【廃都に咲く炎】
黒炎を裂いた稲妻の残響が、瓦礫の街にこだまする。
瘴気が薄れ、焦げた大地の上に、ひとすじの風が吹いた。
「……っ!」
レイが息を詰める。剣にまとっていた黒炎が不安定に揺れ、制御が乱れる。
その一瞬の動揺を逃さず、ソフィアが地を蹴った。
「はああああっ!!」
炎を纏った剣が、闇を裂くようにレイの剣へと打ち込まれる。
火花と黒炎が交錯し、激しい衝撃音が夜空を揺らす。
レイは剣で受け止めつつ、口元を歪めた。
「……まだ、そんな力が残ってたか」
「私には……あなたを止めたい“理由”があるの!」
ソフィアの剣撃は一閃では終わらなかった。二撃、三撃と連ね、激しい斬撃の嵐を繰り出す。
その全てが、レイの迷いに訴えかけるような“痛み”を孕んでいた。
「レイの“優しさ”に、私は救われた!だから、私は――!」
だが、刹那。メリュシアが不快そうに顔をしかめ、唇を歪ませた。
「……本当に鬱陶しい子ね。そろそろ、邪魔な感情は全部“壊して”あげる」
その声と共に、彼女の手に第三の《黒花》が浮かぶ。
それは精神を蝕む、深層幻覚を植え付ける禁術だった。
ミカの目が瞬時に警告を発する。
「ソフィア、下がって!メリュシアが来る!」
しかしソフィアは一歩も引かない。
「……私が前に出る。ミカは、お願い」
ミカは一瞬、迷った。けれど、すぐに頷く。
「……わかった。あなたを“支える”のが、私の役目よ」
その時だった。
メリュシアが黒花を指先ではじき、闇の花弁が空中で炸裂する。
「見せてあげる、あなたの深層に潜む“恐怖”を――!」
ソフィアの目の前に、幻影が広がる。
焼けた村。
倒れ伏す人々。
泣き叫ぶ少女──それは、かつての自分。
「違う……これは……!」
膝が震えかける。だが、次の瞬間――
「“ソフィア!!”」
ミカの声と同時に、光の紋章がソフィアを包んだ。
《精神遮断結界》。
メリュシアの幻覚術を完全には防げずとも、効果を半減させる結界魔法。
ソフィアの瞳が再び確かな意志を宿す。
「ミカ……ありがとう。私は、もう負けない」
「行って。これは“あなたの戦い”」
-レイは再び剣を構える。その目に、僅かに“迷い”が戻っていた。
「ソフィア……なぜ、そこまで……」
「分からなくてもいい。でも、私は……あなたを信じたいの!」
その言葉に、レイの剣が揺れる。
そこへ、メリュシアの怒声が響いた。
「レイ!何をしてるの!?あなたは“裏切られた”のよ!怒りを、もっと憎しみを思い出して!」
だがレイの瞳が、ゆっくりとソフィアを見つめ返す。
「……わからない。もう、自分が“正しい”のかどうかも」
「それでいい!悩んで、苦しんで、それでも――!
あなたの手で“誰か”を救ってよ!」
ソフィアが剣を振るい、黒炎の剣と再び交錯する。
雷鳴のような衝撃が街を包み、粉塵が舞い上がる。
その中で、レイは剣を握る手を震わせながら、呟いた。
「……ソフィア……ミカ……俺は……」
剣はまだ交差していた。
けれど、もはやそこに殺意はなかった。
黒炎が、徐々にその輝きを失っていく。
――しかし、その瞬間。
「甘いわね❤」
メリュシアの声と共に、彼女がレイの背後から伸ばした魔力が、レイの背中に突き刺さった。
「“闇の核”よ、暴走しなさい!」
悲鳴を上げるレイ。
その胸元から、黒い光が脈打ち、再び魔力が暴発する。
「レイ!!」
「これは……まずい、完全に自我が……!」
ミカの叫びと同時に、空間がひび割れ、禍々しい黒炎の魔紋が再び開かれる。
暴走するレイ。その中心で、もはや人の姿を保てなくなった“黒焉の剣士”が立ち上がった。
メリュシアは笑う。
「さあ、どうする?あなたたちの“希望”は、もう戻れないところまで来たのよ?」
それでも、ソフィアとミカは剣と杖を構える。
「まだ、終わってない」
「ここからが本当の勝負よ」
風が吹く。廃都に、再び火花が散る。
暴走するレイの黒炎が廃都の空を染め上げる。
メリュシアの魔力がその炎を促進し、空間が軋んだ瞬間――
「……やりすぎだよ、メリュシア。壊しすぎると、使いものにならなくなる」
異質な声が、頭上から降ってきた。
その瞬間、空が裂けた。
宙に浮かぶ「巨大な目」が無数に現れ、その瞳孔が一斉にソフィアたちを見下ろす。
「っ……この気配……!」
ミカが顔をしかめる。
「まさか……!」
破裂音とともに、空間に踏み込むようにして現れたのは、漆黒の衣を纏った男だった。
肩から鎖のような触手が垂れ、口元には笑み。
だがその眼だけは、あまりにも冷たい。
「七魔帝――クラヴィス……!」
ソフィアが絞り出すように名を呼ぶ。
「その通り。拷問と真実の使徒。君たちの“痛いところ”を暴くのが仕事さ」
彼の登場に、メリュシアが不機嫌そうに顔を歪める。
「クラヴィス……来るのが遅いのよ。もうすぐ“完成”なのに」
「ふふ、あまり焦るなよ。レイはね、“本当に壊れる”までが面白いんだ。
ソフィア、君が苦悩する顔が……一番の調味料さ」
クラヴィスが指を鳴らすと、レイの体から黒い鎖のような魔力が噴き出し、彼の周囲を巡った。
「やめて……レイは、まだ戻れる……!」
「ふぅん?じゃあ、試してみなよ。彼の中にまだ“君の名を呼ぶ声”があるかどうか……!」