マウント
「え?ほな、勘違いの勘違いでボスは襲われたってこと?」
カーテンを開けながら、ゆきが声を上げた。
「お祓いにでも行った方がええんとちゃう?」
「矢野と同じことを言うんだな」
と俊哉が笑うと、ゆきは顔をしかめて「嫌やわ」とぼやいた。
「で?結局、井上さんの彼氏って誰なん?」
「まだわからない」
「なんで?」
「なんでって言われても……」
ふぅんと言いながら、ゆきは椅子に腰掛けた。
「真面目っていうか、性格ええんやな、その子。私の中高の友達やったら、すぐにマウントとりにくるけどなぁ」
「マウントって?」
「彼氏できたで〜っていうマウント」
「なんだよそれ」
と、俊哉は呆れ顔で言った。
「あれ?ボス、女癖悪いくせに、女のこと全然わかってへんやん」
「誰が女癖悪いって?」
「私、こう見えて中高一貫の女子校通っててん」
「そうは見えないな」
「どついたろか?」
「今また頭に衝撃を受けたら次は死にますよって医者に言われたんだぞ。勘弁してくれ」
ゆきは笑いながら手を振った。
「うそうそ。でも、中高一貫の女子校はホンマ。しかも超進学校で、みんな賢かってん。でも女子校やから、男子おらん状態で青春を過ごすわけ。で、恋愛対象はアイドルとか芸能人とかアニメのキャラとか、学校の先生になるわけよ」
うんうんと、俊哉は相槌を打ちながらゆきの話を聞いていた。
「そしたらどうなると思う?大学に入ったら男子がいっぱいおるやん?もちろん、みんな性格違うし、いろんなパターンがあるけど、私の友達の話をすると、男子の考えていることが全くわからんから怖いって言って、男子を避けてる子がおった。何話したらいいのか全くわからんって。井上さんと似てるけど、後ろを歩かれただけで怖いって。もちろんそんな子ばっかりやないで。それまで溜まってるからね、欲求不満が。大学入って速攻、彼氏作る積極的な子もおる。でもむかつくのが、それをわざわざ報告してくるんよ。マウントとってくるねん。私、もう彼氏できたで〜って。知らんがな、勝手にせえやって……すぐにブロックしてやるけどな。こっちがあんまり順調じゃない時は頻繁に連絡してきて仲良い振りしときながら、こっちがちょっと幸せにしてたら急に連絡して来んくなったりな。自分より不幸な子がいて安心っていう優越感に浸るためだけの友達やったんかいって……まあそんな子は友達なんかやないけどな。こっちから願い下げやわ」
なんだか相当ストレスが溜まっていそうだな……と、俊哉はまくしたてているゆきを見ながら思った。
「ゆき姉、何かあったのか?」
ゆきは、ふんっと怒ったような顔で立ち上がると、窓際に手を置いて外を眺めた。
「男を見る目が育たへんねん、思春期に六年間も女だけの世界におると。失敗ばっかり。ろくでもないやつばっかりに引っかかるねん」
さてはパチンコで出会った彼と別れたな……俊哉が横目でちらっとゆきを見ると、ちょうど振り返ったゆきと目が合い、俊哉は気まずそうに視線をそらせた。
「そう。たぶんボスが思ってること、正解。あんな男、私がふったんやで。別れんといてくれって言われたけど、浮気しといてよう言うわ」
ゆきは壁にもたれながらため息をついた。
「ほんま、ろくでもない男に引っかかって、いなくなってもうた友達もおるねん。そんな男に引っかかる女も悪いんかもしれんけど、DVは犯罪や……警察に通報したらええねんって言うたんやけど、怖いから嫌やって……結局、その男に見つからんように逃げるのを手伝うことしかできひんかった。なんでいつも、悪くない方が損するんやろうな、この世の中」
「ゆき姉も、いろいろあったんだな」
「嫌やわ、しんみり言わんといて」
と、ゆきは笑いながら言った。
「お嬢を誘って、飲みに行こうかな。ストレス発散で」
「おい、瑠美に酒はやめてくれって」
ケラケラ笑っているゆきを、俊哉は困ったような表情で眺めていた。
ゆきはいつもこうやって冗談を言って笑っているが、それは自分の苦しみや悲しみをごまかし、笑い飛ばす振りをしているだけのような気がしてならなかった。
いつか爆発するんじゃないか……俊哉にはそれが気がかりだった。




