番外編【影の矜恃】
瘴気が渦巻く廃神殿の奥、誰にも知られぬ地下の“結界層”――
そこに、ひとりの男の影が消えていった。
レイ・ヴァレンス。
ソフィアとミカが〈七魔帝・ドレイゼ〉と戦闘していた時、彼は単独で行動していた。
「ドレイゼが現れたってことは……やつらの《補助魔導核》が近くにあるはずだ」
それは、七魔帝が瘴気を制御し、自身の力を効率的に発揮するために地脈へ埋め込む“魔核”――
放っておけば、いくら倒してもドレイゼの力は再生し、無限に蘇る。
だからこそ、レイは戦場を離れ、その魔核の破壊へと向かったのだ。
「2人が“火”を繋いでる間……俺は影を断つ」
剣も魔導銃も使わない彼の戦い。
それは、“裏”に潜り、敵の核を絶つ暗殺者の道。
廃神殿の地下、腐蝕した岩盤の奥。
レイは瘴気を吸収する黒布のマントを翻しながら、静かに侵入していく。
――ゴウ……ッ!
突如、瘴気が膨れ上がり、魔力の波が襲いかかってきた。
応じるように、床の文様が光る。起動式防衛術だ。
「……こっちも起きてたか」
レイは符術を瞬時に展開。
《重影転位》――自身の影を媒介に、位置を一瞬だけズラす技。
雷撃が空を切り、その直後、彼の手には“魔核の防護鍵”が掴まれていた。
防御層を破壊し、ついに現れる《魔導核》。
中心には、脈動する瘴気の結晶。黒く、赤く、毒々しい輝き。
「……これで、ドレイゼの再生速度は削れる」
だが――
「それを壊させはしないよ、“影の男”」
魔導核の奥、そこにいたのは《魔帝信徒》のひとり――第四信徒・サラヴィス。
白い仮面をつけた女。
彼女はドレイゼ直属の補佐として、核の護衛を任されていた。
「……貴様ら、どこまで腐ってる」
「腐った果実こそ、最も甘い香りがする……なんて、ね?」
瞬間、無数の糸状魔力がレイを包囲する。
“拘束型空間魔法”――レイの天敵とも言える類。
「なら、斬るまでだ」
レイは足元の影から刃を抜く。《断影刃》。
光を飲み込む刃が、糸を斬り裂いていく。
サラヴィスの手から毒の符が舞う。
だがレイは“言葉”を一つも交えぬまま、静かに背後を取り――
「――終わりだ」
刃が、仮面を割った。
サラヴィスは呻き、瘴気の中に崩れ落ちる。
残るは魔導核。
レイは手にした《裂晶符》を起動させ、核に貼り付ける。
「……あとは、火の番だ。頼むぞ、ソフィア」
爆発と共に、魔導核は粉砕される。
その瞬間、遠くの空――ドレイゼの魔力が不安定に揺れたのを、レイは感じ取った。
「さあ……そろそろ、あいつらの“炎”が届く頃だな」
そして、彼もまた戦場へと走る。
影の中を疾るその背に、兄と交わした約束が灯っていた。
――この影は、あの火を守るためにある。