プロローグそのに
北国の春休みはまだまだ寒い。ぱらぱらと雪がチラつくこともある。
沢山の親戚から高校の入学祝いとしてお金を頂いたが、物入りであろう母へほとんど渡した。今日はそのお金から制服を買いに行ったところ、交綾に会った。
田舎は狭い。
現に今もこうして歩いているだけで、こうやって話しかけられる。
「あらぁ、洞内さんとこの灯希くんじゃないの。ほんにまぁ、よぉおがって」
狭いだけでなく、田舎には蜘蛛の巣のように張り巡らされたネットワークがある。善かれ悪しかれ少しでも目立とうものなら、個も戸も有名人だ。
特に俺のうちは旧家であるために、俺でさえ知らぬうちに有名人である。
「こんにちは」
どこかで見たことのあるおばさんだったが、思い出せないので、とりあえずにこやかに挨拶してみた。
「東高だってねぇ?勉強できるのねぇ」
「いやいや、受験勉強めちゃくちゃしんどかったっすよ」
東高は近くの街にある進学校だ。俺の成績では受かりそうもない学校であったが、とにかく、勉強した。交綾も付きっきりで教えてくれた。結果、うちの中学からは俺と交綾のふたりが東高に合格し、その噂もいつのまにか、広まった。
「あ、そういえば、矢内のおじさんわかる?」
「あぁ、知ってますよ」
矢内のおじさんはうちの遠縁らしく、何度か顔を見たことがあった。
「あの人ねぇ、山羊飼ってたでしょ?その山羊がね、殺されてたらしいのよ」
「ええっ!何でまた?」
「理由はわかんないんだけどねぇ、首だけ、持って行かれたらしいのさ」
失礼ながら、興味を惹かれてしまった。何にもないド田舎にいるためか、少しでも異常なというか、非日常的なというか、その様なものに強く憧れている。
「それで、その、言いにくいんだけどね……矢内さんは陰で、灯希くんがやったんじゃないかって言ってるらしいのよ」
「……は?」
興味深い話だと思ったら、知らぬ間に意味の分からない嫌疑がかけられていた。いや、なんとなく自分が疑われている理由は想像がつくが、それが理由であるならば、せっかくの興が殺がれる。
「いやね、矢内さんは、こんなことするのは頭のおかしい奴に違いねぇ。頭のおかしい奴の息子である灯希に違いねぇって言ってるらしいのよ。あ、もちろん私はそんな風に思ってないからね?」
「なるほど……」
「だからね、今はあんまり矢内さんのそばへは行かないようにしときなさいな」
そういうと、おばさんは夕飯の買い物を済ませにスーパーへと向かっていった。
矢内の言っていた頭のおかしい奴とは父のことである。
父は、洞内家の長女である母と結婚した。元々この町の出身でなかった父は町での洞内家の影響力にびっくりしたらしいが、その影響力と陰湿さが、父をおかしくしてしまった。
父には信じている神さまがあった。しかしそれは、洞内家の信じるものとは違っていた。
洞内家は父に改宗を迫った。しかしそこは父にとって譲れないところであったため、確執が生まれた。
父は純粋に、自分の信じている神さまによって洞内家の人々や町のみんなが救われることを望んでいたが、洞内家が敵にまわったことで、その影響力から、町のほとんどの人が敵にまわってしまった。
いや、正確には、触らぬ神に祟りなしといったところだろうか。町の人たちはとにかく厄介ごとを避けたかったのだろう。
そのため表立った弾圧はなかったが、みんなの冷たい目と言葉は父を追い込んでいった。そのうち父は、一日中、祈り続けるようになっていった。尚も祈るのは自分のことのみならず、家族のこと、そして、町のみんなのことだったそうである。
母はなんとかするよう実家に掛け合ったがどうにも叶わず。また、父を慰めようにも、痛々しいまでに純粋であった父に対してかける言葉が見つからなかったそうだ。
そしてある日、父は死んだ。俺はまだ四歳だった。
その後、母は俺を育てるために実家へと戻ることになり、今は叔父の興した会社で役員をしている。
父は居なかったことにされ、父の話はタブーになった。矢内のおじさんのように隠れて悪く言う人もたまにいるようだが。
俺から言わせれば、みんなバカである。旧態然としたうちも、鬱陶しいほどに密なくせに厄介ごとは見て見ぬふりの町も、そんなもの総てを捨て置けなかった愛する父も、だ。
お爺さんは俺には優しい。父の子であろうと初孫だから。優しいから、将来のことまで用意してくれようとしている。だがそれは、俺の望むものではない。
優しさと謳ってこの町に、お爺さんの目の届くところに、俺を縛り付けようとしている。
東高に入ったのは俺の小さな反逆だった。俺はいつか、何者かになってこの町を捨てる。
まだ何も持っていない俺はきっと、高校で何かを見つけるんだ。




