。
「君が代償を払って、生き返って、そんなの望むわけないだろ。君の身勝手で彼を煩わしさに縛り付けちゃダメだ」
俺の言葉は吉田さんに届かないかもしれない。でも、言わなきゃいけないと思った。
「死んだ人も、生きてる友人や家族も、君が背負い込むことを望んじゃいない。今がすべてと決めつけないで。いつかまた会えるまで、ちゃんと現実を見て進むのが、愛してくれた人のために出来ることだよ」
「わかんない……わかんないよ……」
吉田さんは堰を切ったように泣き出した。
吉田さんにしっかり休むように言い、家まで送り届けた。次の日、好夜と交綾にだけ事情を話し、部活後に三人で吉田さんが儀式用に用意していたものを燃やしたり埋めたりした。
「今日はボクだけ仲間はずれなのかい?」と、校門で部長が寂しそうに言っていたが、あまり吉田さんのことを言い広めることに抵抗があったので、同級生二人までにとどめておいた。
その後、吉田さんは大丈夫だろうかと意を用いていたが、数日休んだ後、登校し、野球部のマネージャーになったという。同じクラスのある野球部の男子が吉田さんを励まし、良い感じになった末のことだそうだ。その男子の言葉の方が心に届いたんだろう。
彼女の方が心が強い、と思った。偉そうに語った俺の方がまだうじうじしている。
なんとなく、入学祝いで貰ったお金の残りで弾けもしないギターを買った。
部活中にビートルズの曲をクラプトン気取りで弾いてみたら、
「弾けてないよ」と、三人に同時に言われた。
泣けなくて、笑ってしまった。