大学デビュー大成功です!
今日は待ちに待った大学のオリエンテーションだ。
昨日の入学式はバックれてしまったが、今日は逃げない。逃げる理由がない。
何故なら俺は、自他共に認めざるを得ないほどのイケメンだから。
気合いは充分。自信も充分。
ビルみたいに聳えるキャンパスを見上げながら、だだっ広い敷地を、肩で風を切って歩く。
良い男は歩き方にも拘らなければならない。
せっかく顔が良くても、端っこをオドオドと歩いていたら、女の子に幻滅されてしまうからだ。
底辺を生きしブ男達にも示しがつかない。
そうだ。ここは大学じゃない。舞台だ。
パリで行われる、世界的ファッションショーだ。
そして、かくいう俺は、差し詰め観客を魅了するビッグスターといったところだ。
威風堂々と、通路のド真ん中を、肩を揺らしながら歩いても許される存在。
そんじょそこらのモブとは一線を画す存在なんだ。
お前たちとはもう、住む世界が違うんだ。
道を開けろ芋野郎ども。俺が通る。
「なんだあいつ…」
「ちょっとイケメンだからって気取りやがって…」
おーおー、聞こえる聞こえる。
嫉妬の声が、嵐の如く。
感じる感じる。
羨望の眼差し一つ一つ、その全てが、俺に対するスポットライトだ。
庶民が俺に嫉妬なんて烏滸がましい限りだ。
見当違いも甚だしい。
男としての格が違うんだから黙って平伏せよ。
お前たちでは、逆立ちしても俺には成れない。
身の程を知りなさい。己を知れよ。
それにしても、名にしおう大東京の、大学キャンパス内だというのに、格好良い男が驚くほどいない。
世間一般でイケメンと認められそうな顔をぶら下げた男など、いくら見渡しても、全体の1%にも満たない。
そしてその僅か1%の面々ですら、俺の足元にも及ばない。
こんなものか、東京は。
思わず拍子抜けてしまった。
しかし、女の子は可愛い。
みんな可愛い。一部の化物を除いて。
彼女候補が多すぎてこれから大変だ。
俺を奪い合う為に、殺し合いが起こってしまったらどうしよう。
俺が刺される可能性だってある。
君たちの重すぎる愛を受け止める心の準備を、早く整えなければ。
座して待っててな、子猫ちゃん達。
やれやれ、先が思いやられる。
オリエンテーション会場の、大講堂の扉前に着いた。
入り口付近に、見るからにイケてるグループがいる。
髪型は、流行りのセンターパートかマッシュの2択。
当然、黒髪はいない。
きっと彼らは、地元ではブイブイ言わせ、中学でも高校でも、所謂、スクールカースト上位の、一軍グループに君臨していたのだろう。
そして、真面目でひ弱な子を思い切り見下し、虐げていたタイプだ。
それも、悪気なく、自然の摂理の様に。
見れば分かる。
あれは大学デビューなどでは断じてない。
生粋だ。俺の敏感な嗅覚がそう告げる。
もし地元が同じなら、俺は彼らに虐められていただろう。それこそ、完膚なきまでに。
また足がすくんだ。逃げ出しそうになった。
吐き気もする。
でも、よく見てみろ、彼らの顔を。
連中は群れて騒ぐことしか脳がない烏合の衆だ。
集団心理で気が大きくなっているだけの猿だ。
チンパンジーだ。オラウータンだ。
顔の造形だって、大したことない。
派手な髪型と服装で取り繕ってるだけで、実際は不細工じゃないか。
あいつは一重で吊り目。
前髪垂らして雰囲気イケメン装ってんじゃねえよ。
あいつはエラが張ってるな。
もみあげ伸ばして隠してるつもりか?
俺の目は誤魔化せないぞ。
あいつは団子鼻。
シリコン入れとけよみっともねえ。
あいつは、横から見たフェイスラインは悪くないが、正面から見たら台無しだな。
マスクした方がいいよ、たらこ唇なんだから。
全く、よくもまあそんな面で、自信満々に外を闊歩できるものだ。
そんなとうもろこし顔負けの黄ばんだ歯を見せて、よく人前で笑えるな。
よくもそんな堂々と、人目につく出入り口に屯出来るものだ。
分を弁えろ、井の中の蛙ちゃん。
俺という名の大海を知れ。
こんな奴らに恐れることはない。
俺の方が格上なんだから。
俺は昔、こんな奴らに虐められていたのか。
そう思うと、無性に腹が立ってきた。
こいつらに恨みはない。
何故なら、初対面だから。
しかし、俺をとことん虐め抜き、尊厳を破壊してきた連中と、こいつらは間違いなく同じ属性だ。
こいつらも同類。連中と同罪。
刺してやろうか。初手で急所を。
前の醜い頃の俺なら、もしかしたら、そうしていたかもしれない。
でも、よもや非の打ち所がないイケメンに生まれ変わった俺は、こいつらから見たら雲の上の存在。
争いなど無意味だ。
同じレベルじゃないんだから、争いなど起きようもない。
せめてすれ違いざまに、思いっきり鼻で笑ってやろう。
俺は奴らの前に立ち止まった。
すると奴ら、モーセの十戒みたく、扉までの道を開けたんだ。
ほう。こいつら、思ったより物分かりがいいな。
さっきは猿呼ばわりしてすまないね。
しかしなんだろう、この快感。
気持ち良い。叫びたい。
俺は奴らを見下すあまり、眉を極限まで上げて、瞳孔を開いたまま天井を見上げてしまった。
そして思いっきり鼻を鳴らしてやった。
「フンガフンガッ!」
その瞬間、奴らは間抜けヅラ引っ提げてビビってた。1人残らずだ。俺は見逃してない。
俺に恐れをなしたか。
流石は元一軍男子、格上を見極める嗅覚だけは鋭いな。ひれ伏せ平民。
弱い者には強く、俺みたく強い者にはめっぽう弱い。
なんとも情けない。いや、潔くて素晴らしい。
「え…今の何?」
「さあ…変な人だな。」
俺が颯爽と講堂に入った後に、余裕かまして下らない捨て台詞を吐くな。
まるで、道を塞いでしまったことに気がつき、一般常識とモラルに則って道を開けただけなんですけど、感を出しているんだ。
俺の勝ちだ。この勝利は途轍もなく大きい。
負けを認めろ。
頭を垂れて靴を舐めろ。
それにしても、すごい人の数だ。
これは全員オリエンテーションの参加者なのか。
俺が来たぞ。みんな俺を見ろ。
俺は両手を広げたまま、両目を閉じて、ゆっくりと歩いた。
ウォーターコースターが生んだ水飛沫を浴びる、名も無きお調子者のように。
「ねえ、見てあの人」
「クスクス」
見てる見てる、皆んな。
うーん。気持ち良い。快楽の絶頂に到達。
ドーパミンがドバドバと止めどなく溢れ出る。
しかし、この広い広いオリエンテーション会場には、俺の他にもう1人、ただならぬオーラを放つ者がいた。
俺はその人を知っている。
かつては高嶺の花だった。
いや、そんなもんじゃない。
以前の醜い俺など、謁見することすら許されぬ至高の存在。
しかし、今の君は、俺だけの一輪の花だ。
やっと辿り着いた。
必ずや、我が手中に収めてみせる。
逃さないよ。