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残火のソフィア  作者: 結城 漣
残火のソフィア ―残火の誓い編―
6/25

【黒月の魔帝、眠りし魂】

それは、空の裂け目から覗いていた。


 空気が凍るような静寂の中、空の彼方に現れた“それ”――

 巨大な眼は、森を越え、世界を見下ろしていた。

 否、“彼女”たちを正確に――射抜くように見ていた。


 「……今、こっちを見た」

 ソフィアの背筋が粟立つ。


 「ああ……確実に“視られた”」

 レイの声もかすかに震えていた。


 瞳の奥に宿るのは、無機質な光。怒りでも、憎しみでもない。

 ただ――観察。

 実験体を見る研究者のような、冷たい眼差しだった。



---


 「七魔帝の……別の一体?」

 ソフィアが言うと、レイが頷く。


「あまり情報はないが、あれは恐らく『黒月の魔帝』…」

そうレイが言いかけると空に浮かぶ巨大な眼は目を細めた。


 次の瞬間――


 ズン、と大気が震える。

 空の裂け目から放たれた眼には、魔力とは違う“視線の圧”があった。

 それは、魂を射抜き、記憶を抉る。

 ソフィアはその場に膝をつく。


 「っ……やめろ……見るな……!」



---


 視界の奥に、過去の幻影が流れ込んでくる。

 ――燃える街。

 ――泣き叫ぶ子ども。

 ――手を離した“あの子”。


 「ミカ……っ!」


 ソフィアが顔を上げると、世界が歪んで見えた。

 空の眼が、にやりと笑ったように見えた――その時。



---


 「来るぞ!」


 レイが叫び、地面に魔法陣を刻む。

 その瞬間、森のあちこちから不気味な“足音”が響きはじめる。


 ギィ……ガサガサ……ジャリ……


 「もう位置を特定されたのか!」



 木々の影から、灰色の死者たちが現れる。

 その目は黒く濁り、口元には乾いた笑み。

 生きていた頃の姿のまま、彼らは武器を構えていた。


 「まさかあの眼が反転者を送ってきたのか!?」


 ソフィアが立ち上がると同時に、刃が振り下ろされる。

 彼女は咄嗟に受け止め、反撃するも、相手は再び立ち上がる。



---


 「これは、“死なない兵士”……!」


 レイが叫ぶ。「魂が完全に支配されてる!……けど、ひとりだけ波長が違う!」


 「誰のこと!?」


 「あれだ、彼女だけ完全に取り込まれてない!」



---


 ソフィアの目が揺れる。


 「ミカ……!」


 震える手で刀を握る。だが今度は、恐れではない。


 「……いい加減にしてよ」



 「…たすけて」

ミカが、わずかに呟いた――その瞬間。



---


 「レイ、転送陣用意して!」


 「発動まで15秒!」


 「……十分!」


 ソフィアが、炎を纏った刃を掲げる。


 「燃えろ、《残火刀・紅葬》!!」


 周囲の木々を焼き払い、死者を蹴散らしながら、彼女は駆ける。



---


 「ミカァァァ!!」


 光の中、ソフィアの手が少女を抱き締めた――


 「もう大丈夫。帰ろう、ミカ」


 転送陣が発動し、二人の姿が光に包まれ消える。



---


 森に残された反転者たちが、空を見上げて嗤う。


 空の裂け目の眼が、細く光ったあと――静かに閉じた。



---


 転送された先の丘で、ソフィアはミカをそっと寝かせた。


転送の光が消え、静かな丘に戻った。

 ソフィアは優しくミカの頬に触れた。少女の胸が、かすかに上下する。


 「ミカ……よかった、まだ生きてる」


 しかし、その瞳は黒く濁り、魂の奥に闇が潜んでいるのが見て取れた。



---


 ミカは薄い夢の中で、朧げな記憶の断片を彷徨っていた。


 燃え盛る村。

 母の悲鳴。

 ソフィアが手を引いて走る幼い自分。

 でも、手を離してしまったあの日。




 「おねえ……?」


 揺れる意識の中で、誰かの声が優しく響く。


 「ミカ、大丈夫。ここは安全だよ」


 それはソフィアの声だった。だが、その声は遠く、霞んでいた。





 「どうして……私、こんなに怖いの……?」


 少女は目を閉じ、胸の奥の痛みを感じた。

 死の恐怖に囚われ、闇の支配に抗う魂。


 「これは……呪い……私の心が囚われている」





 目覚めると、ミカは朦朧とした視界の中、ソフィアの顔を見つめた。


 「おねえ……わたし、覚えてるよ……」


 震える声でそう言うと、涙が頬を伝った。


 「わたし……あの日、助けてもらえなかった……」



 ソフィアは言葉を詰まらせ、ただミカの手を握った。


 「もう、絶対に離さない」



 



 戦火に包まれた村で、まだ幼かったミカは、焼け跡の中で震えていた。

 助けに来たソフィアは懸命に少女を守ろうとしたが、敵の魔力に阻まれ、手を離さざるを得なかった。


 「ごめん……ミカ……」





 その時、ミカの心に、深い闇が入り込んだ。


 絶望に囚われた魂は、何者かの魔術によって“反転者”となり、今までの記憶と感情を食い尽くしていた。





 「でも……あんたが来てくれて、わたし、まだ……」


 ミカは小さく微笑んだ。


 「まだ、あんたの火が、わたしを守ってくれてる……」





 ソフィアは強く頷いた。

「次は絶対に守るからね」


ミカは安心して目を閉じた。


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