1話
今日最後の授業は科学だ。科学は担任の北山先生が担当である。
既に通常の授業が一周し、大体の先生の授業スタイルは把握した。あの先生の授業は眠くなるよね、あの先生の授業は楽だよね、なんて、生徒間での噂は本人達に知られているのだろうか。
北山先生の授業は個人的に好きである。ちょくちょく話が脱線し、興味深い小咄や蘊蓄を披露してくれる。特にオカルトチックな話を楽しそうに語ってる姿やその内容は、結構好きだったりする。ひどくやつれていて体が心配になるけど。
終わりのチャイムが鳴ると北山先生は、思い出した風に、
「そうそう。最近、うちの生徒を深夜によく見かけるって報告があったそうだから、夜中あんまりうろうろしちゃダメだよ」と、言った。
俺の散歩もダメなのかな。
授業が終わり、ミステリー研究部での活動が始まる。灯希や交綾と連れ立って部室へ向かったが、部長はまだ来ていなかった。
部室はわりとこざっぱりとしている。怪しげな造型物やオーパーツ的なもので雑然とした空間を想像していたが、怪しげな本の並ぶ本棚以外は至って普通だった。部長は、
「君たちも好きなものを持ち寄って、好きに使っていいからね」と言っていたが、遠慮しているのか、俺を含めてまだ誰も、特に持ってきたものはない。
部長の使っている机には海に関する本が積んである。なんとなくそれを眺めながら三人で話をしていると、部長がやってきた。
「やぁ、掃除で遅れてしまったよ」
多少慌てて入ってきた部長は、部活を楽しみにしているといった感じがして、なんだか自然と笑みがこぼれてしまった。しかし、現在これといった活動はしていない。なんとなく雑談して、たまにオカルトな話になって、心理的な理由じゃないか、などと結論づける。そんな風に数日を過ごしていた。
「なんか身近でおきないっすかねぇ」
唐突に灯希が言った。みんな非日常感に飢えているのである。
「この学校には、何か噂とかないんですか?七不思議とか!」
交綾がキラキラした目を部長に向けて言った。
「うーん。昔、ここの生徒が亡くなったという話は聞いたことあるんだけどね。ボクらが生まれるよりも前の話だし、その人の幽霊が出るとか、そんな噂も聞かないね」
そっかぁ、と、交綾が呟くと、今度は何事か思案していた灯希が言った。
「そういえば、部長の口調ってちょっと変わってますよね」
会話が脱線しはじめたなと思ったが、確かにちょっと気になった。
「これかい?くだらない理由だよ。中学生の頃にさ、何だか女性として意識されるのが恥ずかしくてこんな喋りかたにしたら、癖になってしまったんだ」
「あ、分かります!」
交綾は同意したが、俺と灯希はへぇ、といった感じだった。多少、部長のことが知れて嬉しくはあったが。
「そうだ、退屈しのぎに心霊スポットにでも行ってみるかい?我が部では定番のような場所なんだ。ただ、何度も行ったことあるけど、不可解な現象が起きたことはないんだ。雰囲気はあるけどね」
「いいっすね!行きましょうよ!」
灯希が元気よく答えた。今日の夜で大丈夫っすか、という灯希の言葉で、北山先生が言っていたことを思い出した。
「あの、先生があんまり夜中に出歩くなって言ってたけど、いいんですかね?」
遠慮がちな俺の問いかけに部長が答えた。
「洞内くんや交綾ちゃんの帰りの電車のこともあるし、そんなに遅くなるつもりはないさ。その場所はあんまり人の通らないところだから見つかることもまずないだろう。それに、」
部長は笑いながら答えた。
「君がそれを言うかね」
部活が終わり、みんなで近くのファーストフード店で軽く腹ごしらえをし、その場所へと向かった。街中から少し離れたところにあるという廃病院がそれらしい。なんともありがちというか、王道というか。
歩いて行くに連れて、建物が少なくなっていった。辺りが閑散としていくにしたがって、霧が濃くなってきたように感じる。そして、目的の場所へと着いた。
確かに雰囲気のある病院だった。かつて人が沢山居たのであろうというという痕跡が、今の雰囲気に荷担しているのだろう。なにか、不気味さと同時に、寂しさを感じさせた。
「それじゃ、今日はみんなで軽く中をお散歩、といった感じにしようか」
懐中電灯を持った部長を先頭に、みんなでぞろぞろと、中へ入って行った。
「いやぁ、実に面白かったよ」
帰り路、笑っている部長らと違って、俺は消えてしまいたかった。
「好夜お前、怪談だのホラー映画だの好きなくせに」
と、灯希が大声で言う。
「いっちばん、怖がってたねー」
交綾もお腹をおさえながら笑っていた。
「びくっ、びくっ、て反応、可愛かったよ、好夜くん」
結局、病院では何も起こらなかった。なのに俺は、小さな物音などに過剰に反応してしまったのである。あまりにも怖がるんで、途中からは度々、この三人にも脅かされてしまった。
「俺は怖い話は好きだけど、それは怖いもの見たさなんですよ。ホラーとか観た後は背後が気になって、壁に背中を預けたり、毛布をかぶったりするんです!」
もはやどうにもならないので、居直ることにした。部長はまだ、可愛い可愛い言っている。
恥ずかしさを振り払って前を向いたところ、人影が見えて、またヒッ、と声を出してしまった。
「まーだ怖がってんのか」
灯希が言ったが、三人とも俺に遅れて人影を確認し、足を止めた。
「あれ、あの子確か隣のクラスの吉田さんだよ」
交綾が顔を見て言った。確かに見覚えのある顔だった。
「おーい、吉田さーん!」
吉田さんは交綾の呼びかけに一度こちらを振り向いたが、すぐに顔を戻してふらふらと歩いて行ってしまった。
「霧で気付かなかったのかな」
こんな時間にどうしたんだろうね、という部長の言葉に、散歩ですかねと答えた。