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整形男  作者: 夢氷 城
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待たせたな!女神様!




それは、女神との対峙だった。

忘れる訳がない。あの鮮烈な出会いを。


去年の春、高校3年生の頃だ。

あの頃の俺は、早くあの下卑た田舎町を脱出したくて仕方がなく、必ずや、東京の大学に行こうと決めていた。


何者かになりたかったわけではない。

尤も、土台人一倍醜い俺が、何者かになれるなどと、壮大な夢を見ていなかった。


自分を知る者が誰一人いない、他人や隣人に極度に無関心な大都会にその身を寄せることで、新しい自分に生まれ変わりたい。


ただそれだけだった。


受験生になった俺は、都内のそこそこの偏差値を誇る、所謂、Fランクでも難関でもない、中堅私立文系大学を中心に、オープンキャンパスなるものに出向いていた。


めぼしい大学を事前に入念に調べ上げ、5校ほど回った記憶がある。


都会人は他人に無関心。

それは大きな誤算だった。


確かに、田舎のそれに比べれば、都会の人間は、他人や隣人に対し、あれこれ要らぬ詮索をしたり、或いは、行動を監視するといった、野暮で無粋な事はしない傾向が強い。


だが、いかに都会人と言えど、俺の様な醜男に対しては、話が変わってくる。


誰も彼も、俺を珍獣でも見る様な目で見てくるではないか。


生まれて初めて経験した満員電車では、俺の周囲だけが不自然に空いていた。



まるで、酔っ払いが電車内でゲロを吐き、その車両に運悪く乗り合わせた人間が、床に飛び散る汚物を避ける様に。


鼻を摘む者もいた。

嗚呼そうか、俺は容姿が醜いだけでなく、臭いのか。


顔が不細工で肥満体型といった先入観で、無臭の者を臭くさせてしまったのか。

今となっては分からない。


街を歩けば、チャラチャラした若者に「やばっ」などと言われ、挙句カメラを向けられ、動画撮影をされる始末。


男女混合グループの様な集団に、指を刺されゲラゲラ笑われたり、土木工事をしているガラの悪い作業員に怒号を浴びせられたり。



話が違うじゃないか。

都会の人間は他者に寛容で無関心だと聞いたのに。

都会に来ても、俺はこうなのか。

結局、どこへ行っても、俺の居場所は無い。

俺の様な醜男が存在しても許される場所など、どこにもないんだ。


そう考えると、俄かに興が覚めた。

結局、地元から逃げて東京に移り住んだところで、変わらずこんな非人道的な扱いを受けるのならば、もういっそのこと死んでしまおう。


こんな人生うんざりだ。

この先生きていたって、楽しいことなどあるはずがない。

幸せを感じることも、心から笑える日も、決して訪れない。


ならば死のう。

自殺しよう。

もし輪廻転生というものが本当にあるのであれば、次生まれ変わった時は、イケメンでありますように。


そう考えると気が楽になった。

自殺など、何度も考えてきた。

数多の方法も熟知している。


首吊りが理想的だ。

わざわざロープなど買わなくても、上着を脱いで、首に巻いて、どこか適当な場所に引っ掛ければいいんだ。


場所はどこでもいい。

よし、やると決めたら、とっととさっさと死にますか。未練も何も無い。


俺は、その日行く予定だったオープンキャンパスを中止し、下北沢を彷徨っていた。


確か古着屋が有名な街だと聞いたが、思った以上に、人が多かった。

想像の斜め上をいく賑わいぶり。


俺は、人気のない場所を探し、ぐるぐると徘徊したが、そんな場所は中々見つからず、完全に堂々巡りだった。


そして遂に、下北沢の、洒落たカフェや古着屋が立ち並ぶ路地にて、俺は盛大に転んでしまった。


醜い上に鈍臭い。

やはり俺に、生きてる価値などなかった。


コンクリに打ち付けられた頬が擦りむき、更に、リュックの中身まで、盛大にぶちまけてしまうという間抜けぶりを披露した。


死にたい。恥ずかしい。

今からモグラになって、自分で穴を掘って入りたい。


「キモっ」

「ダサっ」

「プッ」

「ギャハハ!」


顔はコンクリートにうつ伏せのままだったが、方々から蔑視と侮辱の視線を浴びていることは、火を見るよりも明らかだ。


そうに違いない。俺には分かる。


俺は立ち上がるどころか、顔を上げることすらできなかった。


勘弁してくれ。

これから死ぬっていうのに、最後の最後に、こんなにも惨めで屈辱な思いをさせないでくれ。


おい神とやら。

あんた、俺に何の恨みがあるのだ。

俺は前世で、どんな大罪を犯したというのだ。

鳥居でも燃やしたか?賽銭でも盗んだのか?


もう嫌だ。


その時だった。



「大丈夫ですか?」


声が聞こえた。

前方に、誰かいる。


俺は無意識に顔を上げてしまった。


そこには、眼球に亀裂が入る程の美少女がいた。


綺麗な黒髪。

大きくてキラキラした瞳。

左右対称の二重幅。

雪のように白い肌。

カールのかかったまつ毛。


到底、同じ人間とは思えないような、究極の生命体だった。


否、彼女は人間ではない。女神だ。


きっと天国は、今頃大騒ぎに違いない。

唯一無二の女神が行方不明になってしまったのだから。



それが、こんな薄汚れた人間界で、最も醜い俺の眼前にいる。




彼女は前屈みに座り込み、俺の顔を見ていた。

その眼には、軽蔑も、侮辱も、哀れみもなかった。


信じ難いことに、本当に俺を心配していたのだ。


何故だ。

こんなにも、見るに耐えない醜くき人外の生物が、こんな醜態を晒しているというのに。


俺は何も言えなかった。

礼も、謝罪も。

恥ずかしさと惨めさのあまり、目の前の少女に、何も言葉を発せなかった。

この後に及んでも、自尊心を保とうとしていたのだ。

恐るべき無様だ。


すると、彼女はスッと立ち上がり、すぐ近くにあった自動販売機で、徐に飲み物を買い始めた。


そうだ。それが正しい判断だ。

貴女様程の御方が、俺如きに構ってはいけない。


頼むから、さっさと消えてくれ。



しかし、彼女は再び、俺の元へと駆け寄ってきた。

いよいよ意味がわからなかった。


彼女は自動販売機で買った水を、自身のハンカチに少量垂らし、なんと、俺の頬の傷を、優しく拭いてくれたのだ。


いやいや、信じられない。意味不明。

ただでさえ汚い俺の顔に、誰が歩いたかも分からぬ地面に打ち付けられ、傷つき、更に汚れたというのに、何の躊躇いもなく、俺の顔を拭いた。大事なハンカチで。


なんで?どうしてそんなことができるの?

正気か?気は確かか?血迷っているのか?


俺の頭には、疑問符が乱舞した。


彼女からは良い匂いがした。

香水だろうか、コロンだろうか。

甘い匂いだった。


その匂いでようやく、彼女が人間であることを認知できた。


彼女はその後、散乱した俺の荷物を拾ってくれた。


「はいっ」と手渡された荷物を、俺は引ったくり犯の如く奪い取り、リュックの中に放り込んだ。


またしても、礼を言えなかった。


それでも尚、彼女は少しも嫌そうな顔をせず、それどころかニコリと微笑み、ペコリと軽く会釈をした後、どこかへと消えていった。


俺はこの時誓った。

生きてやる。必ず生き抜いてやると。

そして、彼女に見合う男になる。


俺は彼女のことを徹底的に調べ上げた。

公安調査員や名探偵も裸足で逃げ出すほどの洞察力、推理力を発揮し、彼女の名前と生年月日、地元と在籍高校、志望大学、SNSアカウントを特定した。


彼女は俺と同い年で、東北在住の高校三年生であること。


また、都内の私立文系大学への指定校推薦枠を勝ち取ったこと。

これが、最も有意義な情報だった。


ならば、俺もそこへ行こう。


名前を書けば誰でも入れる、屑の巣窟のような底辺高校に通っていた俺は、気が遠くなるほどの時間、勉強した。


醜いだけでなく、無気力で自堕落な俺が、初めて努力したのだ。

否、土台、それは努力ではない。

執念だ。


必ずや、彼女と同じ大学に合格すると。

来春より、彼女と愛のキャンパスライフを謳歌すると。


しかし、仮に合格できても、この醜き容姿では、彼女に近づくことなど許されない。



そうだ。

ならば、顔を変えてしまえばいいんだ。


イケメンになれば、何をしても許される。

彼女と釣り合うほどの男になれば良いんだ。

彼女が天界の天女ならば、俺も対等の場所に行けば良いんだ。


簡単な話じゃないか。



子供の頃からコツコツ貯めたお年玉貯金が150万。

祖父祖母のタンスからコツコツ盗んだ金が50万。

合計、200万。


ありがとう親ガチャ。


俺はこの潤沢な資産を、全て自己投資に注ぎ込んだ。


瞼を切り、骨を切り、歯並びを変え、歯を白くし…想像を絶する痛みに耐えた。


海外から取り寄せたギリギリ合法の筋肉増強剤を打ち、血管がはち切れるほどの筋力トレーニングにも励んだ。


その全ての努力が報われて、俺は超イケメンに生まれ変わり、志望大学に合格できたんだ。




そして…その時の彼女が今、同じ空間にいる。

目の前にいる。


遂にこの時が来た。

俺はもう、彼女と同格なんだ。

そこいらのモブとは違うんだ。


恐るな。引くな。


今の俺には自信しかない。

俺を無碍にする女なんてこの世にいない。


嗚呼、愛しき人よ。

一年ぶりだね。

大変長らくお待たせしました。


俺、自殺しなかったよ。

今日まで一生懸命生きてきたよ。

全部、君のおかげだよ。


愛しているよ、死ぬほど。

今行くよ。


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