【絶望のグラーデル】
焼け落ちた王都を後にして、ソフィア・アークレインは北方の山脈地帯を目指していた。
目的はただひとつ。最後の人類拠点と呼ばれる都市――グラーデルに辿り着くこと。
だが、道中は地獄そのものだった。森は瘴気に侵され、川には屍が浮かび、月明かりすら魔に飲まれるような夜。
それでも、彼女は歩き続けた。
残火刀は重く、手には血のまめが潰れていたが、それを気にする余裕すらなかった。
五日目の朝、ようやく山を越えたとき、ソフィアの目にそれは映った。
灰色の壁に囲まれ、監視塔が四方にそびえ立つ巨大な防衛都市グラーデル。
空には巨大な結界が展開され、魔の侵入を拒んでいるように見えた。
「……人が、まだ……生きてる」
彼女が門の前に立ったとき、機械音声と共にスピーカーから警告が響く。
>「警告。魔の瘴気反応あり。立ち止まり、手を挙げて身元を証明せよ」
十数人の兵士が銃と槍を構えて集まってくる。その中の一人――銀髪の青年が前に出た。
「ついてきてもらおうか」
連れていかれた先は白い石造りの部屋だった。
窓の外には、煙をあげる工場群と、廃墟を再利用した建物が広がっていた。
この部屋まで連れてきたのは銀髪で鋭い眼差しの青年。
彼の名は――レイ・アルステラ。かつて王国魔術騎士団に属していた、天才と呼ばれた男だった。
「君、王都の出身か?」
「……はい。アークレイン家の、ソフィアといいます」
名乗った瞬間、レイの表情がわずかに動いた。
「……あの貴族の娘か。まさか、生きていたとはな」
彼は小さくため息をつき、ソフィアに資料の束を渡す。それは、都市グラーデルの現状だった。
・人口:約1200人(元王国兵、技術者、市民)
・都市機能:電力・水・結界維持は不安定
・魔の侵入:週に一度程、周囲に強襲あり
・内部に“魔”が潜んでいる可能性。
「君が持つ“残火刀”は、魔の瘴気を焼き払える希少な武器だ。ここでは貴重な戦力になる」
「……だからって、私に戦えって言うんですか?」
「違う。“選べ”って言ってる。君の火が、誰を守りたいのかをな」
レイの瞳には、静かな熱があった。
彼もまた、かつて大切なものを魔に奪われた人間だった。
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その夜、ソフィアは都市の防壁の上に立っていた。
下では人々が食料を分け合い、火を囲んで生きようとしている。
決して強くない。だけど、誰も諦めていなかった。
「……私は、この火で……もう二度と誰も焼かせない」
その瞬間――
「警報レベル《深紅》確認!魔帝級反応……!」
ソフィアとレイは身構えた。
――空が割れた。まるで世界そのものが悲鳴を上げるように。
グラーデルの北端、第七防壁は既に崩壊寸前だった。夕闇に染まる空から、蒼く光る氷の結晶が降り注ぎ、地面を貫き、建物を穿つ。凍てついた風が吹き抜けるたび、人々の希望が削られていくようだった。
その中心に現れた影――それは、人の姿を模した魔の王。
蒼い仮面、黒く歪んだ法衣、そして冷ややかな気配を纏う七魔帝の一角。
「蒼獄のヴィルゼラ」。
「愚かな人類…よくもここまで生き延びたものよ」
低く、凍てつくような声が響いた。足元の瘴気が波のように広がり、兵士たちは武器を構えることすら忘れて倒れ伏した。
「逃げろ…!!」
その場にいた司令官が叫ぶ。
しかし「蒼獄」が逃すはずもなく――