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山羊座の日  作者: 星苹
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7話

 手を合わせて、熱心に祈っている男が居る。父さんだ。

 俺はその背中を見つめながら、それがひどく清らかで純粋な姿に見えていた。だから自分もそんな父の真似事をしたりしていた。

 ある日、扉を開けると、宙ぶらりんの父が居た。


 目を開けると、涙が耳へ向かって垂れていた。久しぶりに昔の夢を見てしまった。父を忘れたことは無かったが、あの日のことは、思い出したくなかった。

 あの日のトラウマは、心を閉ざして忘れるようにしていた。母は専門医を訪ねようとしたが、おかしい人の行く場所だとの田舎の偏見が、そうさせてくれなかった。

 だから、必死に明るくなって、忘れた。今では、あの頃俺らが住んでいた家の場所さえ覚えていない。

 

 しかし、こうしてあの絵を見せられると、考えてしまう。

 俺らがここで、生きる意味ってなんなのだろう。

 内に向かって暗くなっていく自分を感じて、考え込むのを止めた。

 生きる意味なんて、簡単にわかる物ではないから、多くの思想家が考えてきたんだろう。思い詰めたって意味は無い、と、自分をなんとか納得させて時計を見ると、遅刻しそうになっていた。


「ベントラー、ベントラー」

 部活の時間、俺らは屋上で輪になって、雨曇りの空に向かって変な呪文を唱えていた。宇宙船とコンタクトをとるのだそうだ。

「部長、止めませんか。恥ずかしすぎますよ……」

 好夜が周りを気にしながら、中途半端な動作とともに言った。

「好夜くん。こんな部活に入っておきながら、今更だよ。いかがわしい部活の部員がいかがわしいことしてたって、誰も気に留めないさ」

 部長の言う通りだ。それに、好夜、俺だって恥ずかしいんだぞ。

「好夜!中途半端に恥ずかしがってると、余計に恥ずかしいんだぞ!無心で声出せ!」

 好夜にそう言いながら、自分にも同じように言い聞かせていた。早く終わってくれ……。

「おや?」

 祈りが天に通じたのか、雨が降ってきた。恵みの雨だ。

「部長!濡れる前に部室へ戻りましょう!」

 好夜が急にリーダーシップを発揮した。雨脚が一気に強くなってきたので、俺たちは急いで部室へと戻った。


「一気に土砂降りになってしまったね。ボクの湿気レーダーが今日降りそうとは言っていたけど、こんなに降るとは」

 部長はそう言いながら、自分の髪の跳ねてしまっている所を押さえつけている。部長の机の上には林檎が置かれている。さっき屋上に居る時も、部長の傍らに置かれていた。

「部長、その林檎は何なんですか?」

 同じく疑問に思った交綾が訊ねてくれた。部長は、これかい?と言いながら、意味有り気に答えた。

「これ自体はなんでもなさ。とある終末論にかけた洒落のつもりで置いたんだけどね。この大雨が、洪水になったりしてね」

 部長はフフッと静かに笑った。この人はこうしてはぐらかすことがよくある。ミステリアスな魅力がある人だ。

 林檎の話なんて創世記くらいしか思い浮かばないのだが、俺らのこんな生も、生まれ持った罰なんだろうか……。

 なにやら楽器の音が聴こえて、また暗くなりそうになっている自分に気が付いた。これはいけない、と、音の方を見ると、部長がパンフルートを吹いていた。

 部長はパンフルートがすっかり上手くなっていた。俺も負けていられないとギターを出そうとして、ギターを家に忘れてきたことに気付いた。今朝急いでて、忘れたんだ。というか、傘も忘れた……。


「ほら、入りなよ」

 交綾が遠慮がちに言った。恥ずかしいなら、相合い傘なんて提案しなければいいのに。でも、同じ方向に帰るのに一人だけ傘差して帰るのは気が引けるか。

「いいねぇ。ボクも傘忘れてきた方がよかったかな」

 部長は茶化しながら好夜と一緒に帰っていった。俺たちもゆっくり歩き出した。

 傘は身長的に俺が持った方が良いだろうと思い、交綾から受け取ったが、存外、歩きづらい。

「もう少し大きい傘持ってくれば良かったね」

 確かに、水玉模様の可愛らしい傘だったが、少し小さい。もっとくっつかなければ濡れてしまうが、それは照れくさいので、なるべく交綾側へ傘を寄せて歩いていた。

 昔は、くっつくのなんて平気だったのにな。


 歩いていると、ヘビイチゴを見つけた。幾つか落ちた実が踏まれて、水たまりに薄く色を滲ませていた。

 小さな頃は、こういうの食べたりしたっけ。オンコの実とか。いつからだろう、そんなことしなくなったのは。

 昔捕まえたカエルやトンボ、セミにカブトムシ。いつから苦手になったのだろう。

 好奇心にフィルターがかかって。ひとつためらうようになったのは、常識を学んだこと、そして何より、異質な物への不安が大きいのかもしれない。

 それならば、町と同じだ。これまで続いてきた家の常識、町の常識。そこへ来た異質な物を受け入れられなくて、排除する。

 それは、俺の一番嫌いな物のように思えて、ヘビイチゴの実を一粒もいで、口に運んだ。

「えっ、ばっちくない?」

 交綾が驚いて声を上げた。俺は、いいのいいの、と言って歩き出した。

 ヘビイチゴはあまり美味しくなかった。


「ベントラー、ベントラー」

 あの日以来、梅雨に突入して雨続きだったため交信は中断していたが、今日は部活の時間に久しぶりに雨が降っていなかったため、交信再開となった。といっても、相変わらずの曇り空だが。

 好夜はまだ恥ずかしいようだ。俺はというと、何故だか気にならない境地、といった感じだった。

「ベントラー!ベントラー!」

 部長に負けじと大きな声で言うと、厚い雲が切れて、晴れ間が覗いた。

「部長!晴れて来ましたぜ!」

「よし、あそこに向かって宇宙へ電波を飛ばすんだ!」

 乗り気な俺を見て張り切り出した部長が、交綾を見て固まった。

「み、三厩さん、肩で毛虫さんがコンニチワしているよ……?」

 自分の肩を見た交綾が、

「ぎゃー!」と凄い声を上げ、自分の肩から逃げようとしてその場でくるりと回った。踊ってるみたいで可愛い。

 ゆっくり近付いて毛虫を払ってやると、交綾はホッとした様子で言った。

「ありがとう……。あれ、灯希って虫とか大丈夫なんだっけ?」

 いや、と答えながら続ける。

「でも、今は何となく、平気かな」


 空を見ると晴れ間から光が射していた。

 降り注ぐように見える光の帯が、俺たちを祝福しているように感じた。 

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