演技
カフェから出た嶋とゆきは腕を組んで歩いている。あいつら演技うまいな……田中は離れた距離で尾行をしながら口元を緩めた。
俊哉の話では、ゆきの元交際相手の柳田が嫌がらせをしているのではないかということだった。ゆきと二人でいるところを見られた嶋は、彼氏だと間違われた可能性がある、と。
だとすると、この前の長崎かな……と田中は考えていた。旅行鞄を持った二人を駅か電車の中で目撃したのかもしれない。
気になるのは、柳田の友人が駅のホームから突き落とされ、電車と接触して死んだことだ。柳田が闇バイトをするきっかけを作った友人……
(闇バイトか……ようわからん。なんでそんなんで犯罪に手を染めるねん)
田中は険しい表情で信号待ちをしていた。
(うまい話には大概裏があるもんやのに……)
信号が青に変わる。ゆきと嶋はもう一つ向こう側の信号を渡っている。そして二人はコンビニに入った。
それを見届けながら、田中はゆっくり歩いていた。
通り沿いのレストランの前で、女性が男性に深々と頭を下げている。田中はその見覚えのあるシルエットに、何気なく目を向けていた。そして頭を下げていた女性が顔を上げたところで、目が合ってしまった。
その女性は瑠美だった。
(いかん、これはまずいところを目撃してしまった)
田中はフードを目一杯引っ張って顔を隠しながらその場を通り過ぎた。瑠美も田中と同じように気まずい表情を浮かべて目を逸らせた。
その一瞬の出来事を、瑠美の前にいた畑中は見逃さなかった。通り過ぎて行った小柄な男性の後ろ姿を見つめると、思い出したように口を開けて声を掛けた。
「田中さん」
ふいに畑中から呼ばれた田中は立ち止まった。しかし、振り向いてよいのかわからずにじっとしていた。
「田中さんですよね」
もう一度、確認するように畑中が言ったので、田中は振り返った。
「田中さん?」
と畑中が近づいてくる。田中は小さく頷いた。
「畑中くん」
と、戸惑う瑠美が目に入ったが、それを遮るように長身の畑中が田中の視界を占領した。
「富田さんのお兄さんの事務所に入られたとお聞きしましたが」
「ああ」
「富田さんとお付き合いされているというのは本当ですか?」
「は?」
田中は、フードの中から上目遣いで畑中を見た。畑中は真剣な表情で顔を近づけてくる。
「どうなんですか?」
「ちょっと……」
と、瑠美が畑中を止めに入ろうとしていた。
これは……と、田中は俯いて考えた。一昨日の夜、瑠美が泣きながらゆきに話していたことを思い出す。
(確か畑中に告白されて困ってたな……めんどくさいって酔っ払って……)
田中はフードの上から襟足付近を掻きむしった。
「やっぱり嘘ですよね?」
顔を見なくても、畑中が半笑いで言っているのがわかった。
「いや」
と、田中は動かしていた手を止めて顔を上げた。
「ほんまやで」
え…?と、畑中の動きが止まる。
「そう……なんですか?」
「ああ」
と返事をした田中は、一歩左に出て瑠美に言った。
「瑠美。すまんが仕事中や」
「あ、ごめんなさい。いってらっしゃい」
そう笑顔で答えた瑠美は、顔が真っ赤だった。
田中は足早にその場を去った。去る前にちらっと畑中を見たが、畑中は青い顔をして固まっていた。
あぁ、俺は演技が下手やな…田中はフードの中に手を入れて襟足を掻いた。それは、困った時の田中の癖だ。おそらく瑠美は、交際を断る理由として、すでに付き合っている人がいることにしたのだろうと田中は考えていた。
(圭やったら、もうちょっと上手くできたんやろうな……)
コンビニから出てきた嶋とゆきの後を歩きながら田中は思った。
(もうちょっと恋人らしく振る舞っといた方がよかったんかな。いや、そもそもなんで俺やねん。五十のおっさんやぞ。あんな若い子が、そんなんありえへんやろ。すぐに嘘ってバレるな。瑠美さん大丈夫やろうか……)
ざわざわとした気分のまま、田中は両手をパーカーのポケットの中にぐっと押し込んだ。




