【真実】
剣が再び交錯する。ソフィアの一太刀はレイの肩をかすめ、赤黒い血が飛び散った。
「……ソフィア、本気で俺を殺す気か」
レイの声には、怒りだけでなく、どこか哀しみが滲んでいた。
「違う。私は……あなたを、取り戻したいだけ!」
刹那、ミカの雷撃が空を裂く。だがそれも、レイの剣が巻き起こす黒炎に掻き消される。
「あなたの“痛み”は、私たちの誰にも分からない。けど――だからって、一人で背負うなんて、そんなの違う!」
ミカの叫びが、瘴気に揺れて響く。
「うるさい……!お前たちには、わからない……!」
レイは両腕を広げ、魔力を放出する。黒い炎が大地を舐め、辺りを焼き尽くしていく。
「なら、私たちに分かるように……話して、レイ!」
ソフィアが黒炎の中へと踏み込む。
「黙れ!」
剣を振り抜くレイ。けれど、その刃先はわずかに震えていた。
――レイ、あなたはまだ完全に堕ちてない。
ソフィアはそれを見逃さなかった。
だがそのとき、甘ったるい声が再び戦場を包む。
「ふふ……もう少しなのに。やっぱり、あなたには“躊躇”が残ってるのね」
メリュシアがゆっくりとレイの背後に近づく。手には、黒い花びらのような魔術具。彼女がそれをレイの背に当てた瞬間――
「うっ……!」
レイの身体が一瞬、跳ねる。
「ねぇ……忘れちゃった? あなたのお母さんが、どうやって殺されたか。ほら、もう一度見せてあげる」
メリュシアの瞳が紫に輝いた瞬間、レイの脳裏に“記憶”がなだれ込む。
――焼け焦げた部屋。倒れた母。泣き叫ぶ妹。
そして、笑いながら引き金を引く“人間”の兵士たち――
「やめろ……やめてくれ……!」
レイの魔力が暴走する。黒炎が彼の身体から噴き出し、空を焦がした。
「これが……俺の“真実”だ……!」
「違う!!」
ソフィアの叫びが、暴風の中を貫いた。
「そんなのは“作られた悪夢”!あなたの中の“優しさ”まで、偽物だっていうの!?」
レイの剣が再びソフィアに向けて振るわれる。その刹那――
ミカが叫び、割って入った。
「ソフィア、下がって!」
雷光が炸裂し、二人の距離を切り裂く。メリュシアが忌々しげに舌打ちする。
「邪魔するわね、ほんと。まぁいいわ……もっと深く、もっと確実に、レイを闇に染めてあげる」
彼女は黒い花びらをもう一枚、手の中に浮かべた。
「それ以上、レイに触れるな……!」
ソフィアの怒気をはらんだ声が響く。
メリュシアはくすくすと笑った。
「なら、力で止めてみせなさい? “あなたの”レイを」
黒炎が再び巻き起こり、地を焦がす。ソフィアの剣がその熱に軋む中、レイの魔力が激しく膨れ上がっていく。
「……これ以上、お前たちの言葉に惑わされたくない」
レイが低く呟いた瞬間、彼の全身から黒い雷光が弾けた。空が揺れ、戦場の瘴気が飲まれていく。
「これは……魔力の質が変わった……!」ミカが目を見開く。
メリュシアは笑みを深めながら、そっと囁いた。
「ふふ、そう、それでいいのよ。解き放ちなさい、レイ。あなたの“全て”を」
レイの背後に現れる、禍々しい黒炎の魔紋。その中心で、彼が剣を両手で構えた。
「――《黒焉斬〈こくえんざん〉》」
その名が告げられると同時に、漆黒の炎が剣に宿り、周囲の闇を吸い込むように収束した。
次の瞬間、レイはソフィアめがけて駆ける。刹那、空間すら歪むほどの速さ。雷のような一閃。
ソフィアは反応し、剣で受け止める――しかし、衝撃は防ぎきれなかった。爆ぜる黒炎の波動が彼女を吹き飛ばし、地に叩きつける。
「ぐっ……!」
地面が抉れ、ソフィアは咳き込みながら立ち上がる。鎧は焼け、髪は焦げ、呼吸が荒い。
「それが……あなただけの力……?」
「“あの夜”に得たものだ……。奪われた代償に、俺が得た“闇の剣”」
レイの瞳に、憎しみと苦しみが揺れていた。
ミカが叫ぶ。「ソフィア、ダメよ!あれは命を削ってる!使えば使うほど、彼は――!」
「分かってる。でも、今は私しか……彼を止められない!」
ソフィアは剣を構え直し、血を拭う。地に伏してもなお、彼女の瞳は折れていない。
「なら、来い。お前の“信念”で、俺の“憎しみ”を超えてみろ」
二人の足が動く。
次の瞬間、炎と雷が交錯し、闇の剣がその中心に閃いた――
ソフィアが黒炎に押され、膝をつきかけたその瞬間、空気が震えた。
「今よ、ソフィア!」
ミカが呪文を唱える。彼女の掌から放たれたのは、青白い稲妻の束。魔力の奔流が敵の黒炎を切り裂き、瘴気の濃度を一気に薄めていく。
「雷鳴よ、我が刃となれ!《雷光連鎖》!」
稲妻が空間を駆け巡り、レイの闇の剣を囲む黒炎を一瞬で消し去った。黒く淀んだ魔力が揺らぎ、レイの動きにわずかな隙が生まれる。
その隙を見逃さず、ソフィアは立ち上がり、再び剣を構えた。
「ありがとう、ミカ……!」
ミカは微笑み、次の援護魔法を準備する。
「ソフィア、私があなたの盾になる。思い切り行って!」
ミカの声に励まされ、ソフィアは気合を入れ直す。
二人の絆が、戦場にひとすじの光を灯した。