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整形男  作者: 夢氷 城
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ブスに親身になってんじゃねえよ!


俺はオリエンテーションをブッチし、帰還した。


六畳一間の我が城へ。

現代の貴公子たる俺の、何者にも脅かされぬ聖域へ。



解せぬ。


何故俺が、あのような公開処刑じみた仕打ちを受けなければならない。


お陰で今、放心状態だ。



俺の容姿が、以前のような地獄の彫刻であれば、あのような反応をされる事にも理解できる。


否、以前の醜い容姿で先のような発言をすれば、集団リンチに遭い、命を落とすだろう。


例えば、不細工な男、或いは女が、大衆の面前で恥ずかしげもなく大声で笑ったり、みっともない転び方をしたり、すかしっ屁をこいたのならば、冷ややかな視線を浴びせられたり、ドン引きされるのにも、合点がいく。


しかし、俺の容姿は他の誰よりも優れている。



都心を練り歩いても、俺とタメを張る容姿を持ち合わせた者に遭遇する確率など、極めて低い。


芸能人の群れの中に身を置いても、違和感が無いだろう。



もしかして、俺はイケメンではないのか?

自意識過剰の極みなのか?


一抹の疑念が晴れない。

このままでは、自信を失くしてしまいそうだ。

こうしちゃいられない。


真相を確かめるべく、令和の世に颯爽と現れた日本国王子様は、表参道へ向かった。



表参道。

美男美女以外、歩くことの許されぬ街。


俺がもし不細工ならば、この街に足を踏み入れたその時点で通報されるだろう。


一度、街中を歩けば、特殊警察に逮捕され、超法規的措置の下、強制収容所送りになる筈だ。



俺は心臓をバクバク鳴らしながら、今、この国で最もホットなこの街を歩いている。


歩ける。

この街を歩いていても、俺に異を唱える者は誰もいない。

警察官とすれ違ったが、職務質問もされなかった。


モデルの様な集団。

美容系インフルエンサーの様な男女。


多種多様な美男美女とすれ違ったが、違和感なく溶け込めている。

遜色も無い。


それどころか、どいつもこいつも俺の足元にも及ばないではないか。


なんだ。心配して損した。

やはり俺はイケメンだ。

表参道を闊歩しても許されている。


とんだ取り越し苦労だ。杞憂の極みだ。


じゃあなぜ、美麗は俺の告白を受け入れてくれなかったのか。


美麗は本当に、俗に言うB専なのか。


…そうか。美麗は恥ずかしがり屋さんなのだ。


俺からの告白に照れるあまり、声を発せなかっただけだ。


なるほど。そういう事だったのか。

それなら納得がいく。


それか、もしかすると美麗は、自分が俺のようなイケメンとは不釣り合いだなどと、被害妄想に駆られているのか?


まったく、美麗のやつ。

君は充分、俺と釣り合いが取れているよ。

余計な心配などするな。


次会ったら優しく抱きしめてやろう。


とりあえず今日は、俺の街、表参道で1人の時間を堪能するとしよう。



俺は南青山の、この世の全てのお洒落を凝縮した様な、美男美女以外出入り禁止のカフェの門を、堂々と叩いた。



なんとキラキラした店内。星の様だ。


客も店員も、洗練された都会の人間ばかりだ。


俺が入店しても、疑問視する声も視線も一切無い。


今の俺は、こんな店に入っても許されるんだ。


以前の醜い俺ならば、摘み出されていただろう。


否、店の前を歩いただけで、後方から飛び蹴りを喰らっていたに違いない。



だが、今では違和感なく馴染んでいる。

このエレガンスな空気と一体化できている。


感極まって泣きそうだ。


もう怖いのものなど何も無い。


男の店員が笑顔で俺に近づき、要人を相手取るような接客で、なんと1人で来た俺を、テラス席へと案内してくれたのだ。



「え!?え!?良いんですか!?こんな目立つ席!他にも沢山空いてるのに!こんな席に座っても良いんですか!?」


俺は取り乱すあまり、つい心の声を大にして出してしまった。


「申し訳ございません!」

男の店員は、しばらくポカーンとした顔で俺を凝視した後、平身低頭謝罪をしてきた。


そして俺は、せっかく案内してもらったテラス席から、屋内の席へと案内された。




やばい。顔から火が出そうだ。

俺はイケメンなんだ。

テラス席に通されて当然。

いちいち動じるな。


「クスクス」


店内では、笑い声が木霊していた。

どうやら俺は、とんでもないスポットライトを浴びている様だ。



やばい。これではボロが出てしまう。

元不細工の性だ。

イケメンにはイケメンの流儀がある。

仕来りがある。

そんなことは分かっている。

分かっちゃいるが、昨日今日イケメンになったばかりの俺には、こんな洒落た店は未知なる異世界だなのだ。


動じてはいけない。

至って自然体に。余裕を保たなければ。

とりあえず足でも組んで、頬杖でもつきながらメニュー表を見よう。


うーん。なんだこれは。

どれもこれも高い。高すぎる。

いや、そんなことは想定内のはずだろう。

ここをどこだと思っているんだ。

あの表参道のカフェだぞ。


そんな事よりも問題なのは、メニュー表の解読だ。

なんだこれは、暗号か何かか?

美男美女しか知らないような食べ物、飲み物ばかりだ。


きっと、美男美女以外は接種することを法律で禁じられているのだろう。

俺が知らないわけだ。


だが、狼狽えてはいけない。

こんな所で躓いてどうする。

この先やっていけるのか。


よし。次こそ格好良く決めてやる。

スマートな注文の仕方は、何度もシュミレーション済みだ。


何も問題はない。

よし、行くぞ。


俺は深呼吸し、立ち上がった。



「すみません!ハイビスカスティーをロックで、ビタミンC多めで!それと、エッグベネディクトの卵抜きで!」



決まった。今度こそ決まった。

筈だった。



またもや奇妙な事が起きた。

賑やかな店内がお通夜並みにシーンとし、皆が俺を見ている。唖然とした様な顔で。


「プッ…」

「ちょっと、ダメだよ笑っちゃ…プフッ…」


なんだ。一体何が起きた。

皆が笑いを堪えている。


若いカップル、女子会集団、ママ友集団、成金夫婦、アルバイトの大学生も、社員らしき店員も、皆んなが笑いを堪えている。


噴き出している者すらちらほら。


何がそんなにおかしいのか。

まさかこいつら、俺を笑っているのか?


すると、今度は若い女の店員が、顔を真っ赤にし、口の中に牛乳でも含み、噴き出すのを我慢しているかの様な不可解な表情で、俺の元へ駆け寄ってきた。


そうか。

注文をするときは、まずは店員を呼ばなければならないのか。

不細工の頃は外食など許される身分ではなかったから、俺は齢18にして、そんな事も知らなかったのだ。


これは想定外。思わぬ大失態だ。

まだまだ学ぶことは沢山あるようだ。


「あの…非常に申し上げにくいのですが…エッグベネディクトは…卵料理ですので…その…」


女の店員は、声を震わせながら言った。



しまった。これも想定外。

あまりにも洒落た名前の料理だったから、イケメンにのみぞ食べることを許されているであろうその料理を、とりあえずそれっぽく頼んでみただけなのに。

これは一生の不覚だ。


「じゃあ、ハイビスカスティーだけで。はい。」


「ホ…ホットか…アイスか…どちらになさいますか?」



ホット?アイス?何の話だ?

ああ、これを頼めば、アイスクリームがついてくるのか。常識だな。


「アイス付けて下さい。」


「?かしこまりました…」



また何かおかしなことでも言っただろうか。

女の店員は、最後の最後まで笑いを堪えていた。



いや、俺が格好良すぎて、緊張していたのだろう。



ハイビスカスティーなる飲み物はすぐに届いた。いかにも美容に良さそうだ。


氷が入っている…。

そうか、そういう事だったのか。


再び顔から火が出そうになったそのとき、俺は信じられない物を目にした。


ハイビスカスティーと一緒に、小皿にクッキーとマカロンが添えられていたのだ。


これは、俺がイケメンだから優遇されたに違いない。


どうやらこの店、特段顔の整った客には、この様なサービスをするらしい。



俺は舞い上がった。

そして再び立ち上がり、心の声を盛大にぶち撒けてしまった。



「ハハっ!見ろよみんな!俺だけこんなサービスを受けちまったよ!」


俺はクッキーとマカロンを摘み、周囲に見せびらかしてしまった。

主張の激しい水戸黄門の様に。


すると、とんでもないことに気がついた。


なんと、どの卓にも、飲み物の横にお菓子が添えられているではないか。


そうか。

これは全ての客に一律に提供される、平等なサービスなのだ。


俺だけが特別なわけではない。


またしてもやってしまった。


俺の顔からは、ついに火が噴いた。

嗚呼、身投げしたい。


そもそも、イケメンはカフェの商品を、飲み物などと呼称しない。

ドリンクだ。ドリンク。次からは気をつけるから許して欲しい。



客どもは、ついにこの強制執行された我慢大会の勝利を諦めたのか、ドッと笑い出した。



「やだあの人、可笑しい」


「残念なイケメンだなあ」


「黙ってればカッコ良いのにね」



ん?何だ今のは?

地獄耳の俺は聞き逃さなかったぞ。


残念なイケメン?黙っていればカッコ良い?



そうか、ついに謎が解明されたぞ。

俺のダメな所、改善点が分かったぞ。



俺はイケメンの立ち居振る舞いを知らないんだ。

イケメンのくせに節操がないんだ。


だから美麗は俺に振り向かないのだ。


俺に足りないのはクールさだ。

何者にも怯まず、何事にも動じない頑強な精神力。

そして、常に物事の真理を見据える叡智の眼と、冷静沈着さ。



これだ。間違いない。

俺に足りない部分はこれだ。

これさえ補えば、向かう所敵なしだ。



ありがとう、表参道のカフェよ。

ありがとう、無名の凡人達よ。


君達は俺に、大事な事に気づかせてくれた。

よって、俺を笑った罪は不問とする。



明日こそ失敗しない。

目指すはクールビューティーなナイスガイ。



見てろよ美麗。俺はさらに生まれ変わり、君に会いに行くからな。



俺はハイビスカスティーを一口も飲まず、社内勉強代を払い、カフェを後にした。



今日は疲れたな。早く帰ろう。


すると、カフェの前の道路脇に、一台の真っ黄色のランボルギーニが路駐していた。


ほう。流石は表参道。

こんな高級車が路駐している事など、日常茶飯事なのだろう。




そして、車の横に目をやると、若いカップルが痴話喧嘩をしているではないか。



いや、カップルでも痴話喧嘩でもない。

それは、女側の容姿を見れば一目瞭然だった。



その肥満体型でニキビ面の女は、見るに耐えないほど醜かった。


その醜女は、大泣きをしながら、男の腰にしがみついていた。


泣き縋っているのだ。

男は一切動じず、遠い目をしながらタバコを吸っていた。


男は全身ハイブランドの金髪。

アイプチとカラコンをしているのだろう、目が異様に大きかった。

メンズメイクもしている様だ。


間違いなくホストだ。

それも歌舞伎町の、売れっ子の。


泣き縋る醜女は客と言ったところか。

それも細客。



みっともない。目に毒だ。


見窄らしい醜女の分際で、売れっ子ホスト様に懇願などするな。身分を弁えろ。


頼むからやめてくれ。

見ているこっちが恥ずかしい。


ブスがそんな事をしても滑稽の極み。

間抜けな事極まりない。



「おねが〜いっ…ウェッ…ヒックヒックヒック…捨でないでぇ〜!!」


こんな事を仕切りに叫んでいた。

嗚呼、醜い。

ホスト君、いっそのこと、その自慢のランボルギーニで轢き殺してしまえよ。

このような怪物を野放しにするな。



なんて事を考えながら見ていると、ついにホストの重い口が開かれた。


「チッ…うぜえな。まじでキメェな。お前みたいなバケモンと同じ空気を吸うこと自体、俺にとっては罰ゲームなんだよ。大して金もつかわねえしよ。今まで散々付き合ってやったけどよ、良い加減俺の人生から消えろよ。」



ホストは残忍な目つきでそう言い放った。


俺は、この目を知っている。

今まで何度も、この冷たい目を見てきた。

数え切れないほど、こんな目を向けられてきた。


土台、それは人間に向ける目ではない。

汚物とか、そういった類のものを見る者の目だ。


かつて醜かった俺をいじめてきた奴らと、同じ目。



同じ人間なのに、どうしてこんな目を向けられなければならない。


容姿が他人より劣っている。

たかがそれだけのことで、なぜこんな非人道的な扱いを受けなければならない。


思い上がるなよ。



…いや、待て。落ち着け。

なぜ見ず知らずの赤の他人、それもこんな醜い女のために、俺がこころをいためなければな、ない。

なぜ怒りを込み上げなければならない。


俺はもう醜くない。イケメンなんだ。

こんなブスとは生きてる世界が違うんだ。


蹂躙されるのは不細工の宿命だ。

俺には関係ない。

早く帰ろう。



しかし、背後から鈍い音が聞こえ、俺は思わず振り向いてしまった。


なんとこのホスト、醜女を殴った様だ。


「いい加減にしろよブスが!てめえみてえなブスが俺と釣り合うとでも思ってんのか!?鏡見たことあんのかよ!」


ホストがそう怒鳴りつけた瞬間、気がついたら、俺はホストに向かって一直線に歩き出していた。


俺は背後から、ホストの耳元で囁いた。


「お前こそ鏡見たことあんのかよブス」



するとホストは勢いよく振り返ってきた。


「はあ!?今何つった!?俺のどこがブス…!」


俺のどこがブスだ。

そういいたかったであろうホスト君は、俺の顔を見た瞬間、無条件降伏して押し黙った。



勝った。

だが、何故かまだ、俺の気が収まらなかった。

俺は無慈悲にも畳み掛けた。


「ブスがランボなんて乗ってんじゃねえよ。ブスがGUCCIなんて着てんじゃねえよ。」


俺は鼻息を荒くし、勝ち誇った様に言い放った。



「んだよてめえ!ちょっとイケメンだからって調子乗ってんじゃ…」


「良いじゃん調子に乗ったって!俺 だって俺イケメンなんだから!男ならすっぴんで勝負しろよ!」


ホストは真っ赤な顔で愛車に乗り込み、凄まじいエンジン音と共に、光の速さで無限の彼方へと消えていった。



そして俺は我に帰った。


何をやっているんだ、俺は。

せっかくイケメンになったのに。

この顔で煌びやかな人生を思う存分堪能しようと思ったのに、どうして見ず知らずのブスに心痛めてこんな出過ぎた真似をしているのだ。



違う。

俺がイケメンになってやりたかったことは、こんなことじゃない。


俺は幸せになりたいんだ。

今まで受けた痛みを、全て取り返してやりたいんだ。



一方、哀れな醜女はと言うと、完全に俺に惚れ込んだ様な眼差しで、俺を見つめていた。



クズが。反吐が出るんだよ。

その感情は、俺があのホストよりイケメンだからだからこそのものであろう。


仮に救ったのが、以前の醜い俺であったならば、そんな眼差しは断じて向けないはずだ。


それどころか、私たちの仲を邪魔しないでと言わんばかりに、俺を責め立てるはずだ。


不細工とは、往々にして心まで醜いのだ。


俺は一抜けたんだ。

邪魔するな。



しかし、あのホストに打ち勝った高揚感は凄まじかった。

脳から汁が溢れ出る様な恍惚にも似た感情だ。


以前の俺ではありえない。

あんな、典型的な俺様タイプのいじめっ子で、たんまり稼いでそうな売れっ子ホストに、俺は顔だけで勝ったのだ。


やはり時代はルッキズム。

地位よりも、金よりも、顔なのだ。


俺は最強の武器を手に入れたのだと、つくづく実感した。



兎にも角にも、俺が今日得た学びは、とんでもない収穫だ。


明日からはスーパークールに生きるぞ。

次こそしくじらない。

全ての女の心臓をぶち抜いてやる。

そして最期は君だ、美麗。

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