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ひだまり食堂と見えない手のひら

作者: Tom Eny

ひだまり食堂と見えない手のひら


1. ひだまり食堂のあたたかい一日


町の片隅に、いつも温かい湯気と子供たちの賑やかな声が響き渡る場所がある。そこは、ひだまり食堂。誰もが笑顔になれる、そんな場所だ。食堂の管理人を務める**守野もりの じん**は、いつも穏やかな笑みを浮かべている。


彼の特徴は、少しだけ大きめなチェック柄のエプロンと、その上に乗ったいつも決まって片側にぴょこんと跳ねている寝癖、そして鼻の先に少しだけずり下がった眼鏡だ。話すたびに、あるいは少し考え込むたびに、彼は指先でそっと眼鏡を押し上げるのがおなじみだった。慌てて動くとエプロンがひらひらと軽やかに揺れ、まるで彼自身がお茶目な妖精のようだ。時にはエプロンのポケットから、なぜか子供用の小さなミニカーが顔をのぞかせたり、泡立て器を入れっぱなしで「あれ?どこにやったかな?」と首を傾げたりする彼の姿は、子供たちにとってすっかりおなじみの光景だ。お皿を落としそうになったり、お釣りを間違えたりと、どこか抜けている彼の人間味が、かえって子供たちに慕われている。


食堂の隅には、子供たちが自由に使える**「心の声タブレット」**がひっそりと置かれている。普段は誰も見向きもしないそのタブレットは、本当に助けを必要としている子の「小さな心のつぶやき」にだけ反応するという、不思議な噂があった。守野さんの胸元には、普段は見えない、小さな「ひだまりのしるし」が隠されている。それは、彼が子供たちの「見えない心の声」を察知する、特別な能力の証だった。


2. 小さな忘れ物と、届いた心のSOS


小学1年生のアオイは、とても内気な女の子だった。困ったことがあっても、先生にもお母さんにも、なかなか言い出せない性格だ。明日、図工で使うはずの**「おばあちゃんがくれた特別なハサミ」**がないことに気づき、アオイは不安で胸がいっぱいになった。鉛のように重い気持ちを抱え、半泣きでひだまり食堂にやってきたアオイは、誰もいない隙にそっと「心の声タブレット」に触れた。画面には、太陽のような温かいマークが浮かび上がる。アオイは、誰に届くかも分からないまま、必死に打ち込んだ。「あした、はさみがないと、困る…。」そのたった一言には、幼いながらの切実なSOSが込められていた。


アオイの心の声が届くと、守野さんの胸元の「ひだまりのしるし」が、じんわりと温かい光を放った。守野さんは、ずり下がった眼鏡をそっと指で押し上げ、寝癖がぴょこんと跳ねるのも気にせず、彼の脳裏には、アオイの心の声から導き出された分析が瞬時に広がる。ハサミが失われた場所、アオイの性格、そしてそのハサミが彼女にとってどれほど大切なものか。その時、守野の心にも、アオイの焦りが伝播するように、少しだけ胸が締め付けられるのを感じた。


「あれぇ、そういえば、公園のベンチを拭きに行かなくちゃいけなかったんだっけなぁ…?うっかり忘れてたかなぁ?」


いかにも頼りない独り言を言いながら、守野さんは慌てて食堂を飛び出した。エプロンがひらひらと軽やかに揺れる。公園のベンチの下でハサミを見つけた守野さんは、それを直接アオイに渡すことはしない。「おや、これは誰かの忘れ物かな?…あ、そうだ、ひだまり食堂の忘れ物コーナーに置いておけば、困っている子の役に立つかもしれないね」と、まるで偶然のように食堂の「忘れ物コーナー」にそっと置いた。そのハサミの持ち手には、いつの間にか、小さな「ひだまりのしるし」が貼られていた。


翌日、アオイは諦め半分でひだまり食堂に立ち寄った。すると、忘れ物コーナーに、自分の特別なハサミがあるのを見つける。アオイは目を丸くして驚き、守野さんには「あ、あった!」とだけ伝えた。心の中では「誰かが見ていてくれたのかな?もしかして…」と温かい気持ちになった。守野さんは「おや、あったかい、よかったねぇ」と、ずり下がった眼鏡越しにとぼけた笑顔を見せるだけだった。アオイは、まさかあの頼りない守野さんが助けてくれたとは夢にも思わなかった。


3. 声が出ない発表会と、甘い励まし


小学4年生のハヤトは、もうすぐの音楽発表会が憂鬱だった。歌は好きだけど、大勢の前で歌うのは苦手で、練習でも声が小さくなってしまう。本当は大きな声で歌いたいけれど、周りの目が気になって、なかなか言い出せない。喉に何かが詰まったような苦しさを感じながら、ひだまり食堂の仲間が楽しそうに発表会の練習をする中、自分だけが浮いているような気がして、ハヤトは「心の声タブレット」に「発表会で、声が…出ません」と打ち込んだ。


ハヤトの小さな心の声に反応し、守野さんの胸元の「ひだまりのしるし」が再び温かく輝いた。彼の脳内では、ハヤトの声のデータ、緊張の度合い、そして「みんなと一緒に歌いたい」という潜在的な願いが分析される。守野の心にも、ハヤトの不安がひしひしと伝わってきた。


ある日のひだまり食堂。ハヤトが隅の席でうつむき、食事にもあまり手をつけず、誰とも目を合わせようとしないのを見て、守野さんは彼の**「声なき声」**を感じ取った。


「あれぇ、今日のおやつ、ちょっと作りすぎちゃったかなぁ?このミニドーナツ、誰かのお腹に入ってくれないと、僕が全部食べちゃいそうだなぁ…へへっ。」


そう言いながら、守野さんはハヤトの皿の横に、可愛らしいミニドーナツをそっと置いた。ハヤトは、誰にも気づかれないようにそっとドーナツを手に取ると、一口。じんわりと広がる甘さに、強張っていた心が少しだけ解けるのを感じる。ドーナツの包み紙の裏には、小さな「ひだまりのしるし」が隠されていた。


その後、守野さんは「うーん、最近、食堂の壁がなんだか寂しいなぁ。もっと明るくしてみんなが元気が出るようにしないとね!」などと、寝癖をぴょこんと揺らし、ずり下がった眼鏡越しに壁を見つめながら、エプロンのポケットから取り出したセロハンテープを片手に妙なことを言い出し、食堂の壁にカラフルな画用紙や布を貼り始めた。それは、ハヤトの声が響きやすく、そして安心して歌えるような「心の防音室」を作るための、計算され尽くした工夫だった。さらに守野さんは、「あれ?この歌、みんなで歌ったらもっと楽しいんじゃないかなぁ?僕、音痴だけど、ちょっとだけ歌ってみようかな…へへっ」と、音程を外しつつも、楽しそうに歌い始めた。守野さんの楽しそうな歌声に、子供たちはつられて笑顔になり、自然と歌声が大きくなる。ハヤトも「守野さんがこんなに下手でも歌ってるんだから…」と、少し安心して声を出しやすくなった。


発表会当日、ハヤトは、いつもより声が出る自分に驚いた。ひだまり食堂での守野さんの「うっかり」と、あの温かいドーナツが、実は自分への特別な特訓だったのかもしれない、と感じる。発表会後、ハヤトの楽譜の裏には、小さな「ひだまりのしるし」が貼られていた。ハヤトが守野さんに「守野さん、歌、ちょっとうまくなった?」と聞くと、守野さんは「え?僕かい?あはは、気のせい気のせい!」と笑ってごまかすのだった。ハヤトもまた、守野さんが影の立役者だとは露ほども思わなかった。


4. そして、ひだまりは続く


ひだまり食堂には、再び明るい笑顔が戻り、子供たちはそれぞれの小さな悩みを乗り越えて、少しずつ成長していく。守野さんは相変わらずドジだが、子供たちの笑顔を見るたびに、胸元の「ひだまりのしるし」が小さく、しかし温かく光る。


子供たちは、自分たちを誰が助けてくれたのか、その正体を知らないまま、しかし「きっと誰かが、どこかで私たちを見守ってくれている」と心の奥で感じる。今日もひだまり食堂では、温かい食事の湯気と、元気にご飯を食べる子供たちの声が響く。そして、解決された悩みのそばに、時にはひっそりと輝く「ひだまりのしるし」が、小さな奇跡の証として残るのだった。守野さんは、子供たちの心に寄り添い、そっと背中を押す、まさに**「ひだまりのヒーロー」**なのである。

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