2話
朝。学校へ向かうために家を出ると、会いたくない人に会ってしまった。矢内のおじさんである。
「おう、灯希くん。学校かい。東高さ通ってるってきいたえ」
はい、と、当たり障りのない返答をして急ぐ風に去ろうとすると、矢内さんが続けて言った。
「そういえばねぇ、去年の暮れにうちの山羊が殺されてたんだけど、一昨日、二匹目が出たんだ。また首をもがれててよぉ。灯希くん、何か怪しい人とか見なかったか?」
普通の聴き取りのように喋っているが、俺を疑っているという話を聞いたからか、鎌をかけているというか、皮肉っぽく聞こえてしまった。
「見てないです。」と、わざとうんざりした感じに言い、その場を去った。
朝から最悪の気分だ。だからここには居たくないんだ。
父さんごめん、俺は奴らが嫌いです。ここから連れ出してください。
「おはよー」
「おっす」
交綾からの挨拶に、落ち込んだ感じを滲ませないように応えた。
「……なんかあった?」
心配されてしまった。こいつはたまに鋭いようである。
「いや、大丈夫だって」
まだ怪訝そうにしていたが、深く追求して来ないのが交綾なりの優しさなんだろう。しかし、電車を待っている間、お互い少しだけ無口になってしまった。俺は他に東高の同級生居ないかな、なんて、辺りを見回してみた。この町の中学で東高へ行くのは二人だけだが、ここが最寄り駅の他の中学から通う子なら居るかもしれない。昨日までの通学でそのような子には会わなかったのだが、今の俺らには間に誰かいた方がいいかもしれないと思ってしまったのだ。
交綾も同じ様に思ったのか辺りを見回し始めた。そしてある方で目をとめ、話しかけてきた。
「ねぇ、あれって吉田さんじゃない?」
吉田さんと言われた女性もこちらに気がついたようで、つかつかと歩み寄ってきた。
「あの、お隣のクラスのかたですよね。私、吉田っていいます」
吉田さんは良い出会いをした、というような表情でにこやかに話した。
「やっぱり吉田さんだ!私、隣のクラスの三厩交綾っていいます。こっちは洞内灯希です」
交綾に促されて、はじめましてと応えた。
「同じ学年の人に会えてよかった〜」
吉田さんがホッとしたように言った。
電車に乗り込み、話を聞いてみると、吉田さんは学校が始まってすぐの頃、何日か休んでしまい、クラスに溶け込み損ねたのだそうである。そこで何かきっかけを作りたくて、いつも乗っていた電車のひとつ後の電車で行こうとしたところ、俺たちに会ったのだそうだ。
「なので、よかったら仲良くしてください」
吉田さんは一通り経緯を話し終わった後、照れくさそうに言った。
「もちろん、いいよ!なっ?」
そう言って交綾の方を見ると、交綾は笑顔で答えた。
「うん!吉田さん、こちらこそよろしくね!」
よかったぁ、と、吉田さんは安心したかのように笑いながら言った。その笑顔に、ドキッとしてしまった。
昼休み。いつもは交綾と好夜と三人で昼食をとっていたが、今日はあらかじめ吉田さんも誘っていたので、四人での昼食だ。たまには、と、交綾が提案し、みんなで屋上へ行くことになった。
屋上では既に少人数のグループ二つがあった。俺たちはまだ空いている所へ陣取った。
屋上での昼食は初めてだったが、あたたかく穏やかな風が心地よくて、何だか朝の気分が嘘だったかのように爽やかな気持ちになった。交綾の提案に感謝だ。しかし、心地よい風を運んでくれているのは場所だけではないのかもしれない。ニコニコと話している吉田さんの言葉や動作、その一挙手一投足に、同意できたり、新しい発見があったり、そんな気がした。自分の気持ちをうまく自分に説明できなかったが、どうしようもなく惹かれている、ということは理解できた。
あんまり見つめていてはダメだ、と、交綾の方を見ると、交綾と目が合ってしまった。交綾はすぐに俺から目を逸らし、また吉田さんと話しはじめた。
好夜は購買で買ったパンを食べ終えた後、校庭の方を見ながら、話に参加していた。好夜の隣へ行き、同じ方を見てみると、流華部長が友達とバドミントンをしていた。
部長の空振りを見て、二人で笑った。