静寂に潜む闇
あの激戦から、ひと月が過ぎていた。
七魔帝である、ドレイゼとの死闘を制したソフィアたちは、束の間の平穏を手に入れていた。
瘴気は世界を覆い続けているものの、その猛威は今のところ幾分か収まっている。
抵抗組織「残火」も、久しぶりに安息の時を得たはずだった。
しかし、静けさは決して心の安らぎをもたらすものではなかった。
「ソフィア、今日も調査隊からの報告は届いていない。東の防衛線からの通信が、完全に途絶えている」
基地の会議室。ミカが疲れた目を伏せながら、広げた地図を指さす。
その声には焦燥と不安がにじみ出ていた。
「……やはり、何かが起きている」
ソフィアは窓の外の暗い空を見つめる。
大地の割れ目からは、紫色の瘴気が静かに立ち上り、まるで世界そのものが息を潜めているかのようだった。
「どこかで、また何かが目覚めている――」
その時、扉が静かに開き、レイが姿を現した。
いつもの無表情を纏いながらも、どこか遠くを見つめるような瞳。
彼の背中には、深く沈んだ悲しみと、胸の奥に閉ざされた孤独がにじんでいた。
ミカが一瞬、彼に視線を送る。
ソフィアは何も言わなかった。けれども、心の奥底で不穏な予感がざわついた。
「報告書はまとめた。後で目を通してくれ」
レイはそう短く告げると、報告書の束を机の上に置き、静かに部屋を後にした。
ミカが問いかける。
「どこへ行くの?」
だが、レイは答えず、ただ手を軽く振るだけだった。
その背中を見送るソフィアの視線は揺れた。
その夜。ソフィアは久しぶりに夢を見た。
旅の途上で交わした笑い声。
戦場で背中を預け合った日々。
そして、あの言葉――
「信じろよ、ソフィア。俺は、お前の味方だ」
レイの声が、遠く夢の中で響いた。
夜はまだ明けず、空に広がる裂け目は、世界の終わりを告げるかのように暗く不穏に揺れていた。