8話
北国なのに、夏は暑い。うだるような猛暑の中、汗を拭いながら、ミステリー研一年生部員三人で雑談していた。
夏休みは既に半ばへと突入していた。ミステリー研は緩いため、特に休み中の活動はないのだが、夏休み中もほぼ毎日のように講習があるので、講習が終わった後に何となく集まるのが習慣になっていた。
しかし部長は三年生で講習が長いため、大半を三人で何となく過ごしていた。
「やっぱり、これからは部長と過ごす時間、減っていくのかなぁ」
交綾が物憂げに言った。この部活には特に引退などは無さそうだが、既に三年生は受験モードに突入している。部長との学校生活も、もう残り少ないだろう。
「そういえば、部長って、大学どこ受けるんだべ?」
灯希がギターを触りながら言った。確かに、部長の進路の話は聞いたことが無かった。頭が良いというのは聞いていたが。
「灯希と交綾は、もう進路とか決めてる?」
なんとなく聞いてみたが、二人とも、うーん、と唸るだけだった。
「よっちゃんは、もう決まってるの?」
いや、としか答えられなかった。本当は、この時間がずっと続けばいい、なんて考えたが、そんなことは言っていられない。部長をはじめとして、みんな、確実に選択の時は迫っている。
きっと、みんな県外の大学へと進むんだろう。
それでも、ずっと、四人の時間は持ち続けたい。そんなことを思ってしまった。
「やぁ、今日も集まっているね」
部長がやってくると共に、少し重くなっていた部室の空気が一変したような気がした。この人はいつも爽やかだ。きっと、どんなに暑くても汗はかかないだろう。
お疲れさまです、と三人揃っていうと、部長はニコッと笑って席に着いた。それとほぼ間を空けずに、交綾が部長に話しかけた。
「部長、来週の夏祭り、みんなで行きませんか?」
お、いいな、と灯希が同意したが、部長はうーん、と唸って、
「ボク、人混み苦手なんだよなぁ」
と、言った。
「あっ、俺もです」
部長に同意すると、灯希と交綾から、えー、と不満の声が上がった。
「だったらさ、夏祭りは洞内くんと三厩さんが二人きりで行くとして、夏休みの終わり頃にでも、部活のみんなで何かしようか」
えっ、と、交綾が赤くなった。灯希は、いいですね!と乗り気なようだ。
「決まりだね。みんなで、思い出作りしよう」
部長が笑いながら言った。
夏休み最後の土曜日。辺りが暗くなってくる頃に、みんなで学校前に集合することになっていた。
俺が着いてしばらくすると、部長も到着した。
「やぁ、やっぱり好夜くんが一番乗りか」
部長はカジュアルなパンツスタイルで、何だか活発そうに見えて可愛らしかった。
お盆などの休みを挟んだため、しばらく二人で近況を話していた。すると、少し遅れて灯希と交綾がやってきた。
「揃ったね。行こうか」
話し合った結果、思い出作りの内容は、海で花火をすることに決まっていた。その後、学校へ戻り、別館で一泊する予定である。
海までの道すがら、夏祭りはどうだったのか二人に聞いた。交綾は照れていたが、楽しかったようである。
しばらく歩くと、辺りはすっかり暗くなってしまった。そして、目の前が開けてきて、海に着いた。
俺と部長にとっては、いつもの海である。ここに初めて来た日、部長と出会い、ミステリー研に誘われた。
浜辺で、銘々が好きに花火を手に取り、思い思いに楽しむ。特に申し合わせてはいなかったが、やっぱり線香花火は最後というのが、暗黙の了解のようだった。
こういうとき、率先して場を盛り上げるのは大抵灯希なのだが、今日は俺も含めて、それぞれがいつも以上にはしゃいでいる。みんな、夏の終わりの花火に自分を重ねて、残り少ない時間を積極的に楽しんでいるんだろう。
辺りがすっかり火薬臭くなった頃、みんなで小さく集まって、線香花火をはじめた。さっきまでの勢いとは逆に、しんみりした時間を楽しむ。
「部長は、どこの大学に行くんですか?」
交綾が、穏やかな声で言う。部長もそれに穏やかに答える。
「まぁ、行ける所に行くさ」
さらに部長が、続けて問う。
「君たちは、ボクらの時間を尊い物と感じてる?」
みんな、はい、と答えた。
「ボクも同じ気持ちさ。そして、ボクはね、その世界に永遠に閉じ籠っていたいとさえ、思ってしまう。もちろん、そんなことは出来ない。万物流転、会者定離はこの世の常だからね。だけど、一度離れ離れになった君たちがまたこうして同じ時を過ごしているように、お互いに同じ思いなら、また必ず会えるんだ。君たちに、教えられたよ。だから、それぞれが愛おしく思ってくれているなら、この時間も永遠になるさ」
みんな黙ってしまった。ぱちぱちと、火の弾ける音だけが響いている。最初に火の落ちた部長が立ち上がって、空を見つめながら言った。
「君たちは、手の届く海に閉じ籠っていたボクに未来の空を見せてくれた。海から空まで通じる、山羊魚だね」
学校へ戻り、別館へと入った。ここには部活の合宿などで生徒が宿泊するための施設がある。部長が北山先生に使用の申請をしたそうだ。
灯希と共に風呂から戻り、宿泊室で話していると、部長と交綾も風呂から戻った。
「さて、百物語でもしようか」
灯希と交綾も何故か乗り気だった。
どうやら、俺を怖がらせたかったようである。三人とも熱心に俺を脅かしにかかってきた。しかし、残念ながら、ただの怪談は平気なのである。
「ちぇっ、驚く素振りくらい見せて欲しいなぁ」
部長が残念そうに呟いた。
その夜はみんなで雑魚寝した。
次の日。午前で解散し、家へ帰ると、居間で父に話しかけられた。
「部活だったのか?」
俺は、うん、と答えた。
「そういえば、何部に入ったんだ?」
父がこのような問いかけをするのは珍しかった。父と学校のことについて話した記憶は全くない。お互いが距離感を掴みかねている、そんなぎこちない関係だった。父がそういうのを解消しようと歩み寄ってくれたのは、純粋に嬉しい。
「ミステリー研究部だよ」
そう答えると、父はにわかに明るくなっていった。
「そうなのか!俺も東高のミステリー研だったんだよ」
初耳だった。そして、なによりも。
「確かアルバムが俺の部屋にあったな。持ってくるよ」
少年のように楽しそうに語る父を見て、ミステリー研が楽しかった思い出なのだなと思って、何だか嬉しくなってしまった。




