【蒼獄、顕現】
それは、空が裂けるような音とともに始まった。
夜空に巨大な歪みが生じ、
そこからゆっくりと黒い影が降りてくる。
蒼い仮面、闇色の法衣。その足元には、踏みしめるたびに凍てつく霜が広がっていた。
「魔帝級……!? まさか、七魔帝が……!」
見張り台の兵士が叫ぶより早く、結界の一部がバリバリと音を立てて凍りついていく。
地に降り立ったその存在は、すべてを見下ろすように静かに言った。
「……愚かな人類ね。まだ、抵抗するつもり?」
七魔帝――蒼獄のヴィルゼラ。
その声が響くだけで、空気が凍りつくような錯覚に包まれた。
「七魔帝…だと…!? どうしてここが…!!
まあいい、やるしか生き残る道はない。」
レイ・アルステラは左腕に魔導符を展開し、構える。
ソフィアも残火刀を握りしめた。
だが、身体の奥からせり上がる恐怖は、今までの敵とは比べものにならなかった。
「この圧迫感…これが七魔帝……!」
ヴィルゼラは導かれるように2人の前に顕現した。
ヴィルゼラはふたりを一瞥し、口元だけで笑ったように見えた。
「焔の残滓と、かつての騎士。なるほど、なかなか趣深い布陣だ」
彼が指を軽く動かす。
次の瞬間、遠くの防壁が音もなく崩壊した。
「なっ……!? あれは、結界の中心部だよな…!?」
レイが顔を青ざめさせる。
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ソフィアが前に出て、叫ぶ。
「これ以上、街は壊させない!私たちが、あなたを止めてみせる!!」
ヴィルゼラは、ほんの一瞬だけ間を置き、こう言った。
「人間に私が止められるとでも?」
氷の霧が一気に広がる。
「審判はもう済んだの、人類はこの世界に必要ないわ。」
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ソフィアは震えながらも、残火刀を振りかざす。
炎がほとばしり、蒼の空気を焼き裂いた。
「“火”は、燃え尽きることは無い……!」
「面白い、やってみてよ」
ヴィルゼラが静かに手を上げる。
空間が捻じれた。氷の矢が無数に生まれ、都市全体を狙って降り注ぐ。
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「これが……魔帝の力……!」
レイが詠唱を放ち、魔力バリアで一部を防ぐ。
だが、次々と建物が凍りつき、崩れていく。
「ソフィア、やるしかない…!」
「でも、まだ……!」
「もう後がない、今しなければ誰も残らない!」
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ソフィアは覚悟を決め、刀を構えた。
炎が、刃から噴き出す。熱が空を染める。
「……《残火・陽炎断章》!!」
紅蓮の斬撃が放たれ、氷を焼き、空気ごと敵を焼き尽くそうとした――
だが。
ヴィルゼラは1歩も動かず ただ、その場に立ったまま、薄氷の結界を展開し、全ての炎を遮断した。
「……その火、“核”にはとどかないようね。」
結界の内側に、傷一つなかった。
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ソフィアは膝をつき、息を荒げる。
「…やっぱり……七魔帝には届かないの……?」
その時、ヴィルゼラが仮面に手を添えた。
「最期に言い残すことでもある?」