9話
「今、部室にいるよ。親御さんが迎えに来てくれることになったそうだから、それまで部室で待ってるそうだよ」
そのように伝えると、北山くんは頷いて、了解です、と言った。
まだ夏の暑さを引きずりながらも、秋の匂いが感じられる季節になった。
そんな今日、この街に、台風がやって来た。
遠方から通っている生徒は、交通機関が止まってしまったため、早々に休みということになったが、徒歩や車で既に登校してしまっていた生徒は、保護者へ連絡して迎えに来てもらうか、台風が遠ざかり少々弱まるまでは立ち往生、という具合になっていた。
ボクが部室へ行くと、好夜くんが居た。彼だけ、登校済みだったらしく、親御さんが来るまで部室に居る、ということだったので、その旨を北山くんに報告したのである。
報告を終え部室へ戻ると、好夜くんは静かに座っていた。
ボクも同じように席に着く。
彼とは無言も苦にならない。ボクは近くにあった本を静かに手に取った。
ペラ、ペラ、と、ボクのページを繰る音と、風が窓を叩く音だけが、部室に響いていた。
好夜くんは何事か考え込んでいるようである。どうしたのか訊ねてみようとしたところ、彼は何か決心したかのように口を開いた。
「あの、花火、楽しかったですね」
なんだ、世間話がしたかったのか。本を閉じて彼の方へ体を向ける。
「ああ。またいつか、みんなで行こうね」
はい、と返事をして彼がまた口を開く。
「それで、次の日解散した後知ったんですけど、うちの父がここの学校出てて、ミステリー研だったそうなんです。当時の写真見せてもらいました」
はっとした。そうか、初めて会ったとき、同じ名字で少し気になっていたが。それじゃあ、好夜くんは、気付いてしまったんだね。
「部長が前に話していた、この学校で昔死んだ生徒って、部長のことなんですね?」
ボクは、そうだよ、と答えた。
「ボクは二年の頃に死んでしまってね。北山くんや君のお父さんは、同級生で、部活仲間だったよ」
ボクの告白を、好夜くんは黙って聞いていた。頑張って受け止めようとしているのかもしれない。
「何か、やり残してたことがあったんですか?」
頑張って口を開いた好夜くんの声には少し、涙が滲んでいるようだった。悔いがあって成仏できなかったと思ったのかな。
「いいや。ボクはね、呼び出されてしまったんだよ。だけど、君たちと過ごしてたら、こうして生きればよかったとか、今更ながらに思ってしまったよ」
それを聞いた好夜くんは、一度目を擦るような動作をした後、まっすぐにボクを見つめて言った。
「部長、一緒に来てください」
好夜くんに促されて向かった場所は、昇降口だった。
外に車が一台停まっていた。駐車場も超えてこんなところまで乗り入れて来るなんて、教師に見つかったら怒られるぞ、なんて軽口をたたこうとしたが、驚いたような顔で運転席から降りた人を見たら、声を出せなくなってしまった。
その人は、好夜くんのお父さんで、ボクが生前、片想いしていた人だ。
「どうして……」
近付いて来るなり困惑した様子で言った彼に、ボクは自然とあふれていた涙を拭って、当時の気持ちを打ち明けてしまった。
「私、あなたのことが、好きでした」
「……気付いていたよ」
彼は穏やかな表情になっていった。
「ただ、君の気持ちには答えられないから、君に恋愛相談なんかしたりして、君の気持ちを無視してたんだ。ごめん」
やっぱりそうだったのか。当時はそれをされるたびに、嫌な気持ちになって、気持ちを整理できない自分を持て余してたっけ。
「あれは、結構キツかったんだよ?」
ごめん、と言いながら彼は続けた。
「後悔していたんだ。君がそういうのを気にして、死んでしまったんじゃないかと思って」
暗い表情になって言う彼の瞳は、少し濡れていた。
「それは、君、自意識過剰さ。ボクはね、恋愛とかそういうの抜きにして、ミステリー研を気に入っていたんだ。三年生になって、さらにその先、とか、この時間が無くなっていくんじゃないかなんてバカなことを考えて、死んでしまったのさ」
そう言ってボクは、好夜くんを見つめた。
「ミステリー研の現部員、好夜くんやその友達に教えられたよ。それは杞憂だったんだってね」
好夜くんは少し居づらそうにしていた。父親と先輩がこんな話をしてるんだもんな。
三人で外へ出ると、いつの間にか台風は去ってしまったようだった。雨で濡れた土が、秋の匂いを運んでくれている。
「好夜くんたちになかなか言い出せずに困っていたんだが、明日、ボクは還るよ」
えっ、と、好夜くんは言った。
「元々、期限付きの契約なんだ。台風一過。テューポーンが去り天に召し上げられたあの神さまの星座は昔、神々の門と呼ばれていたんだろう?天国へ行けるように、祈ってくれよ」
好夜くんは、はい、と頷いた。
台風一過の秋晴れは、清々しく、空がとっても高く見えた。




