欠けた爪、壁に付けた線の跡。
──私は自室の白い壁を見つめている。爪を何年かぶりに少しだけ齧ってしまって、左手の親指の爪は一部欠けている。この欠けた部分で、白い壁に爪を立てて引っかけば、線の跡が残る。
一度ついてしまった跡は、壁を買い替えでもしないとこのまま、変えたとて、今、目の前にあるこの壁についた跡自体は一生取れない。……けれど、今ここで傷つけるのをやめようとすれば、この壁は綺麗なままだ。
“人”もそうなのではないだろうか……? 相手を傷つけるのは案外容易い。見えないだけで、言葉のナイフを……それが小さくても大きくても、相手へつけた傷はトラウマとなり、一生のものになってしまう場合もある。
……その場で思いとどまれば、トラウマは植え付けられずに済むが、植え付けてしまえば、一生のトラウマとなるかもしれないし、完全には取れない。
自分は一体何様なのか……、この目の前の壁も、人間相手も、自分の選択肢一つで傷をつけられるし、綺麗なままでもいられる、そんな気でいる。
「……取れない。」
一本の線を壁に付け、そっと触れる。細い線なので感触はそれほどないが、よくよく見ると確かに、そこには跡がくっきりと残っているんだ。……この跡は、もう一生取れない。
ただそれだけの話、オチも何もない。……私は欠けた親指の爪を、人差し指の腹で撫でた。チクチクしてほんのり痛い。




