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陸に上がった金魚

突発的に書き始めた連載短編(予定)です。

細かな設定は何も考えていないので複雑な伏線は出てきません(たぶん)。

先にはじめた連載を優先するため更新は不定期になりますが、よろしければお付き合いください。



ピカッ

 ゴロゴロ

  ドドーーン


稲妻が走り、大きな雨粒が窓ガラスを叩く。

ミキが凸レンズの内側からその様子を眺めていると、後ろからミナミが近づいてきた。



「こういう雨のことを、バケツをひっくりかえしたような雨って言うそうだよ。」


「うわー大惨事ね。死活問題だわ。」



ミキは振り返らずにそう言って、外を見続けている。

ミナミはぷくりと丸い泡を吐いて、胸びれを震わせた。



「あまりそっちにいくんじゃないよ。

嵐の夜は窓に近寄っちゃいけない。人間になってしまう。」


「平気よおばあちゃん。

あんなのインチキに決まってるもん。・・・なれるならなってみたいけどね。」


「まったく・・・年寄りの言うことはきくもんだよ。」



文句と丸い泡を吐きながらミナミが水草の影に隠れる。

尾びれがぷりぷりと揺れているから、まだ少し怒っているのかもしれない。


ミキとミナミは、和金、と呼ばれる金魚だ。

去年の夏、祭りの縁日で掬われたミナミは、この水槽に入れられ先住魚のミナミと出会った。

だから詳しい出自は自分たちでもわからない。

自分のことを年寄りと言うミナミを「おばあちゃん」と呼んでいるが、二人の間に血縁関係があるわけではない。たぶん。


ミキはちらりとミナミを見てから、また窓へと視線を移した。



稲妻が空を裂き、雷鳴が空気を震わす。

にも関わらず、ミキがいる金魚蜂の中は静かだ。

ポンプから湧きあがる空気がゆっくりと水をかき回しているだけで、外の喧噪とは無縁の平和な世界。


でも、ミキにとって世界は退屈だった。


掬われる前の、同じ年頃のコはいない。

唯一の同居魚のミナミは怒ってばかりで話が合わない。

捕まらないように逃げ回った、縁日の日のスリルもない。



「雷って、どうやったら捕まえられるんだろう。」



ぽつり、呟いてミキは窓に尾びれを向け、水草へと戻り始めた。


が、その直後、眩い光に襲われた。





* * * * *




「嵐の夜、水面に映った雷光を捕まえることができれば、その夜だけは人間になれるんだよ」



そう言ったのは誰だったのか。もう覚えていない。



「水から出ることができない、逃げることのできない私たちに神様がくれたチャンスなんだって。」



そんなおとぎ話を信じていた頃もあったけど。



(雷光なんか、どうやったら捕まえられるって言うの?)


(神様はチャンスをくれたんじゃない。)


(そんなことできないから諦めろって、そう言っているのよ。)




* * * * *






ぱちりと目を開いて、ミキはゆっくりと左右を見回した。

見なれた景色がどこか見慣れない様相を呈している。

瞬きを繰り返してそれを確認しつつ、ミキははっとその動きを止めた。



(瞬きって、ナニ?)



一般的に魚類に瞼は存在しない。

当然、ミキにもそんなものはなかった。


だが今、たしかにパチパチと皮膚が眼球を覆っていた。



もう一度、ゆっくりと左右を見回してみる。

身体はそのままなのに、視界がぐるりと変わる。

違和感の残るその動きは、首だけが動いて出来るものだ。


(首・・・って、ナニ?!)



自分の身に起こったことが信じられずに、両手を頬に当てる。

その直後、視界に入った白い手、白い腕に愕然とした。



(両手ってナニーーーっ?!)



何をするにも、普段と違う。

それはまるで水とガラスを隔てて、飼い主である人間と同じ――



(ニンゲン・・・人間っ?!)



はっとして顔を上げると(それ自体違和感があるのだが)、背の低い食器棚のガラスに映ったのは一人の人間の女の子。

彼女は床に座り込み、両手を頬にあて、驚きに目を見開いてミキを見返していた。

白地に薄赤で模様がついたワンピースはミキの身体の模様そのままだ。

頭の上でひとつにくくられた髪はミキの四つ尾のようにふわりと広がっている。



「人間・・・」



つぶやくと、ガラスの中の少女も同じように口を動かした。



「コレ、私?」



手を振ると、ガラスの中の少女も同じように手を振り返した。



「あの伝説は・・・本当だったの・・・?」



首を振ると、ガラスの中の少女も同じように信じられないと動作で訴えた。





やがて、ミキはがばりと立ち上がった。

身体は意識しなくても動かせるようだ。

視点の違いから恐怖に似たものはあるが、それよりも大きな思いに突き動かされるように突進する。



向かった先には、小さな金魚鉢。



水草の影からこちらを伺っている小さな金魚にはかまわず、その中に手を突っ込んだ。



「水!早く水の中に戻らなきゃ!窒息しちゃう!」



が、思いきり入れてみたところで、金魚鉢には肘の下くらいまでしか入らない。



(ご主人はいつも、水換えの時にどこに行っていた?)



一生懸命思い出しながら、そう広くない室内をうろうろと歩きまわる。

そうしながら次の部屋へと移動すると、わずかに水の気配がした。


それに惹かれるように扉を押し開くと、そこは風呂場。

浴槽には昨日の残り湯だろうか、水が張られていてた。



「水、あったー!」



叫ぶなり、ざぶんとその中に飛び込む。

全身を水に浸し、その中で息をしようとして―――



「ごはっ、げほっげほげほっ」



盛大にむせた。



顔を出して大きく息をして、そのままのほうが息苦しくないことを今更のように知る。



「そっか・・・水の外でも息ができるんだ。」



ざばりと浴槽からあがると、水を吸った服と髪がぺたりと身体に張り付いた。

その不快感に眉が寄る。



「・・・こんな気持ち悪い世界で生きてるなんて、人間って変な生き物。」



張り付く服、滴る水をそのままに、ペタペタ、ピショピショと音を立てながら廊下を進んでいく。

金魚のままでは見ることのできなかった場所を進むうち、今までとは違う作りの扉に行き着いた。

木製扉が多かったのに対して、ここだけは冷たい金属でできている。

突起を回してみるがそれは開かず、ミキはじっとそれを見つめた。



(どうやって開けるんだろう。何かひっかかってるみたいだけど。)



くるりと向きをかえ、来た道を戻ろうとした時。


カチャリと、扉から音がした。

続いて、空気が動く気配と激しい雨音が大きくなる。



「・・・はれ?・・・・・・すみません、ウチ間違えましたぁ・・・」



聞きなれた声にミキが振り返ると。



全身びしょぬれの男が、そこに立っていた。

とろんとした目と赤く染まった頬。ぷんと香る強い酒の匂い。



「ん、でも今・・・鍵、開けたよなぁ・・・」



男は首をひねった。

だが、ひねった首の重さに耐えきれないかのように体が傾き、そのままズルズルと倒れこんでいく。



「ちょ、ちょっと。大丈夫ですか?!」



ミキはその場に倒れこんだ男の傍らにかがみこんで、その頬を軽く叩いた。



「しっかり!しっかりしてくださいよ、ご主人~~~っ。」





前山啓斗二十五歳、会社員。

三ヶ月前に同い年の恋人・真姫まきと破局。

彼女が残した二匹の金魚と失恋の痛手と共に独り暮らしを継続中。


酔っていてもいなくても、若干頼りないこの男。

彼こそがこのアパートの主でミキの飼い主なのである。



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